阿佐田哲也氏のベストセラー小説「麻雀放浪記」を再映画化した『麻雀放浪記2020』が4月5日、劇場公開を迎えた。
同作には麻薬取締法違反の罪で起訴されたピエール瀧被告が出演しており、一時は公開が危ぶまれたが、配給会社の東映はノーカットでの上映を決めた。
メガホンを取った白石和彌監督は、瀧被告と何度もタッグを組み、『凶悪』や『日本で一番悪い奴ら』などの傑作をともに作り上げてきた。
「罪を償い、治療を受けて薬物を断ってほしい」。4日に保釈された瀧被告についてそう語る監督だが、復帰の道が絶たれるような過剰な報道やバッシングには、「メディアリンチが起きている」と疑問を呈する。
作品公開を迎えた今、白石監督に心境を聞いた。
現代版「麻雀放浪記」は、東京オリンピックが戦争で中止になった日本が舞台
ーー第2次世界大戦直後の日本を舞台にした「麻雀放浪記」を、主人公が東京オリンピックが中止になった2020年にタイムスリップする、という大胆な設定でアレンジしています。
設定を変えるなら、とことんぐちゃぐちゃにしてやろうとは思っていました。和田誠監督の『麻雀放浪記』(1984年)という傑作が既にあるので、原作そのものの設定だと、アレを超えるものはもう作れないから。
タイムスリップという設定は、最初はノリ気じゃなかったんですけど、もし戦後の男が現代にやってきたら、おそらくいろんな軋轢が生まれるじゃないですか。
2020年にタイムスリップする設定をいざ考えてみた時、社会を皮肉するようなブラックコメディにできるかな、と思ったんですよね。
ーー作品で描かれる2020年の日本は、悲壮感と絶望感がありました。東京オリンピックが戦争で中止になり、国民がマイナンバーで厳しく監視され、警察が暴力で市民を制圧する。こうした日本を描いた理由は?
平成の30年間は戦争は起きなかったけれど、ほんの最近までトランプ大統領がTwitterで「ロケットマン」と呟き、金正恩さんが北朝鮮でロケットを飛ばし、それが日本の上空を通過する、ということが起きていて。
ついこの前は2人が握手をしていたと思ったら、2019年は足蹴にされて。国家元首がTwitterで喧嘩するなんて、ありえない話でしょう。いつ戦争になってもおかしくないんじゃないか、と思いました。
オリンピックも1年後ですけど、いつ何が起こるかわからないし、その危機感というのは日本人も持つべきだと思います。危ういところに俺たちはまだまだ生きているんだよ、というのは入れておくべきだと思ったんですよね。
ーー今の日本の「生きづらさ」を描きたいとも仰っていました。
たとえば、謝罪会見のシーンですよね。あれはもう、そのまま自分に返ってきた、と思って。(笑)
(主人公の)哲が賭博をしていたことが世間に知られたあと、グッズが捨てられていたでしょう。
作品を観た方は、この映画ができる前から僕らがそういうことに危機感を覚えていたことをわかってくれるんじゃないかと思います。
ーーピエール瀧さんの出演シーンもノーカットで上映しており、この対応には賛同の声も多く上がっています。
東映さんが本当に頑張ってくれて、ノーカットでやろうよと言ってくださったので。本当に大変だったと思うんですけど、関係各所と話をつめて公開までいろいろとやってくださった。
そこまで苦労して、記者会見までしておいて、肝心の作品がこんな内容なんですよね。それが最高だと思っていて。(笑)
これ以上ない映画人としての誇りを感じるというか。何をいったい守ったのか、という話ですよね。
ーー「麻雀放浪記2020」は、ちょっと拍子抜けするくらいコメディ要素の強い娯楽作でした。瀧さんはセグウェイに乗っていて...。
そう。瀧さん、どうでもいいキャラクターじゃない?っていうね。(笑)
でもそれは、映画を守ったとしか言えなくて。“重厚”な映画だったらお蔵入りにならないように頑張るとか、そういうことじゃない。そこは関係ない、ということなんですよね。
ピエール瀧さんへの思い
ーーピエール瀧さんに対する今の思いは。保釈された後にコンタクトはとりましたか?
まだ連絡は取っていませんが、「謝りたい」という話があることを間接的に聞いています。もちろん会います。
保釈された時の映像を見ると少し痩せていて、深刻に受け止めて反省していたんだと思いましたし...保釈されて、今どういう状況になっているか、噛み締めているとも思います。
ーー監督は、人間の愚かさや弱さと、その中にある愛おしさを映画の中で描いてきました。だからこそ、瀧さんに対しては怒りだけではなく、いろいろな感情があるのでは、と思います。
瀧さんがいなくなるのは、本当、将棋でいうと飛車がなくなったような感じだからね。ショックですけど...それはしょうがないよね。
ただ、もうちょっと彼に対して何かできたんじゃないかとか、責任を感じる部分もある。たぶんできないんだろうけど...。
でも、才能がある人だから。何らかの形で一緒に何かできればいいなとは思いますけど、すぐに復帰という形にはきっとならないですよね。
役者と監督してはもう難しいことになってしまったかもしれないけれど、一人の友人として、彼の人生や治療のサポートとか、できることは何でもやりたいと思っています。
ーー「役者と監督としては難しい」ということを悲しむ映画ファンもいると思います。個人的にも、更生した後に瀧さんが芸能界に復帰もできる世の中であってほしい、と思うのですが...。
日本の社会がなかなかセカンドチャンスを与えられない社会になってきているので、一概に僕だけが言うわけにはいかないんですけど...。状況を見てですよね。
罪を償うことと、ちゃんと治療をして完全に薬物を断つこと、あとは社会に貢献すること。それを目に見える形でやらなくてはいけないと思います。
その中には、僕がお手伝いできること、一緒にできることがあるはずだから、それをやっていけばいいと思っています。
本人に会ってみないとわからないけど、たとえば一緒に啓発運動をするとか。
僕も映画でシャブ中の男を描いてきたので。表現として変えるつもりはないですけど、これからはそういうことをやっていかなくてはいけない、と今回身に沁みて思いました。
「誰かが傷つくからその人を映さない」という論理は通用しない
ーー逮捕に伴う作品の自粛に関しては、「過剰」という意見もあります。監督は会見で、「作品に罪はない」「過去作品の自主回収は文化にとって損失」と話していました。
タダで見られるテレビのワイドショーが、朝から晩まで瀧さんが保釈される時の映像をさんざん流して、被害者がいるケースの新井(浩文)くんの映像も流している。
「誰かが傷つくからその人を映さない」という論理は、今の社会では通用しないですよ。どちらかというと、自粛はクレーム回避のための対策だと思います。
もちろん、社会的な影響というものは伴ってくる。出演者やスタッフから逮捕者が出た時、上映や放送をこれから迎える作品をどうするのか、それは検討するべきだと思います。
でも、基本は「上映する」という姿勢で、あとはその人が犯した罪に直接的な被害者がいるのか、いないのか。映画そのもののテーマはどうなのか。様々なパターンで検討するべきだと思うんですよね。
たとえば、ピエール瀧さんはコカインで逮捕されましたけど、もし彼が映画の中でコカインを吸ったり売ったりしている描写があるなら、撮り直しか延期するべきだとは思います。
今回の『麻雀放浪記2020』では、作品が始まる前にテロップでピエール瀧さんが出演していることを伝えていますけど、注意書きを入れることも必要ですよね。
一方で、公開を終えた作品に関しては、もう配給会社や監督の元を離れて『国民の財産』みたいなものになっていて。歴史に残っていく作品には、やはり「観る権利」をお客様に残すべきだと思います。
ーーピエール瀧さんの関連作品への措置を見ると、作品そのものにも「コンプライアンス」や「社会的責任」が求められている時代になっている、と感じます。
倫理観が過剰になっているのでは、とは思います。
たとえば、瀧さんがやった『アナと雪の女王』のオラフの声は声優が差し替えられますけど、「子どもになんて説明したらいいかわからないから」と差し替えを支持するという意見もあるそうです。
いやいや、それは説明しろよ、と僕は思います。僕は自分の子どもに説明しました。
彼はオラフの声をやっていて、みんなが認めるような仕事をした。そんな素晴らしい仕事をした人でも、薬物をやるとこういうことが起きてしまう。落とし穴に落ちてしまうこともある。社会にはいいことだけじゃなくて悪いこともあって、矛盾も不条理もある。
それを教えるのも親の役割だし、それが教育だと思います。
なのに、そこから逃げるような社会になっている。世の中の難しい部分に向き合える環境がなくなってきていると感じます。それが倫理観として現れている。
綺麗なものしか見せないようになると、そういうことに対応できなくなっていって、本当に悪い人がきた時にわからなくなると思います。
4歳、5歳くらいの子だと説明できないかもしれないけど、小学生とか、社会というものが少しずつわかってきている年齢の子に対しては、瀧さんの一件を「題材」にして伝えていくべきだと思います。
治療ができたら、「よくやったな」と社会が受け入れるべき
ーー「復帰」の道が閉ざされてしまうような過剰な報道にも、疑問の声が上がっています。
薬をやってしまったらどれだけ大変か、ということより、本人がどれだけ極悪人か、という報道が多いように思います。
一度社会的なミスをしたらその人には何をしてもいい、というメディアリンチが起きている印象しか受けません。その報道はどうなんだろう、とは思いますよね。
瀧さんがこんなに叩かれているのを見たら、いま薬をやってる人たちは警察なんて行けないですよ、絶対。自分からやめようと思って行動ができなくなってしまう。
薬をやった人を、「この人はダメだから近づいてはいけない」と社会が孤立させてしまうのは良くないと思います。そこでその人に優しくしてくるのが、薬をやっていたり、売ったりしている人たちだから。
薬を使ってしまった人に罪はある。ただ、一度使ってしまうともう抜けられないので、必要なものは「即治療」なんですよ。
そして、もし治療ができたら、「よくやったな」と社会が受け入れる。それが今の世界の流れでもあり、僕もそうあるべきだと思います。
ちゃんと治療ができたことをみんなで喜びあえる社会になれば、苦しんでいる人たちが「薬物をやめられる道があるんだ」、と思えるかもしれないですから。そういう理解が進んでいってほしい、と思います。
【作品情報】
『麻雀放浪記2020』
キャスト:斎藤工
もも(チャラン・ポ・ランタン) ベッキー 的場浩司 岡崎体育
ピエール瀧 音尾琢真 村杉蝉之介
伊武雅刀 矢島健一 吉澤健 堀内正美 小松政夫
竹中直人原案:阿佐田哲也「麻雀放浪記」(文春文庫刊)
監督:白石和彌
脚本:佐藤佐吉 渡部亮平 白石和彌 プロット協力:片山まさゆき
主題歌:CHAI「Feel the BEAT」(Sony Music Entertainment (Japan) Inc.)
音楽:牛尾憲輔