首都直下地震、M8なら死者7万人 政府業務は地方へ移転案も

首都直下地震の被害対策を検討してきた国の有識者会議は19日、30年以内に70%の確率で起きるとされるマグニチュード(M)7級の地震で、最悪の場合、死者が2万3千人、経済被害が約95兆円に上るとの想定を発表した。

首都直下地震、死者2万3千人想定 M8なら7万人

首都直下地震の被害対策を検討してきた国の有識者会議は19日、30年以内に70%の確率で起きるとされるマグニチュード(M)7級の地震で、最悪の場合、死者が2万3千人、経済被害が約95兆円に上るとの想定を発表した。政府は今年度中に、緊急対応や省庁機能のバックアップなどを定めた基本計画を策定する。

想定のとりまとめは2004年度以来。当面の発生可能性は低いが、長期的な対策の対象として、今回初めてM8級も想定。死者は7万人、経済被害は160兆円に上ると試算した。

有識者会議は、増田寛也元総務相をトップとする中央防災会議の作業部会。阿部勝征・東大名誉教授が座長を務める検討会が「防災対策の対象とすべきだ」としたM7級の19タイプの地震のうち、首都中枢機能への影響が最も大きい都心南部直下地震(M7・3)の具体的被害を推計した。

発表によると、震度6以上の揺れが襲う地域は約4500平方キロで、1都3県の面積の約33%。冬の夕方(風速8メートル)に起きた場合、建物の全壊は17万5千棟、焼失は41万2千棟になり、被害は最悪の計61万棟に達した。死者は1都3県で2万3千人に。このうち、火災の死者が1万6千人で、7割を占めた。

経済被害は、建物や設備などが42兆4千億円、ライフラインや公共土木施設の被害が4兆9千億円で、直接被害は計47兆4千億円に上った。このほか、製品やサービスの提供ができなくなることによる間接的な影響は47兆9千億円で全国に及ぶ。経済被害は総計95兆3千億円に及ぶとした。

東京湾北部地震(M7・3)を対象にした前回04年度の想定では、死者は1万1千人、全壊・焼失建物は85万棟、経済被害は約112兆円だった。耐震・不燃化が進んだこともあり、今回は建物被害や経済被害が減った。一方で、過去の火災データを基に逃げ惑いによる被害を積み増し、死者数が大幅に増えたという。

M8級の想定は、「想定外」とされた東日本大震災の教訓を踏まえた。200~400年間隔で発生しており、直近は1923年の関東大震災(M7・9)。試算では最悪の場合、死者は津波による1万1千人も含めて計7万人、建物の全壊・焼失は133万棟に。経済被害は直接被害が90兆円、間接被害が70兆円で、計160兆円に達した。房総半島の南端と相模湾を中心に、地震後5~10分で6~8メートルの津波が到達する。

日本原子力発電東海第二原発(茨城県東海村)や中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)への影響は議論の対象にしなかった。日本海溝から相模湾付近に延びる相模トラフで発生する「最大級」の地震(M8・7)の震度や津波高は出したが、発生頻度が2千~3千年間隔で低いことから被害想定は試算しなかった。

政府の地震調査研究推進本部は、南関東で今後30年にM7級の地震が起きる確率を70%程度、M8級は0~2%とみている。【石川智也】

■「教訓生きてない」「火災死者数少ない」専門家の見方

南海トラフ巨大地震の被害想定では、「千年に一度」の地震(M9・1)を対象にした。今回の主たる対象は、頻発するM7級だ。中央省庁や金融決済機能への影響は限定的なものになった。

古屋圭司防災相は19日の記者会見で、「直近に起きるものへの対策を重視した。南海トラフ(巨大地震)の想定の仕方と違うのは理解頂きたい」と説明した。

これに対して、南海トラフの被害想定をした有識者会議のトップ、河田恵昭・関西大教授は「『想定外をなくす』という東日本大震災の教訓が生かされてない」と指摘。「中枢機能の大半は生き残る前提になっているが、それは『想定内』の被害だ」と話した。

ひょうご震災記念21世紀研究機構の室崎益輝副理事長も「火災の死者数が少なすぎる」と言う。今回の被害想定が人口密度の低い80~90年前にあった火災被害を参考に計算しているうえ、初期消火で消し止められる火事の割合が高すぎるとみるからだ。

今回の想定をまとめた委員の一人は「海外企業などの日本離れにも直結する首都直下での『想定外』が果たして必要なのか。南海トラフとは事情が違う。最も大事なのは、想定を元に被害像をイメージし、自らのこととして受け止めること。東京以外の都市にも通じる話だ」と話した。【赤井陽介】

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(朝日新聞社提供)

火事2千カ所、41万棟焼失…首都直下地震の被害想定

国の有識者会議が「重点的な防災対策の対象」と位置づけたマグニチュード(M)7級の大地震は、あすにも首都圏を襲うかもしれない切迫性が高いものだ。人口が密集し、政治経済の中枢機能が集まる首都・東京で何が起きるのか。発表された被害想定から再現した。

20XX年12月20日。平日午後6時。クリスマス前の華やかなにぎわいを見せる街で突然、通行人の携帯電話が次々とけたたましい警戒音を発した。

「えっなに? 地震?」

小刻みな揺れが足元を襲い、さらに激しい横揺れがきた。ビルの窓ガラスや壁面タイル、看板が落下し、悲鳴があちこちであがった。地下街ではパニックが起きた。

数分後。揺れは収まったが、街は真っ暗になった。

都心南部を震源とするM7・3の地震だ。東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県の3割以上が震度6以上の揺れに襲われた。

東京都大田区、世田谷区、練馬区、江戸川区など、都心部を囲む木造住宅や老朽ビル17万5千棟が全壊。石油器具や電熱器具が倒れ、倒壊家屋など最大2千カ所から同時出火した。

家族や友人の安否を確認しようと携帯電話を取り出したが通じない。90%の通話規制がかかったからだ。

スマートフォンで災害情報を見ようとしたが、アクセスが集中してつながらない。無事だった放送局は災害特番を流していたが、携帯電話でワンセグ放送を見ているうちに電池切れ。情報はラジオ頼みだった。

倒壊した建物に閉じ込められた人は5万8千人。オフィス街ではエレベーターに1万1千人が閉じ込められた。消防車や救急車のサイレンが聞こえる。だが、姿は見えない。倒壊した建物や放置車両による交通遮断や渋滞に通行が阻まれていた。

600カ所では火を消し止められず、延焼。風速8メートルの風にあおられた火は、環状7、8号線沿線の木造住宅密集市街地を中心に2日間燃え続け、最大41万棟が焼失した。停電復旧時に留守宅で倒れたままの電気製品などから発火する「通電火災」も多数発生した。

逃げ惑う人が火災旋風に巻き込まれた。救助が間に合わずに事切れる人も続出した。死者は最大で2万3千人、負傷者は12万3千人に上った。

■鉄道は不通、帰宅困難者800万人

いったん難を逃れた人々は地震後間もなく、自宅や避難所へと動き出した。

だが、地下鉄と在来線、私鉄は全線で不通に。最悪の場合、首都圏で800万人が当日のうちに帰宅できない。「帰宅困難者」だ。余震が襲う。ターミナル駅は人が押し寄せ、パニック状態に陥る。【石川智也、編集委員・黒沢大陸】

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(朝日新聞社提供)

政治・経済の中枢機能、守れるか 首都直下地震の対応は

首都直下地震が起きれば、首都圏に集中する政治・経済の中枢機能を直撃するおそれがある。被災時の司令塔となる政府はその時、どう対応するのか。そして、金融市場や企業活動は危機をどう乗り越えようとしているのか。

■官邸業務、地方へ移転案

首相官邸や国会議事堂など政治の中枢がある東京・永田町。19日に発表された被害想定でも「比較的堅固な地盤」とされる。首相官邸も阪神・淡路大震災級の地震に耐えられる免震構造で、初動対応にあたる職員の1週間分の食料、飲料水、燃料も備蓄。官邸スタッフは「官邸で指揮するのが一番安全だ」と話す。

震度6強以上の首都直下地震が起きれば、閣僚は地下1階の危機管理センターに集まる。なかでも大きな被害が見込まれる災害の場合、首相が本部長の「緊急災害対策本部」を立ち上げ、初動対応に当たる。閣僚の一部は平日は官邸近くの議員宿舎に住み、危機管理に関わる職員約50人も官邸から2キロ圏内の宿舎から駆けつける。内閣安全保障・危機管理室は「50人に加え、順次集まる職員で対応可能だ」と説明する。

政府の業務継続計画(BCP)案によると、仮に首相官邸周辺の被害が甚大な場合でも、政府機能は、(1)中央合同庁舎5号館(東京・霞が関)(2)防衛省(東京都新宿区)(3)立川広域防災基地(東京都立川市)の順に移転。さらに、今回修正するBCP案では、さいたま新都心や名古屋、大阪、福岡なども移転先に検討する方針を打ち出した。

ただ、こうした仕組みや備えがうまく機能するには課題もある。

官邸に隣接する公邸でなく、東京・富ケ谷の自宅から官邸に通うことの多い安倍晋三首相の場合、震災時の陸路での移動に困難が予想される。その場合、自宅近くの公園から「機体の準備も含めておおむね1時間」(官邸スタッフ)でヘリコプター移動する方法が有力だが、公邸住まいに比べて初動が遅れる可能性もある。閣僚も週末を中心に、選挙区に帰ったり、地方に出張したりする場合も多い。

そのため、素早く関係閣僚や職員が官邸に集まれるかも課題だ。政府機関の被害想定でも、夜間や休日に「職場に到達できる職員数が圧倒的に不足することが想定される」としている。

一方、国会は東日本大震災を受け、衆院は設備の補強工事を進め、今年度中に柱や梁(はり)などの耐震設計を終える見通し。参院事務局は昨年夏に定めたマニュアルで、閣僚らの避難手順を明文化した。

■東証、予備データセンター

東京には、東京証券取引所や日本銀行があり、東証に上場する本社の5割が集中する。有識者会議の想定では、経済被害は総額で95兆3千億円に及ぶ。

国内の株取引の9割超をさばく東証は「売買を一時停止することも想定されるが、早期に再開する」とした。売買システムのデータセンターは震度6強に耐えられる。データセンターが被災した場合に備え、離れた場所にもう一つのセンターを設置した。

資金の決済機能は「止まっても、災害が起きた日のうちに回復する」としている。金融機関同士のお金のやりとりは日銀の金融ネットワークシステムを通じて決済する。大阪にバックアップセンターがあり、東京がダウンしても2時間以内で切り替えができる。

企業については、「事業継続計画(BCP)の作成や非常用電源の確保が進んでいる」とする。

一方で、首都圏は製造業の生産拠点が多く「物流ルートが被災すれば、サプライチェーン(部品供給網)が寸断される可能性がある」と指摘した。石油化学製品の生産拠点である東京湾のコンビナートが被災すれば、様々な産業への影響が全国に広がる。数カ月から1年後には、工場などの被災で体力の弱い中小・零細企業が倒産し、中長期的には国際競争力が低下する懸念も指摘している。

東レ経営研究所の増田貴司チーフエコノミストは、「本社機能が集積する首都の地震では、経営者らキーパーソンが被災して指揮がとれない時、組織が早期復旧に向けて自律的に動けるかどうかが問われることになる」と指摘する。

■西日本にリスク分散

首都機能がマヒしたら、どうすればいいのか。三菱UFJフィナンシャル・グループの沖原隆宗会長は18日に都内であった関西経済連合会のシンポジウムで、「関西が肩代わりできるようにする必要がある」と述べた。

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(朝日新聞社提供)

五輪都市、急成長の影 防災は後回し 首都直下地震想定

高度経済成長期に急激な発展をとげた首都圏。1964年の東京五輪の開催に向けて巨大インフラが続々とつくられ、宅地造成が次々に進んだ。首都直下地震の被害想定は、開発の陰で後回しにされた防災上の課題を浮き彫りにした。2020年、2度目の五輪が東京に来る。

■木造密集―古き町並み、防火の悩み

都心南部を震源とするマグニチュード(M)7級の地震が起きた場合、震度6強の揺れが襲うとされる東京都港区。立ち並ぶ高層マンションの足元に広がる約100メートル四方の一角に、約120軒の木造住宅が軒を連ねる住宅密集地がある。

橋脚の上で首都高速道路が交差し、その先に東京タワーがみえる。この街で築50年の木造住宅に暮らす小林理壮(まさたけ)さん(72)は心配そうな表情を見せた。「町だって年を取る。首都高も補強されて倒れはしないというけれど……」

首都直下地震の被害想定では、木造住宅密集市街地で延焼が広がる。「10軒も燃えたら、逃げられなくなる」。町会の会合ではこれまでも、そんな話がしばしば話題に上ったという。

今年11月、地元の芝消防署が首都直下地震による火災を想定した防災訓練をした。消防車が入れない狭い路地が多いため、水路から400メートルもホースをつないで放水訓練をした。

1964年の東京五輪の開催時、小林さんは20代。「急げ、急げの時代。驚いたよ。橋げたの上を道路が通るなんて発想、なかったもの」。首都高が頭上に伸びていくのをわくわくしながら眺めた。

いま、防災上の観点から、一帯をマンションに建て替える再開発計画が持ち上がっている。小林さんは心中複雑だ。区担当者は「古い街並みに愛着を持つ住民も多く、意見は割れている」と話した。【高橋淳】

■埋め立て―20年の舞台、液状化の不安

成長期の急激な開発は、2020年東京五輪の選手村や競技会場が集まる東京湾岸にも影を落とす。産業施設をつくるため、盛んに埋め立てが行われた地域だ。

「液状化のリスクの認知が広まったのは1964年ごろからだ。それ以前にできた施設の備えが不安だ」。早稲田大学の浜田政則教授(地震防災工学)は言う。被害想定でも、「液状化対策などを確認し、改修や補強を早急に実施すべきだ」と指摘された。

東京都中央区晴海の埋め立て地。区内に住む60代の夫婦は、選手村が見渡せる27階の部屋を契約した。「液状化が心配だけど、万全の対策をしているという説明を業者から受けた」。業者も「五輪が来ることで、防災対策はさらに進むはず」と強調した。【前田大輔】

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(朝日新聞社提供)