生活保護費の引き下げが、この8月から始まった。政府は今後3年かけて、保護の基本部分である「生活扶助費」を平均6.5%、最大10%引き下げる予定だ。これに対して、受給者や支援者団体などが全国的な集団審査請求・訴訟を起こすことを計画している。
生活扶助費とは、食費・被服費・光熱費など、最低限必要な生活費のことだ。物価の高い東京都区部の場合、基準額は高齢者単身世帯(68歳)で月8万820円、高齢者夫婦世帯(68歳、65歳)で12万1940円(厚労省の資料より)。昨今、不正受給や子だくさん家族の「意外と高い」生活保護費がフォーカスされ、一部でバッシングの対象にもなっているが、典型的な高齢者世帯だと支給額はこの程度。住宅・医療費が別とはいえ、ここから最大10%減となると、生活は一層厳しくなりそうだ。
集団審査請求・訴訟の準備をしている支援団体や弁護士などは「生活保護費の引き下げは憲法25条に反する」と主張。行政への申立や訴訟を行う計画中だという。この動きの中心となっている尾藤廣喜弁護士に聞いた。
●「過去に前例がない」大幅な引き下げ
なぜ、今回のような集団提訴を目指す動きになったのだろうか?
「今回の生活扶助基準の引下げは、現在の生活保護制度が創られた1950年(昭和25年)以来、前例のない大幅な引き下げです。これは、生活保護を利用されている方々に深刻な影響を与えます」
たしかに大幅引き下げは、生活保護利用者にとって深刻だ。だが、尾藤弁護士は、これは生活保護利用者だけに限定される問題ではないという。
「保護基準が引き下げられれば、労働者の最低賃金の額や年金の給付水準も低くて良いということになりかねません。現に、今年の最低賃金の議論でも安倍首相のかけ声に反して、あまり上昇しませんでした。そのほかにも、就学援助の基準も厳しくなり、住民税の非課税基準も引き下げられることになります」
こうしてみると生活保護費の引き下げは、多くの国民の生活水準の切り下げに通じるようだ。特にワーキングプアの問題と直結している。
「『このままでは生活できない』『最低限度の生活を切り下げるな』という声は、かつてなく広がっています。悪政に対しては、広がった切実な声に基づく、これまで以上の数での法的な対応が必要です」
●全国で一万人規模の「審査請求」を予定
これが今回の集団提訴計画の理由だという。さて、前例のない規模になるといわれている集団審査請求・訴訟だが、いつ、どのような手続きで争うことになるのか?
「7月の中旬以降、8月1日からの『生活扶助基準引き下げ』の通知が生活保護の利用者あてに送られています。これについて、60日以内に各都道府県知事に対して、『審査請求』を行います。知事は、50日以内に裁決をしなければなりません。
これでもし、『棄却裁決』が出れば、30日以内に厚生労働大臣宛に『再審査請求』するか、6カ月以内に生活扶助基準引き下げ処分の取り消しの『訴訟』を提起します」
審査請求とは、処分を下した行政庁の上級庁に対して不服申し立てを行う手続きだ。生活保護について争う場合には正式な訴訟の前に、この審査請求を行うことが法律上要求されている。
この都道府県知事にあてた審査請求が、9月中旬までにかけて1万人規模を目標に続々と提起される見込みだ。そして、それが棄却された場合には、千人規模の集団提訴もありうるという。
●厚生労働大臣の「裁量権の濫用」が認められれば「違憲」
「今回の切り下げは、健康で文化的な最低限度の生活を保障している憲法25条に違反しています」と尾藤弁護士は言う。だが、最高裁判所はこれまで、生活保護に関する訴訟で政府寄りの判断をすることが多かった。この違憲だという主張は、現実の裁判の場で通るのか?
「最高裁も、厚生労働大臣の『裁量権の濫用』があれば、憲法25条違反となるとの判断に立っています」
つまり、最高裁も行政の言うことを鵜呑みにしているわけではなく、「裁量権の濫用」を審査するという姿勢をしっかり示しているというのだ。実際、最近はこんな判例も出ている。
「生活扶助の老齢加算の削減に関する裁判で、平成24年4月2日の最高裁第二小法廷判決は、『判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査』し、そこに判断の『逸脱・濫用』があれば違憲性が認められるとしています」
この基準を今回の引き下げに当てはめてみると、どうなるか。
「今回の引き下げは、専門家が集まる『基準部会』で検討されていた『基準改定方式』を全く採用せず、最初から10%の削減ありきで、突然に物価が下がっているという論理(『デフレ論』)を採用しているんです。しかも、物価指数の取り方が恣意的で、それが貧困者の生活実態に全く合っていません」
たしかにデフレと言われても、食料品の値段が下がったという実感はあまりない。貧困者の買わないような高級品の物価が下がっていることを理由に、扶助費を下げるといっても納得できる話ではないだろう。
「このように、厚生労働大臣の判断に、裁量権の逸脱・濫用があることは明らかです。今回の問題点を、多くの当事者とともに広く世論に訴え、世論の盛り上がりと支持の中で裁判所を説得したいと考えています」
と尾藤弁護士は語った。生活扶助費の切り下げは、生活保護利用者以外にも無縁ではないことも分かった。生活保護の基準をめぐる今後の動きに注目していきたい。
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【取材協力弁護士】
京都弁護士会・日本弁護士連合会貧困問題対策本部副本部長、生活保護問題対策全国会議代表幹事、全国生活保護裁判連絡会代表委員
事務所名: 鴨川法律事務所