日本人は上司に話を聴いてもらった経験があまりない。「1on1」の本質を篠田真貴子さんが解説

今、マネジャークラスになっている方たちもまた、部下だった時代に「上司にじっくり話を聴いてもらった」という経験が乏しいため、分からないんですよね。
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篠田真貴子さんは取材中も、話す時間と同じぐらい「聴く時間」が多かった。
Ryan Takeshita

「1on1」ミーティングとは、部下と上司が1対1で話し合うタイプの面談です。「ワン オン ワンをやりましょう!」という言葉もオフィスで最近聞かれるようになりました。

この「1on1」をオンラインで提供している珍しい会社があります。エール株式会社。シリーズAで2億円の資金調達をおこなって話題となりました。

この会社に登録している専門の「サポーター」が、企業で働く人と週1回30分ずつのオンラインで話を聴くサービスなどを提供しています。

そのエールの取締役が篠田真貴子さん。

大学を卒業後、日本の金融機関で働き、マッキンゼーやネスレなど外資系企業でキャリアを積んで来ました。

糸井重里さんが率いる「ほぼ日」のCFO(最高財務責任者)として活躍し、2018年11月に退社。そのあと、1年3ヶ月は仕事をしない「ジョブレス期間」を自分でつくりました。

篠田さんは50歳を機に、職場での「聴く力」の大切さに気付いたと言います。篠田さんの人生を振り返るとともに、1on1の本質を解説してもらいました。

(聞き手・執筆  宮本恵理子)

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篠田真貴子さん
Ryan Takeshita

仕事を休んでいる間、「話を聴いてもらう 」大切さに気づいた

――50歳になって、日本組織に足りない「あること」に気づいたそうですね。

私のキャリアを振り返ると、伝統的な日本の金融機関からスタートし、外資系企業、そして前職はほぼ日と、多様な職場を経験してきました。

50歳を迎えるタイミングで、一度立ち止まって「これから向き合うテーマ」を探そうと、休職期間を1年余りとったんですね。

その間、「誰かに話を聴いてもらう」という時間を持つことが転機となりました。

――どのような経験だったのでしょうか?

週に3時間・計12回の「ピア・メンタリング」に参加したのですが、ほぼ初対面の6人グループでお互いの話を聴き合うというもので、新鮮な経験でした。利害関係のない間柄だからこそ自己開示できる安心感もあって、「聴くってすごいな」と実感しました。

同時期に読み返した『こころの対話 25のルール』(伊藤守)といった本からも影響されました。

「私は女性のキャリアを応援したい気持ちが強いんだな」とか「組織のコミュニケーションに興味がある」と、自分の“核”のようなものを確認することができ、ネクストステップを見極める上で大変有益だったんです。

するとアンテナも敏感になるのか、ご縁をいただいて入社を決めたのが、今のエールという会社なんです。

若いベンチャー企業ですが、ビジネスにおける本質的な課題解決のソリューションとして「聴く」を掲げているという点に強く共感できました。

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UnitoneVector via Getty Images

 「部下の話を聴く」機会がほとんど持てていない

――「聴く」ことは、ビジネスの現場にも必要でしょうか?

 現状として、日本の企業社会には「聴く」が圧倒的に足りていないです。

これからのビジネスは、ヒエラルキー型の組織ではなく、よりフラットな関係性の中で発展していくと言われています。

5年前に監訳した『ALLIANCE 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(リード・ホフマン)に分かりやすく書かれているのですが、企業と個人が対等な関係性でそれぞれの強みを持ち寄り、協業していくことで価値あるモノ・サービスが生まれていく時代へと、急速に変わろうとしています。

背景にあるのは、すべてをフラットにつなぐインターネットの普及や人材の多様化など。

しかしながら、この急速な変化の中で、なかなか構造が変わっていないのが、日本の企業社会のコミュニケーションのあり方です。

 上司から部下へ、一方通行の指示や業務遂行の確認がメインとなっていて、「部下の話を聴く」というコミュニケーションの機会はほとんど持てていないのではないかと思います。

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Malte Mueller via Getty Images

1on1は色々な企業で広まっているけれど 、何かが違う

 ――ここ数年、1on1を積極的に導入する動きもありますが、それでも「足りない」と?

形式上のシステムとしては促進されているかもしれません。しかし、実際に聴き役となる上司自身の備えが追いついていないという課題が大きいのです。

それは個人の資質というより、シンプルに“経験不足”によるもの。今、マネジャークラスになっている方たちもまた、部下だった時代に「上司にじっくり話を聴いてもらった」という経験が乏しいため、分からないんですよね。

毎週30分、ほぼ進捗確認だけで終わっていたり、上司が自分の話をすることに終始していたり…。

せっかく1on1の制度を始めても機能不全に陥っているケースが多いのだと、当社顧客企業の人事担当者が悩みを打ち明けられます。

そこで、社外の第三者によるオンライン面談で「聴いてもらう価値」をマネジャー層に体験してもらうことで、ご自身の対部下コミュニケーションに活かしていただこう。

さらには、組織のメンバーの皆さんにも提供し、忙しいマネージャーとの対話を補っていただこう。

そんな狙いでエールは、「聴く」に特化したサービスを提供しています。

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(Photo by DAVID MAREUIL/Anadolu Agency/Getty Images)
Anadolu Agency via Getty Images

日本人はあまり「聴いてもらった経験」がない 

――「日本人は礼儀正しく、人の話をよく聴く」という評価もあるので、ご指摘の課題は意外ですね。

日本の学校教育やヒエラルキー的組織文化で奨励されてきた「きく」が意味するのは、「黙って従う」という姿勢。まさに上意下達のコミュニケーションを前提としてコミュニケーションです。

これから求められるのは、もっとフラットな相互理解を深めるための「聴く」です。“従う”から“聴く”へ、私たちはコミュニケーションのあり方を転換すべき時を迎えているのだと思います。

あわせてお伝えしたいのは、長らくこの転換が遅れてしまった理由が日本人の資質や文化ということではなく、単純に「トレーニング不足」であるという点です。

ある一定の教育を受けてきた人たちは常に「自分の意見を発表する」「相手を説得する」といったプレゼンテーション能力の訓練を受ける機会には恵まれても、「聴くためのトレーニング」はほとんど受けてきていないはずです。

加えて、聴いてもらった体験も少ない。

先述の伊藤守さんの著書に書かれてあってハッとしたのは、私たちは「聴いてもらえない体験」によって無意識に傷ついているという指摘です。

例えば、子どもの頃に親に何か言おうとした時に「今忙しいから」と止められたり、友達に伝えたい話があったのに「そういえば私もね」と途中で遮られたり。そんなちょっとした“聴かれない体験”がトラウマになって、言いたいことがうまく言えなくなってしまう。

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Yoshiyoshi Hirokawa via Getty Images

「相手を主語にして返す」を意識すると、会話がうまくいく

――篠田さんご自身が最近意識している「聴く技術」のポイントがあれば教えてください。

 「相手を主語にして返す」という点です。

「今おっしゃったようなことを、宮本さんは大事にしているんですね」「宮本さん、今のトピック、とても楽しそうに話していましたね」というふうに。

主語というボールを常に相手に渡しておくと、安心して話を続けてもらえます。

また、エールでの面談はあえて映像は使わず音声のみの通話で行うことがほとんどです。声色の変化は表情以上に雄弁で、ちょっとした気持ちの浮き沈みも捉えやすくなり、話に集中しやすい効果もあると感じています。

――なるほど。では、最後に、より聴き合う組織になることで日本のビジネスがどんな進化を遂げられるのか。篠田さんが描くゴールを教えてください。

大きく3つあると思います。

まず、リモートワークが“もう一つのスタンダード”となる中で、「聴き合う」ことは、チームのコミュニケーションの基本動作になります。

メンバー全員が常に近くに座っている職場では、お互いに様子を見ながら臨機応変にコミュニケーションを取っていますよね。

リモートワークでは「お互いに様子を見る」ことはできません。「聴き合う」ことによる関係作りが、チームの信頼関係の基礎となります。

二つめは、イノベーション。既存事業に関する情報は、受け身で待っていてもある程度入ってきやすいものです。

一方、新しい事業に繋がる情報は社内外のネットワークのどこかを流れていて、それを自ら探しに行き、相手の話を「聴いて」引き出さないと、出合えません。

フラットなコミュニケーションが加速すれば、社内外からの自由な発想を呼び込み、スピーディーで柔軟な事業化サイクルを育てるはずです。

三つめは、ダイバーシティの促進です。私自身がそうであったように、じっくり聴いてもらう経験を重ねることで、本当に自分が挑戦してみたいテーマや夢中になれるテーマに向き合えるようになれる個人は増えるはずです。

先入観やしきたり、様々な抑圧によって、自分の内面に蓋をせざるをえなかったマイノリティの人たちが、もっと心地よくありのままに人生を歩める。「聴く力」は、そんな世の中につながる一歩であると信じています。