自閉症により言葉を失った少年を追ったアメリカのドキュメンタリー映画『ぼくと魔法の言葉たち』が、4月8日からシネスイッチ銀座などで公開される。少年がディズニーアニメを通じて徐々に会話を取り戻していく姿を描いている。
主人公のオーウェン 映画『ぼくと魔法の言葉たち』より
2月の第89回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされるなど評価を受けている今作品。メガホンを取ったロジャー・ロス・ウィリアムズ監督(43)が来日してハフィントンポスト日本版の取材に応じた。話はトランプ政権のアメリカ社会にも飛び、「はみ出し者に不寛容になっている」と語った。
あらすじ サスカインド家の次男オーウェンは2歳で言葉を失い、7歳になるころまでには誰ともコミュニケーションを取れなくなってしまっていた。彼は自閉症と診断され、家族は失意に暮れる。ある日、父のロンはオーウェンが発する意味をなさないモゴモゴとした言葉が、オーウェンが毎日擦り切れるほど観ていたディズニー・アニメ『リトル・マーメイド』に登場するセリフだと気づく。意を決した父は、彼が大好きなディズニー・キャラクターであるオウムのイアーゴになりきって、身を隠して語りかける。「どんな気分?」。すると、まるで魔法のように、オーウェンが言葉を返した!「僕はハッピーじゃない。僕には友達がいないから」。5年ぶりの息子の言葉にこみ上げる涙をこらえながら、イアーゴとしての会話を続ける父。こうして、父と母、そして兄による、ディズニー・アニメを通じた「オーウェンを取り戻す」ための作戦が始まった。
———この作品を作ったきっかけは。
主人公、オーウェン(26)の父、ロン・サスカインドは15年来の知人で、私とテレビ番組の仕事を一緒にすることもありました。彼の著書『ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと』を読んだ時、これをドキュメンタリー作品にしたいと思いました。
彼は私のところにやってきて、大学に進学したオーウェンが仲間と大好きなディズニー・アニメを鑑賞する「ディズニークラブ」を立ち上げた話をしたんです。僕は感動して、その時涙目になっていました。2週間後には撮影を始めました。学校主催のバレンタインデーのダンス大会でした。オーウェンはハンサムで、遊びも楽しみ、素晴らしいものを持っていて、主役にぴったりだと思いました。
——主人公、オーウェンの父、ロン・サスカインドさんは、記者出身なんですよね。
ええ。ウォール・ストリートジャーナル紙の記者をして、ピューリッツァー賞も受賞しています。その後、作家となり、政治やホワイトハウスの裏話、テロなどについてたくさんの著書があります。ニューヨークタイムズのベストセラーにも4回選ばれてもいます。
映画『ぼくと魔法の言葉たち』より
——ウィリアムズ監督はアフリカ系で、自身がゲイだと公表しています。そういうマイノリティーの立場から、主人公のオーウェンに共感した点もあるのでしょうか。
そうです。オーウェンはアウトサイダー(はみ出し者)で、僕もアウトサイダーだと感じています。そこに感情移入し、惹かれて作品を作った面が大きいです。作品は、オーウェンの視点を通して体感できるようにも作ったつもりです。また、僕についても知ってほしいとも思っていたこともあります。これまで、そんなものを作ってきませんでした。
アメリカではトランプが大統領になりましたが、「不寛容なアメリカ」が色濃くなってきていると感じます。富裕層の白人男性以外の居場所がなくなってきているんです。メキシカンも、有色人種も、イスラム教もセクシュアルマイノリティーも、大変な状況です。オバマ政権時代のホワイトハウスのサイトには、地球温暖化や公民権、LGBTのページがあったんですが、トランプはそれを削除したんですよ。アメリカはもともとアウトサイダーが集まって始まり、トランプの前は初のアフリカ系大統領が誕生したのに、これはどういうことなんでしょうか。
映画『ぼくと魔法の言葉たち』より
——トランプ大統領の誕生により、社会の分断が鮮明になってきているとされています。今後、アメリカはどうなるのでしょうか。
自閉症のオーウェンのように脳の働きに多様性を持った人たちは、オバマ政権では手厚く扱われてきたところだったんです。しかも、そういう人よりも貧困家庭の人たちは今、より厳しい状況です。
トランプは以前、記者会見で障害を持つ記者をからかうような態度をとりました。オーウェンはそういったトランプの姿を見て、『美女と野獣』に出てくる村一番の色男で悪役のガストンを思い起こすそうです。私がもし、今作品でオスカーを受賞していれば、そんなことを話すつもりでした。
「不寛容なアメリカ」が広がり、混乱が深まり、より危険になる可能性があります。私は映画監督として、それに抵抗するため、記録して分かち合うというスキルを使ってやっていかないといけません。かつてホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の問題もそうでした。例えば、強制送還される人や、反対運動する人を取り上げて作品にしてきました。そういう作品を作ると、警察に捕まったりすることもあります。
オーウェンのようなアウトサイダーは軽視され、社会から忘れられがちだですが、それは世界にとって大きな損失なんです。この作品が、そういったことを考えるきっかけになればいいと思っています。
インタビューに応じるロジャー・ロス・ウィリアム監督=東京・銀座
ロジャー・ロス・ウィリアムズ サウスカロライナ州出身。ニューヨーク大学などで学び、TVプロデューサー・演出家として活動開始。初監督した映画『Music by Prudence(原題)』(2010年)でアカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞し、アフリカ系アメリカ人監督として初のアカデミー賞受賞者に。ほか、『GOD LOVES UGANDA(原題)』(13年)などを監督。現在は、ニューヨーク北部とオランダのアムステルダムの2か所に拠点を置いている。
『ぼくと魔法の言葉たち』 【監督】ロジャー・ロス・ウィリアムズ【原作】「ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと」(ビジネス社・刊)【出演】キャスト:オーウェン・サスカインド / ロン・サスカインド / コーネリア・サスカインド / ウォルト・サスカインド 原題:Life, Animated
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