雑誌は本当に絶滅するのか?

最近の雑誌Penのタイトルが「もうすぐ絶滅するという、紙の雑誌について」という衝撃的なものでしたよね。たまに雑誌に取材されることのあるBARの経営者としてはこんな印象があります。
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最近の雑誌Penのタイトルが「もうすぐ絶滅するという、紙の雑誌について」という衝撃的なものでしたよね。

たまに雑誌に取材されることのあるBARの経営者としてはこんな印象があります。

開店した17年前の頃は本当に雑誌の影響はすごくありました。雑誌の発売日の次の日から満席が続きました。

でも最近はそうでもありません。「雑誌を見た方だなあ」と感じるのが数組という感じです。

でも「雑誌が読まれてない」という意味ではなさそうなんです。いろんな方から「ボッサさん、あの雑誌に出てたね」という風に声はかけられるんです。

みなさんに聞いてみると、「雑誌を見た後で、ネットでチェックしてから心にとめておいて、その次に誰かのSNSや直接『あの店良いよ』という言葉を聞いてから行く」のだそうです。

情報源が雑誌だけではなくなったので、「発売日の次の日にGO!」という感じではなくなったようなのです。

しかし、僕はラティーナというワールド・ミュージック専門誌で音楽レビュー記事を書いているのですが、2、3週間に1組は「ラティーナ読んで来ました」という方がいらっしゃるんです。確率としてはすごいんです。

理由はやっぱりラティーナ愛読者は、インターネットでは入手できない音楽情報をもっともっと知りたいから、わざわざ僕のお店に足を運んでくれるんだと思います。

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YouTubeのおかげで、本当に僕たちは世界中の音楽を簡単に聞くことが出来るようになりました。世界の裏側のどんな古い時代の音楽でもどんなマイナーなアーティストの小さなライブの音楽でも聴くことが出来ます。

でも、そのアーティストや音楽が気に入って、Googleで検索しても、そのアーティストの情報までしかわからないんです。YouTubeで関連動画としてオススメされても、その動画のアーティストと元のアーティストがどんな繋がりがあるかわからないんです。「点と点」なんです。

例えばフランス人がジェーン・バーキンのライブを観て「あの日本人ピアニスト良かったなあ。nobuyuki nakajimaかあ」と思って検索しても、中島ノブユキの情報がわかるだけですよね。その周りにたくさんのアーティストがいて、東京には中島ノブユキ周辺のシーンがあるのですが、そういうのってフランス人はまずわかりません。

僕らもロシアやアルゼンチンのすごく良いアーティストをYouTubeで見つけても、そのアーティスト周辺のシーンのようなものは検索では容易にはわかりません。

そこでラティーナのような音楽専門雑誌はその「現地の音楽シーン」を現地の日本人ライターに依頼して取材して、日本語にまとめているんです。

だからYouTubeだけで知っていたアーティストが現地ではどんな立ち位置で他に似たようなアーティストはどういう人がいて、彼らは過去のどんな音楽から影響を受けているか、なんてことがわかるんです。「点と点」がつながるんです。

そう、インターネットは「点と点」のままなのですが、ちゃんと取材した音楽雑誌はその「点と点」を繋げて僕たちに説明してくれるから、ラティーナは隅々まで読まれているんです。

たぶんこれからインターネットにはますますたくさんの情報があふれるのですが、それはいつまで経っても「点」のままで、誰か詳しいライターや優秀な編集者が美しいデザインでわかりやすくまとめるのが「本」の役割のような気がします。

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先日、『中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』という本が出ました。

中央ヨーロッパ、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの4国なのですが、どんな音楽があるのか想像できますか?

クラシックはショパン、ドボルザーク、バルトークです。ポップ・ミュージックはバーシアを思いつく方がいるかもしれません。

しかし当然のことながら、その中欧には多くの豊かな音楽があります。

まず面白いのが「もともとある詩人の詩作品に音楽をつける」という分野があるそうです。でも、これは日本にもありますよね。谷川俊太郎の詩に曲をつける、どちらかというと演劇や現代音楽に近いアカデミックな印象のある行為です。

あるいは「民謡アップ・トゥ・デイト」という分野もあるそうで、多くのジャズ・ミュージシャン達が「民謡を独自の方法でカヴァー」しているそうです。

そして「いかにも」なのがショパンやバルトークといったクラシック曲をジャズやロック・ミュージシャンが現代カヴァーするというジャンルもすごく盛り上がっているそうです。

だからと言って「小難しい音楽」というわけではなく、この本で一番最初に紹介されているアルバムは「アンナ・マリア・ヨペクとパット・メセニー」で、その次のページに行くと「アンナ・マリア・ヨペクと小曽根真」の『俳句』というアルバムがあります。すごく面白くないですか?

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おそらく、ほとんどの方が全く知らない「中央ヨーロッパの音楽ガイド本」ですが、読んでいると、頭のいろんな箇所が刺激されます。

「そうかあ。ショパンのような優れた作曲家を出しているような地域が、長い間、共産圏として歴史を重ねると、こんな文化や音楽が生まれてくるんだ。じゃあ日本がソ連に占領され、共産圏になっていたら、どんな文化や音楽が生まれていただろう。意外と日本の古い文化を掘り起こして、武満徹みたいな人がたくさん出てきていたかも」とか色々と考えてしまいました。

「全く知らない地域の文化」を知るってエキサイティングですね。知的興奮とはこのことです。インターネットには出来なくて、本では出来る作業、まだまだたくさんあるなと思いました。

『中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド』→http://goo.gl/6vAGXV

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bar bossa 林伸次

著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』→http://goo.gl/rz791t