朝日「リニア談合解説記事」での一方的「ゼネコン批判」による“印象操作”

客観的な「解説」という外形を装って、「印象操作」を行おうとする姿勢が顕著だ。
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リニア中央新幹線品川駅の新設工事が報道陣に公開され、作業を進めるクレーン車。重さ約130トンのドイツ・キロフ社製の鉄道クレーンで、最大80トンの物体をつり上げることができる=25日未明、東京都港区のJR品川駅
時事通信社

4月23日付けの朝日新聞朝刊の「MONDAY 解説」というコーナーに、全頁に近い大きさで、市田隆編集委員の「リニア工事 ゼネコンを捜査 発注者との蜜月 新たな談合」と題する記事が掲載された(以下、「市田「解説記事」」)。

「解説」のコーナーに掲載されているのであるから、大型の「解説記事」という位置づけなのであろう。そうであれば、取り上げた問題について、明らかになっている事実関係を客観的に記述し、それがどのような法律に違反するのかを説明し、事実関係、法律適用について、当事者からの反論や主張の有無や内容も踏まえて争点を明らかにした上で、筆者の意見を述べる内容になるのが通常であろう。

昨年12月26日に出した当ブログ記事【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】でも詳細に述べたように、この事件については、独禁法を適用すること、独禁法違反の犯罪ととらえることに関して、多くの問題や疑問点がある。

この事件については、「解説」すべき問題点が数多くあり、十分な紙幅を割いて「解説コーナー」で取り上げるに相応しい案件だと言える。

しかし、市田記事は、「解説記事」と言いながら、一方的な、検察捜査の当然視・評価と、大手ゼネコンの「談合」に対する「批判」に埋め尽くされており、事件の問題点や争点を含めて客観的に「解説」する記事とは到底言えない内容となっている。当然触れるべき法律上の問題や争点、当事者企業の言い分を無視し、関連する事実を、一方的かつ一面的な見方で論じている。このような記事を、客観的な「解説記事」であるかのように紙面に掲載することは、「印象操作」との批判を免れないであろう。

「印象操作」というのは、森友・加計学園問題に関して、安倍首相が国会答弁で多用した言葉だ。野党の国会での追及は、問題の本質に目を向けることなく、「安倍首相の指示・意向」の疑いに単純化され、安倍首相を批判する側と支持する側との議論が全くかみ合わず、「二極化」する状況を作る原因にもなった(【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の"自滅"と野党側の"無策"が招いた「二極化」】)。そこにも、朝日新聞の報道に対する「印象操作」の批判がある。

リニア談合事件ついての編集委員の「解説記事」における露骨な「印象操作」が、朝日新聞の編集方針によるものだとすると、森友・加計学園問題に関する朝日新聞の報道姿勢に対する「印象操作」の批判とも無関係とはいえないように思える。

「解説記事」として不可欠な内容

リニア談合事件の「解説」として何より重要なことは、この事件で会社幹部に逮捕者を出し、その個人と会社が起訴された大成建設・鹿島のゼネコン2社が、当初から犯罪の成立を強く争っており、起訴された後の現在もその姿勢を継続していることだ。しかも、大成建設は、特捜部の捜査手法に対して「抗議文」まで提出して、徹底して抵抗している(【"逆らう者は逮捕する"「権力ヤクザ」の特捜部】)。

建設業法によって国の監督下にあり、しかも、国から多くの工事を受注する立場の両者が、国家機関である検察の捜査・処分に、ここまで抵抗するのは異常な事態である。そこに、今回のリニア談合事件の特異性があり、「解説記事」であれば、何をさておいても取り上げなければならない点であろう。

そのようにゼネコン2社側が強く抵抗する理由は、本件が、「談合事件」として極めて特異なものだからだ。

従来の談合事件が、刑法の談合罪の処罰対象となる「公共工事」をめぐる談合だったのに対して、このリニア工事をめぐる問題は、JR東海という民間企業が発注者なので、刑法の談合罪の対象ではなく、しかも、上場企業の発注工事に関するものであるところに、従来の「談合事件」との大きな違いがある。

そこで、検察は、「独占禁止法」という法律を持ち出して、同法違反(不当な取引制限)の刑事事件ととらえたのであるが、同法違反は、刑法の談合罪とは異なり、「談合行為」自体を違反とし、処罰の対象とするものではない。「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」が違反・犯罪とされるのであり、「談合」はそのための手段に過ぎない。刑法の談合罪と独禁法違反とでは、違反・犯罪の構造が異なるのである。

しかも、【前記ブログ記事】でも述べたように、リニア中央新幹線工事は、ほとんど全区間にわたってトンネルであり、南アルプスの地下、最深部では1400メートルにも及ぶ深さで、火山や地震の影響を耐えられる構造が必要とされるなど、極めて高度な技術が要求される工事である。高度なトンネル技術を持つ大成建設・鹿島の2社が、90年代から、自然条件や地中の状況についての調査や、それらを克服できる工法の開発を分担して行ってきたもので、そもそも「競争」の余地はない。発注方式も、受注者選定の方式も、そのような工事の特性に応じたものとなっている。大手ゼネコンの技術を結集し、役割分担を行って技術開発を行わなければ実現が困難なものであり、今回のリニア工事をめぐる問題は、独禁法違反の犯罪で処罰しようとすることに多大な疑問がある。日経Bizgate「郷原弁護士のコンプライアンス指南塾」【「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス】では、独禁法コンプライアンスの基本的視点から考えても、そもそも独禁法で問題にすべき案件ではないことを指摘してきた。

私の問題点の指摘は、90年代初頭の公取委出向時の「埼玉土曜会談合事件」を初めとして、多くの談合事件の摘発に関わり(【告発の正義】ちくま新書:2015年)、2000年代初頭の、自民党長崎県連事件では、ゼネコンの談合構造を背景とする、自民党の地方組織の集金構造を解明するなど(【検察の正義】ちくま新書:2009年)、検事時代に「ゼネコン談合」と闘ってきた経験と専門知識に基づくものであり、業界関係者、工事発者側など、わが国の社会資本整備に関わる者の常識的な見方を法律論、コンプライアンス論として構成したものだ。

ところが、市田「解説記事」は、事件を摘発した検察に対する疑問や批判を一切無視して、ゼネコン談合を一方的に批判しているのである。

独禁法適用に関する公共工事と民間工事の「決定的な違い」

市田「解説記事」の最大の問題は、冒頭で、(東京地検特捜部は)「独占禁止法違反(不当な取引制限)で起訴した。談合があったとされたのは、」などと述べて「不当な取引制限」という独禁法違反を、単純な「談合事件」に置き換え、公共工事と民間工事との間の、談合についての法律的評価の違いを完全に無視していることだ。

「公共工事」においては、会計法、地方自治法等の法令で、発注方式が定められており、発注者側の契約当事者も、発注方式を勝手に決めることはできない。入札が義務付けられていれば、入札によって受注者を決めなければならないし、その入札に当たって、特定の業者が受注するよう意向を示したり、有利な取扱いをしたりすることは、「官製談合防止法違反」となる。

しかし、「民間工事」の場合、どのような方式でどのような企業に発注しようと、基本的には発注企業の自由だ。発注者が、技術的な要素や品質を考慮して、特定の企業を契約先に選定して発注したとしても、基本的には何ら問題はない。その発注者が、入札による業者間の競争で受注者を選定しようとしているのに、その意向に反して、受注業者で話合いをして競争を回避した場合に、取引の規模や市場全体への影響如何では、独禁法違反が成立する「余地がある」、というだけである。

市田氏は、

工事に関与したJR東海元幹部は、品川、名古屋両駅工事が高度な技術力を要するため、大手4社にしかできないと考え、「事前に技術協力してもらいパートナーのようだった」と語る。さらには「工事実績から日名川駅を大林組、清水建設、名古屋駅を大成建設が受注する流れが当然と受け止めていた」と証言し、発注者が、大手同士のすみ分けを許容していた疑いすら浮かぶ。

としているが、リニア工事の発注者であるJR東海が、その施工に高度な技術開発が必要であったことから、発注前の段階から大手ゼネコンに協力を求め、大手ゼネコン同士の「すみ分け」を許容していたのであれば、発注者が許容する「すみ分け」の通りに受注することは独禁法に何ら違反するものではない。

発注者が、「大手ゼネコン同士のすみ分けを許容し」、それに応じて、ゼネコン側が調整を行っていた場合、「公共工事」であれば「官製談合」として、官民ともに処罰の対象となる。しかし、民間工事であれば、発注者の意向どおりに受注者が決定されたということに過ぎず、独禁法違反は成立せず、何ら違法ではないということになる。

もちろん、JR東海に対しては、高度な技術を要するリニア工事の特性から、大手ゼネコン同士のすみ分けを許容せざるを得ないのであれば、それを透明化して大手ゼネコンとの個別の交渉による随意契約をとるべきだったのに、「入札」という「実態に合わない発注方法」を採用していたことについて批判する余地はある。しかし、市田氏のように、発注者側の「すみ分けの許容」自体を、「談合に至る土壌作り」とし、JR東海側に「談合」についての責任があるかのように批判するのは的外れだ。

「談合決別宣言後」の「新型談合」?

そして、市田氏は、リニア談合に対して明らかに誤った「解説」を行うだけでなく、「新型談合」という言葉を持ち出し、それを、最近の大手ゼネコン各社をめぐる状況に結び付け、一般化しようとする。

市田氏は、

大手4社が、談合決別宣言を行ったのは制裁を強化する改正独禁法の施行前の2005年12月のことだ。だが、実際には談合との決別は困難だった。

と述べて、大手ゼネコンが「談合決別宣言」後も、談合と訣別できなかったと述べた上、その背景について、次のように「解説」する。

準大手各社の幹部は、1千億円超の大型工事を請け負うだけの技術力、資金力を持つゼネコンとなると、大手4社が中心とならざるを得ない、と指摘する。

官民ともに発注者側には「大手に工事を任せれば安心」との意識が強い。大規模な震災復興工事を請け負う大手ゼネコン幹部は「役所に頼まれてやっている」と述べた。この環境下で、ゼネコン業界ぐるみの以前の談合組織とは違い、発注者との親密な関係をもとに大手4社だけで受注調整する新たな談合が生まれることになった。

そして、「建設業界の談合をめぐる動き」と題する表で、決別宣言直後から談合が繰り返されているかのように談合事件を列挙し、ゼネコン談合が解消されなかったかのような「印象」を与えている。

しかし、大手ゼネコン間で行われた2005年末の「談合決別宣言」は、それまで、談合事件の摘発の都度繰り返されてきた表面的な「談合排除宣言」とは全く異なり、業者間の調整を担ってきた「業務屋」と言われる社員を営業の現場から排除して、談合を行わないことを前提とする営業活動、積算・見積、入札を徹底しようというもので、2006年に入ってから、そのような措置によって営業・受注の現場で価格競争が徹底されていった。実際に、その後、大手ゼネコン間の談合が問題になった事例はなく、今回のリニア談合事件が、談合決別宣言後では初めての事例だ。

上記の「建設業界の談合をめぐる動き」表中の「枚方市の清掃工場の建設工事をめぐる談合事件」は、摘発は2007年だが、入札は2005年で、「談合決別宣言」前だ。「名古屋市地下鉄談合」も、入札は、「談合決別宣言」の直後の2006年2月、談合排除の取組みに着手した直後であり、既に受注調整によって各工区の受注予定者が決まり、工事の準備が開始されていた段階だったため、それをすべてご破算にして、名古屋市の入札に「競争」で臨むことは大幅な工事の遅延を招き、困難だったという事情がある。「決別宣言後の談合」と見ることは適切ではない。

もちろん、最近でも、地方の中小建設業者間の談合や、表にも書かれている道路舗装工事のような若干特殊な分野の工事について専門業者間の談合が公取委に摘発された事例はある。しかし、少なくともゼネコン業界においては、談合決別宣言によって、それまで日本の公共工事のほとんど全てに蔓延していた受注調整が、ほぼ根絶されたというのが、業界関係者や発注官庁側の認識だ。

競争環境の激変とゼネコン各社の受注姿勢の変化

市田氏は、「発注者との親密な関係をもとに大手4社だけで受注調整する新たな談合が生まれることになった。」と述べ、11年の東日本大震災の復旧・復興工事、安倍政権下での公共事業費の増加、20年の東京五輪に向けての首都圏の再開発やインフラ整備の活発化などで、各社が過去最高利益を更新するなど、大手ゼネコンの業績が好調な現在の状況も、大手ゼネコン各社の「新型談合」によるものであるかのように決めつけている。

しかし、民主党政権下での公共投資の抑制やリーマンショック等による建設不況の下で、ゼネコン業界全体が、熾烈な工事の奪い合いをしている状況から、東日本大震災の復旧・復興工事に加えて、自民党が政権に復帰したことによる公共投資の増額、さらには、東京五輪の誘致決定、都市部の再開発の活発化による大型建設工事ラッシュという状態で、建設需要が拡大し、ゼネコン業界全体が需要に対応しきれないような状況へと、建設工事をめぐる競争環境が大きく変化したことに伴い、ゼネコン各社の受注姿勢が変化するのは当然だ。

公共工事が削減され、建設業界が不況にあえいでいる状況では、工事を選り好みしている余裕はなく、受注可能な工事に各社が殺到する。一方、建設需要が増大し、業界全体の施工能力を上回る状況になれば、各社が自社の得意な工事を選別して受注しようとするのは、自然な成り行きだ。超大型工事=大手ゼネコン、一般工事=準大手ゼネコンという「棲み分け」になるのは、発注者側、受注者側の合理的な判断の結果と言える。ところが、市田氏は、それを「新たな談合によるもの」と決めつけるのだ。

「技術的能力という面から、大型工事の受注可能な業者は大手4社である」という認識が発注官庁側と業者側とで共有されることが、なぜ「新たな談合」ということになるのか。「談合」といして批判されるのは、個別の工事受注に関して事業者間に意思連絡や合意があった場合だ。しかし、市田記事は、ゼネコン業界で、業者間の話合いが行われていることの根拠を何ら示すことなく、「新たな談合」という言葉を使っている。

リニア談合は「新たな談合」の「氷山の一角」なのか

市田氏は、「技術提案を加味する選定方法」が導入されたことで、ゼネコン間の談合の立証が困難になっていたが、検察は課徴金減免制度を利用して困難を克服し、「新型談合」の起訴にこぎつけた、として検察捜査を評価する。

そして、リニア事件が「新たな談合」の「氷山の一角」である疑いがあるとし、それを大手ゼネコン各社の一般的な問題に拡張する根拠として持ち出しているのが、「東京外郭環状道路(外環道)」の工事をめぐる「談合疑惑」だ。

同工事は、わが国ではじめて大深度地下領域を全面的に活用し、本線トンネルは全長約16キロ、片側3車線の大断面・長大トンネルであるであることなど、従来の技術では対応できない極めて高度な技術を要する工事であったため、国交省が、学識経験者、関係機関による検討委員会を設置し、スーパーゼネコン等も協力して工法の検討が行われたものだ。「競争」より「官民の共同」によって初めて実現することが可能な工事の典型だ。高度な技術開発が官民挙げての「共同体制」で行われた経過から、4社が受注を分け合うことになった結果を「当然の結果」とみるか、共産党の機関紙赤旗による批判キャンペーンが指摘するように「談合」と見るかは、見方の違いである。

重要なことは、発注者側は「談合などの疑いを払拭できない」として大手4社との契約手続きを中止したが、「4社間の談合」の事実が明らかになったわけではないということだ。

市田氏が評価するように、「技術提案を加味する選定方法」が導入されたことで、談合の立証が困難になっていたのを、特捜部が課徴金減免制度を利用して克服したというのであれば、市田氏がもう一つの「氷山の一角」として指摘する「東京外郭環状道路」の工事をめぐる談合について、大林・清水側は同様に課徴金減免申請をすることになるのではなかろうか。

検察捜査と大林、清水の減免申請によって、リニア工事以外の「ゼネコン談合」が解明されることがなかったのは、市田氏が指摘する「新たな談合」の疑いを否定する事情と言うべきではなかろうか。

「解説記事」による「印象操作」を行うことの問題

市田氏が、ゼネコン談合を批判し、特捜部の捜査を評価・支持することも、それを表現することも自由だ。しかし、それをするのであれば、新聞紙面においては、「オピニオン」として扱うべきだ。

同氏の「解説記事」は、事件の客観的な解説として不可欠な点を殊更に除外し、「新たな談合」などという言葉を用いて、根拠も示さずに、大手ゼネコン各社が談合決別宣言後も談合を繰り返してきたように一方的に批判しているものであり、そこには、客観的な「解説」という外形を装って、「印象操作」を行おうとする姿勢が顕著だ。

このような記事を、「編集委員の解説記事」として、「解説」コーナーに掲載する朝日新聞の編集方針にも疑問を持たざるを得ない。

(2018年5月2日郷原信郎が斬るより転載)