瀬戸内寂聴、95歳。
チャーミングな笑顔の「尼僧」として知られるが、かつては夫の教え子などとの不倫も経験。女性の愛と性を巧みに描く「作家」としての顔も持つ。
そんな寂聴さんも御年95歳。ここ数年は腰の圧迫骨折、胆のうがん、心臓と足のカテーテル手術を経験。壮絶な闘病生活は3年近く続いた。
それでも、寂聴さんは死ななかった。身体が小さく、背中が丸くなっても、創作意欲は衰えない。そんな寂聴さんを支えるのが、29歳の秘書・瀬尾まなほさんだ。
寂聴さんとは"タメ口"で言いたいことを言い合う間柄。「まなほがきてから、もう朝からずっと笑いっぱなし」と、寂聴さんは嬉しそうに語る。
66歳の年の差を感じさせない絆は、どのようにして生まれたのか。ハフポスト日本版は2人に話を聞いた。
■「文学少女じゃない、それだけで◎だった」
――7年前、秘書になったきっかけは、大学時代に京都のお茶屋さんでアルバイトをしていた友人のご紹介だそうですね。
瀬尾まなほ(以下、まなほ):はい。友人から、身の回りのお世話やマネージメントをする秘書の募集があると紹介されました。先生に初めてお会いして、面接してもらった日、その場で採用されました。
――最初お会いになったとき、先生のことどう思いました?
まなほ:すごく緊張はしたんですけど、思ったより小柄で、とてもかわいらしい人だなっていうのが第一印象ですね。実は、名前と尼さんっていうことは知ってたんですけど、小説家だってことは知らなかったんです。
でも、全然怖くもなく、面接のときも気さくでした。打ち解けやすい方だなあと。
――寂聴先生は、まなほさんと初めてお会いになったときどう思いました?
瀬戸内寂聴(以下、寂聴):かわいい人だなと。でも、やっぱりちょっと変わってると思いました。「私の本を読んだことある?」って聞いたら「ない」って。私のこと知らなかったのね、全く(笑)。
でも、大体うちで働きたいって人は、みんな私のことを知った上で来るでしょ?それが全く知らないからね、面白かったですよ。文学少女じゃないって感じで。
文学少女っていうのは、身の回りを頼む秘書としては一番駄目なのよ。お掃除も、料理も下手だし...。文学少女は全部断ったの。申し込みには随分来ましたよ。でも、文学少女じゃないってことだけで◎だったのよ。
――寂聴先生っていうと、「大作家の先生」「悩める人と向き合う尼僧」というイメ―ジが強い。でも、プライベートでは人間らしいエピソードが豊富だそうで。
目玉焼きは、黄身しか食べない。贅沢な食べ方をするので、
「あー、またそういう食べ方をしている。だめ、白身も食べてください」
と食べ終わるまで見張る。
野菜も色々食べてほしいと、先生が嫌いな人参は細かく刻んでおみそ汁や、サラダに紛れ込ませる。でも器用に皿の横によけてしまう。子どもみたいだ。
「人参、残してる!!」
と突っ込むと、
「え。これはちょっと」
とばつが悪そうな顔をする。豆は大好きなのに、人参はいつまでたってもすきになれないみたい。
――瀬尾まなほ『おちゃめに100歳!寂聴さん』より
まなほ:そうですね。結構、料理が下手だとか、いろいろと好き勝手言われてます(笑)。
寂聴:まなほは、自分で「料理がうまい」と思ってるの(笑)。
まなほ:先生は自分のほうがうまいと思っていて。お互い自分のほうが、料理上手だと思ってる。でも、先生の料理を食べたことある人で、存命中の方はもういないんじゃないかな(笑)。
■66歳差の絆を育んだ「手紙」
――まなほさんは、寂聴先生と意志の疎通がうまくいかない時、誤解が生まれた時に、よくお手紙を書くようですね。
まなほ:やっぱり話していても、年齢もあって耳が悪いので、話がうまくかみ合わないときもあります。口で伝えても忘れられることや、うまく伝わらない可能性もありますから。
でも、やっぱり先生は小説家なので、「文章読めば全部分かってもらえるだろう」って思った。忙しいときでも、文章だったら読んでもらえるだろうと思って、その方法を取ることにしたんです。
寂聴:まなほの文章は新鮮でね。かえって私がびっくりしたんですよ。「今の子はこういうふうに書くんだな」と思って。私はずいぶんと刺激を受けましたよ。すごく真っ直ぐな文章で。
表裏がなくってね。言いたいことが相手にちゃんと伝わる。それは一種の文才ですよね。それはすぐに認めました。
時々、黙って机の上に手紙を書いてくれるんですよね。その手紙がいいんですよ。ある時、そのまんま私の小説の中に入れてみたんです。そのまんまね。
そうしたら、みんな「あの手紙の文章、いいね」って言ってくれた。私が書いたと思っていたのね。だから、みんなに「あれ、まなほが書いたのよ。そのまま載せたのよ」って言ったら驚いていた。私の文と遜色劣らないと玄人が認めてくれたのね。
まなほ:手紙は全部取ってくれていて、その手紙を何度も褒めてくれました。どこがいいのか、自分では分からないんですけど、それがこういうのにつながって、私にしたらとても不思議っていいますか...(笑)。
ただ、感謝の気持ちや想いをぶつけていた手紙を、こういう本につなげてくれたっていうのは、とてもありがたいなと思いましたね。
寂聴:文章が素直なんです。良く見せようとか、「ここでちょっと装飾を入れよう」とか、そういうのが全くない。実に素直なんです。それがやっぱり魅力でしたね。
■「瀬戸内寂聴に自分のパンティを見せた」
――寂聴先生に文章を見せるなんて、緊張しそうです。美文麗文を書かないといけないっていうプレッシャ―が...。
まなほ:私の場合は、そこまで語彙力がなく、言い回せなかったっていうのあるかもしれない(笑)。
寂聴:そうよね。面接で初めて会った時に「本は読む?」って言ったら「読まない」って言ってたもの(笑)。
しばらくしてね、いろいろな編集者の間で、まなほのことが噂になったんですよ。谷崎潤一郎の『痴人の愛』に出てくるナオミと似てるってね。
それで、私が「あなた、『痴人の愛』のナオミに似てるそうよ」って言ったら、「『痴人の愛』ってなんですか?」って。「谷崎潤一郎ってなんですか?」って。もう全然知らない。
まなほ:この前まで『細雪』のことをずっと「細い雪」だと思っていましたから...(笑)。
——それは...(笑)。
寂聴:ね、笑うでしょ? まなほがきてから、もう朝からずっと笑いっぱなしですよ。
まなほは朝、私がまだベッドの中で寝ている時、部屋の戸を開けて「おはよう」って起こしにきてくれます。それでバッと、肩をつかむんですよね。で、私を起こしたあと、パッと自分のスカートをまくるの。
「あ!」って言ったら、「今日のパンティかわいいでしょ?ほら!」って、花柄の可愛い下着をみせてきた。でもって、「先生のパンツはおへそまである。そんなの、今どき誰も履かないですよ。今度可愛いの買ってあげますね!」なんて言って。
まなほ:昔のことですよ...今は自粛してます(笑)。
――なんでそんなことを...(笑)。
まなほ:先生って、何をやってもすごく楽しそうに笑ってくれるんです。そうすると、もっと笑ってくれるんじゃないか、もっと喜んでくれるんじゃないかと思って...。その一つだったんですよね。
――逆に怒られたりするときってあるんですか?
まなほ:たまにピシッと、怒られることはあります。仕事相手の方との接し方とか。「こういうときにはこうするべきだよ」ってことは、しっかり教えてくださいます。でも、めったに怒られることはないですね。
でも、叩かれたり蹴られたりとか、暴力はすごく増えました(笑)。
――え、先生が暴力振るうんですか?
寂聴:ちょっとつついたりね。体は大きいし口では敵わないんですよ。だから、私の短い足をピッとやってやるの(笑)。
――先生、いいんですか? 仏の道にいるのにそんな暴力振るってしまって...。
まなほ:そのときは作家なんで。うまく使い分けてるんですよね、先生。
■「無理して命を縮めて欲しくない」
――まなほさん、先生に振り回されてませんか(笑)。
まなほ:それが私には、逆に面白いんですよ。潔くて、誰の目も気にせずに言いたいことは言ってるっていうのが、私にとって、すごく居心地がいいんです。
先生も95歳。身体が心配だし、無理して命を縮めるようなことはして欲しくない。病気をしてる姿を見てるんで、無理をしたあとは心配です。けれど、止めても聞かないので、うまく過ごせるようにサポ―トするのが私の仕事だという覚悟は決めています。
――寂聴先生、まなほさんは心配ですって。
寂聴:病気になったときね、本当に優しくしてくれたのよ。私の髪の毛も剃ってくれるしね。うまいんです。床屋になったらいいと思うぐらい(笑)。顔のパックをしてくれたり、マッサ―ジをしてくれたりするんです。
ただ、こうやってマッサ―ジをしながら「どうしてこの鼻筋がないんでしょうね」って言うの。私の鼻、低いでしょ。それで「これじゃ転んでも、鼻は怪我しない、頬っぺたが怪我しますね」って。そんなこと言いながらマッサージをする。普通そんなこと言う?思っても言わないわよ(笑)。
――まなほさん、なかなか辛辣ですね。
まなほ:思ったことを言っただけです(笑)。
寂聴:もう笑うしかないじゃない(笑)。怒れないでしょ(笑)
まなほ:先生は、私がからかうと笑ってくれるんです。それで怒ったことないんですよね。例えば、足が短いとかお腹が出てるとか、そういうこと言っても、いつも笑ってくれて。
寂聴:だってね、95歳のばぁさんが「足が長い」とかね「スタイルがいい」なんて言われるはずないじゃないの(笑)。
■「死ぬ死ぬ詐欺」でなかなか死なない
――寂聴先生は口癖のように「どうせもう死ぬんだから」と、よく仰ると聞きました。
まなほ:でも「死ぬ死ぬ詐欺」でなかなか死なない(笑)。ずっと言い続けてるんですけどね。
寂聴:ここのところ、よく病気して入院したでしょ。そうすると病院の先生は、私がもう「ぼけてる」と思ってるんですよね(笑)。
それですぐ「あのキレイな若い秘書さんは、今日はまだ来ないんですか?」って言うの。私の病状とか、「こうしなきゃいけない」ってことを、私にもう言わないの。ぼけてると思って、全部まなほに言うんですよ(笑)。
胆のうがんの時だって、私が横で寝てるのに病院の先生は私を無視して、まなほに説明するの(笑)。
――そんなことがあったんですか?
まなほ:いや、これには理由があって...。最初はちゃんと「瀬戸内寂聴さん」を尊重して話してたんですけど。先生ったら、聞こえてないのに聞こえたふりするんですよ。それで結局「この人、何も分かってない」ってことがばれて(笑)。
――そういうことだったんですね。
まなほ:病院の先生も最初はちゃんと尊重してくれるんですけど...。面倒くさいから聞こえたふりをして、全く分かってないんですよね。
寂聴:小説家だからね、大体想像できるじゃない。
まなほ:ほら、そういうときだけ作家になって...。
寂聴:大体当たってるのよ?
■守りたい「誰か」が、生きがいになる
――66歳の年の差を感じさせない掛け合いですね(笑)。まなほさんにとって、寂聴先生ってどういう存在ですか?
まなほ:守りたい、喜ばせたい、褒めてもらいたい...そういう存在だと思います。
誰にとっても大切な人っていると思うんですよ。その人を喜ばせたいとか、笑わせたいとか、傷付けたくないとか、悲しませたくない。
そういう「誰か」を持つことって、自分の生きる指針や生きがいになるんだなあと思いました。
物事を好き勝手に言うところや人間らしいところ。私は、それが先生の魅力だと思っているし、マイナスなことではないと思います。一緒にいて楽しい理由でもあります。
「寂聴さんって、意外とおちゃめな人なんだ」「こんなかわいらしい人なんだ」と、小説からは見えない「新しい寂聴さん」も知ってもらえたら嬉しいなと思います。
寂聴:それは欲張り。そんなこと誰も思わないわよ(笑)。
――ありがとうございました。それにしても寂聴先生、95歳とは思えない話しぶり。おしゃべり、お好きなんですね。
まなほ:多分、死んでも口だけ動いてるんじゃないかなと思います(笑)。ある時、先生が長電話をしていて、「誰ですか?」って聞いたら「知らない」って言うんですよ(笑)。「え?知らない人としゃべってたの」って、びっくりしました。
瀬尾まなほ
瀬戸内寂聴秘書。1988年2月22日生まれ、兵庫県出身。京都外国語大学英米語学専攻。大学卒業と同時に寂庵に就職。3年目の2013年3月、長年勤めていたスタッフ4名が退職し、66歳年の離れた瀬戸内寂聴の秘書として奮闘の日々が始まる。困難を抱えた若い女性や少女たちを支援する「若草プロジェクト」理事も務める
瀬戸内寂聴さんの秘書・瀬尾まなほさんの新著『おちゃめに100歳! 寂聴さん』は光文社から発売中。