6月21日、マクロン新政権とエドワール・フィリップ(首相)内閣に激震が走った。フランソワ・バイル法務大臣とマリエル・ド・サルネーズ欧州問題担当相が辞任の意思を明らかにしたのだ(同日発表された新内閣では、それぞれ法律学者ニコラ・ベルべ氏、外務省OB・国立行政学院ENA学長のナタリー・ロワゾ―氏が就任)。
これは19日のリシャール・フェラン国土整備相、20日のシルヴィ・グラール国防相の辞任に続いて(後任は左翼急進党ジャック・メザール氏と予算閣外相経験者・国鉄幹部のフロランス・パルリ氏)、合計4人の閣僚辞任劇となった。しかも、フェラン以外はいずれも中道派政党「MoDem(民主主義運動)」の重鎮だ。
ここぞとばかり、保守派共和党ローラン・ヴォクイズ副党首は、「閣僚の4分の1がこけた。政府の危機だし、政治スキャンダルだ」とマクロン政権を痛罵した。マクロン政権とフィリップ政府は始動開始直後いきなり、危機を迎えた。
架空雇用疑惑をめぐる深淵と怨恨
野党保守派としては、マクロン攻撃に力が入るのも無理はない。5月の大統領選挙が本格化していた1月下旬、最有力候補と目されていたフランソワ・フィヨン共和党大統領候補が、「家族架空雇用スキャンダル」で失墜したからである。フィヨンは本命候補であった。当時から、議員の架空雇用、とくに欧州議会議員の架空雇用は多くの議員に当てはまることが指摘されていた。
そういうこともあってか、フィヨンは当初、事態をそれほど深刻視していない対応だった。それが火に油を注ぐ結果となり、フィヨンの失墜どころか大統領選も大敗北し、さらに保守政党は今回の6月の国民議会選挙で勢力を半減させるという憂き目を見ることになった。
当時から保守派は、この情報漏洩はオランド社会党大統領側の陰謀だとしていた。それだけに、今回の相次ぐ閣僚辞任に対する追及の手は厳しくなることが予想される。
マクロン自身は、閣僚辞任が最善策だと判断したのだろう。しかし、クリーンなイメージで大統領に当選したマクロンにとって、一連の閣僚辞任とそれをめぐる疑惑で大きくイメージが損なわれたことは間違いない。
「公職倫理向上法」も換骨奪胎
フィヨンやマリーヌ・ルペン「国民戦線」(FN)党首(欧州議会議員)の架空雇用疑惑が大きな話題となった今回の大統領選挙を受けて、マクロン政権はその最優先課題として、公職の倫理向上に関する法の成立をあげていた。その急先鋒が、法務大臣となったバイルMoDem議長であった。その足元に火が付いたわけだ。
パリ地検は6月9日、MoDemに対する職権乱用などの疑いについて予備調査の開始を発表した。欧州議会議員秘書の給与を、欧州議会とは無関係の党活動のための雇用に流用した疑惑に対する調査だった。
当初6月中にも閣議決定する予定だった法案の内容は、(1)国会議員の公費による家族採用を禁止(2)議員のコンサルタント兼務禁止、という2つの規制導入を中心にしたものだった。ただ(2)は、過去に憲法評議会から違憲を認定されたため、コンサルタント業務による収入に上限を設定(議員歳費の20%相当まで、など)。また、同一の公職を4期以上務めることを禁止し、経費を含めた議員歳費を所得税課税対象とすることなども予定していた。
しかし、議員のコンサルタント業務については、その任期期間中は禁止するが、議員に就任する1年前からのコンサルタント受託についてはそれを有効と認めるという修正を行うことを決めたため、同法案は換骨奪胎されたと批判を受けている。
告発合戦
今回の疑惑では、FNがおよそ15人も架空雇用していた疑いが大統領選挙前から取り沙汰されており、ルペンには司法当局から召喚命令が再三出されていたにもかかわらず、議員特権で応じていなかった。
逆に、FN所属のモンテル欧州議員が、他党の議員に関する嫌疑を司法当局に告発し、FNに対する攻撃に対抗していた。告発された政治家の中に、今回辞任に追い込まれたド・ド・サルネーズ欧州問題担当相(辞任後はMoDemの議員団代表に着任)の名前もあったのである。
さらに、パリ地検はその後改めて、新たな告発があったとして、所属議員や職員も含めたMoDem 全体を対象とした予備調査を始めると発表した。
この新たな告発者の男性は、2010年から翌年まで党本部で職員としてウェブページの運営などを担当していたが、雇用契約書には、党所属のベナミアス欧州議員の臨時公設秘書となっていた、しかし同議員のための仕事は一切していなかった、と告白しているという。
さらに同党所属のコリーヌ・ルパージュ元環境相も、2015年に刊行した政界の腐敗を暴露した著書『清潔な手』の中で、欧州議員当選前に、公設秘書の1人を実際には党の職員として雇用するよう党から示唆されたという。ルパージュ氏はその申し出を断ったと証言しているが、こうしたやり方が同党では慣例となっていた可能性がある。欧州議会の規定では、欧州議会の活動に無関係な職務のために公費で秘書を雇用することは禁じられている。
辞任したバイル法相は、直近(6月15日)のメディアのインタヴューでも、「自分たちの運動に、そのような批判に値すべき行為は決してあり得ない」と断固としてその潔癖を主張していた。しかし、同僚のグラール国防相とド・サルネーズ欧州担当相が同じ容疑で辞職し、党に対する司法当局の調査が及ぶに至って、辞任の道しかなくなっていた。2007年大統領選挙では1回目の投票で3位につけ、将来の大統領と嘱望されたこともあったが、政治的失墜は明らかだ。
マクロン側近にも司法当局の手
一方、フェラン国土整備相は、辞任後は与党「共和党前進」の議員団代表に収まることになった。同氏の場合は、大統領選挙後に暴露された収賄疑惑が発端となった。2011年、地元ブルターニュ地方の医療共済組合幹部だった同氏が、医療センターを誘致する際、入札に当たって夫人が経営する不動産会社に不正に有利な取り計らいをした、という疑惑が今回の選挙直前に報じられたのだ。また、息子を議員助手とし、多額の報酬を公費で支払っていたことも暴露され、公私混同疑惑がもたれていた。
フェラン氏の辞任は、より直接的にマクロンへの打撃だ。フェラン氏は早いうちからマクロンを支持してきた社会党のベテラン議員で、首相の呼び声もあった。フィリップ内閣が野党や国民の批判にさらされて指導力が鈍ることをマクロンは懸念し、即座に辞任させることで何とか自身と政権を守ろうとしたわけだ。ちなみに、フェラン氏は辞任後、同党議員団長に任命されたので議員免責特権をもっており、すぐに訴追されることはない。
いずれにせよ、マクロン政権はその船出早々から危機に立たされてしまった。かつてロスチャイルド投資銀行の共同経営者を務めたマクロンの、タフネゴシエーターとしての手綱さばきが試される。(渡邊 啓貴)
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渡邊啓貴
東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1954年生れ。パリ第一大学大学院博士課程修了、パリ高等研究大学院・リヨン高等師範大学校客員教授、シグール研究センター(ジョージ・ワシントン大学)客員研究員、在仏日本大使館広報文化担当公使(2008-10)を経て現在に至る。著書に『ミッテラン時代のフランス』(芦書房)、『フランス現代史』(中公新書)、『ポスト帝国』(駿河台出版社)、『米欧同盟の協調と対立』『ヨーロッパ国際関係史』(ともに有斐閣)『シャルル・ドゴ-ル』(慶應義塾大学出版会)『フランス文化外交戦略に学ぶ』(大修館書店)『現代フランス 「栄光の時代」の終焉 欧州への活路』(岩波書店)など。
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(2017年6月23日「フォーサイト」より転載)