リプニツカヤを引退に追い込んだのは誰か

拒食症は本人だけの問題ではない
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ソチ五輪の競技で滑走後、ポーズを決めるリプニツカヤ選手=2014年2月9日
Brian Snyder / Reuters

ロシアのフィギュアスケート選手ユリア・リプニツカヤさん(19歳)が拒食症だったことを告白し、現役引退を表明した。朝日新聞モスクワ支局員として、2014年の五輪で彼女を少しだけ取材したことがある。それだけに今回の出来事は切なかった。

リプニツカヤさんは、取材相手としては気難しく、少々「記者泣かせ」の人だった。彼女が金メダルに輝いたソチ五輪のフィギュアスケート団体戦で、演技を終えた彼女に感想を尋ねた。「別に...。普段と変わりません」。表情も変えず、それだけを言って彼女は足早に立ち去った。

当時15歳ということを考えれば無理はないのかもしれない。彼女自身、引退表明をしたインタビューで、自らの内向的な性格を語っている。

だが、原因はそれだけではないだろう。私たちメディア側にも大いに責任があった。

ロシアでは当時、彼女は注目の的だった。フィギュアスケート界に彗星のごとく現れた若い才能。一方で母子家庭で育った苦労人。メディアが放っておくはずがなかった。報道は加熱していき、しまいには彼女のプライバシーを、虚実ないまぜに書き散らす記事までが出るようになっていった。

リプニツカヤさんの中でメディアへの不信が高まっていったのは当然だった。例えば、彼女はインタビューの中で、ある新聞記事についてこう辛辣に批判した。

「記事の中で正しい情報は二つの単語しかありませんでした。『ユリア』と『リプニツカヤ』」

同業の一人として申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

彼女に寄せる国の期待も大きかった。ロシアの前身ソ連はスポーツ王国だった。スポーツの分野でも冷戦の宿敵アメリカに対抗。国策として才能あるアスリートを発掘、養成してきた。特に冬季五輪では金メダルの数も、メダルの総数でも常に1位か2位だった。

だが、ソ連崩壊によってスポーツ関連の予算は激減し、国際的な大会での成績も低迷。ソチの1つ前にあったバンクーバー冬季五輪(2010年)では金メダル数で11位と過去最低の成績だった。

そんな中で迎えたソチ五輪は、自国開催ということもあって、ロシアにとっては国家の威信をかけた重大イベントだった。スター性と実力を兼ね備えたリプニツカヤさんにとっては、期待を通り越し、もはや重圧になっていたのだろう。

そして、彼女は拒食症になった。

リプニツカヤさんはインタビューでこう語っている。

「拒食症は21世紀の病気です。とてもよく起こる問題です。残念なことですが、みんながみんな、それを克服できるわけではないんです」

たまたまだが、私も今年6月、拒食症と過食症を繰り返す摂食障害の会社員、金子浩子さんを取材、記事を書いた。無理なダイエットと食事制限によって、最初は57キロあった体重は、最も少ない時で34キロ。逆にリバウンドによって66キロまで増えたこともあった。

金子さんは8年間、この病気と向き合い、医師から摂食障害と診断された時、「正直、ほっとした」という。だが、今でも自分に自信がなくなった時、やせたい願望が頭をもたげてくると苦しむ。「いまだに摂食障害は治っていない」。そう金子さんは言った。リプニツカヤさんの言葉と重なる。

この病気は決して、個人の問題と受け止めるべきではないと思う。金子さんは男性ばかりでなく、女性からもどう見られるかを意識して深みにはまった。やせていることへのあこがれが根強い日本では特に、この病気が社会や人間関係と無縁ではありえない。

そしてリプニツカヤさんの場合も、明言はしていないが、メディアの過熱ぶりや「期待」という名の国や社会からの「重圧」が病気と関係があったのだと察しがつく。

ハフポスト日本版では、若い女性エディターが中心となり、女性が抱える身体の問題についてもっとオープンに話せる社会になればとの思いを込めて、「Ladies Be Open」という企画に取り組んでいる。私もメンバーの一人だ。

企画では、摂食障害だけでなく、生理休暇の取得や化粧をすることの意味などのテーマで記事を発信し続けている。

だが、私たちは、この企画を女性のためだけのものとは考えていない。男性にも読んで欲しいと思っている。なぜなら、女性が抱える問題は、男性との関係の中で起きることが多いからだ。社会や企業などの仕組みが男性中心に構築されている日本では特にこの傾向が強いと思う。

そして、こうした問題の構図は、リプニツカヤさんにも当てはまるだろう。ロシアも日本に負けず劣らずの男社会だから。

ソチ五輪の直前、モスクワにある「第37青少年特別スポーツ五輪予備校」を取材したことがある。フィギュアスケートで五輪を目指す子どもたちが通う場所で、スポーツ分野でも「強いロシア」の復活を目指したプーチン政権の肝いり施設の一つだ。

ここでリプニツカヤさんもスケートの技術を磨いた。人生をフィギュアスケートにかけるため、彼女と母親は、モスクワから1300キロ離れた地方都市エカテリンブルクから引っ越してきた。彼女が10歳のころだ。

11月下旬のモスクワ。凍てつくような気温零下の中を、白い息を吐きながら小さい子どもたちが続々とやってきた。

スケート靴に履き替えてリンクに出ると、懸命にジャンプやスケーティングの練習をしていた。股関節のストレッチがつらくて涙を流す女の子もいた。そんな様子を、リンクの上から親たちが熱心に見ている。かつてのリプニツカヤさんと母親もそうだったのだろう。

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フィギュアスケートの練習に取り組むロシアの子どもたち=2013年11月、モスクワの第37青少年特別スポーツ五輪予備校
Kazuhiro Sekine
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練習に励むロシアの女の子=モスクワの第37青少年特別スポーツ五輪予備校
Kazuhiro Sekine
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予備校にはいろんな年齢の子どもが所属している
Kazuhiro Sekine

取材したある母子は、あこがれの選手をリプニツカヤさんと答えた。あの2人は今、どうしているだろうか。

リプニツカヤさんは今後、スケートとは関係ない道に進むという。英雄という名のくびきから解放され、これから本当の人生を取り戻す日々が始まるのだろう。

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ハフポストでは、「女性のカラダについてもっとオープンに話せる社会になって欲しい」という思いから、『Ladies Be Open』を立ち上げました。

女性のカラダはデリケートで、一人ひとりがみんな違う。だからこそ、その声を形にしたい。そして、みんなが話しやすい空気や会話できる場所を創っていきたいと思っています。

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