雑誌や広告、放送、ウェブサイトなどに使われ、様々な場所で目にするストックフォト。
LGBTQの人たちをテーマにしたストックフォトに変化が起きている、と話すのは、世界各国でストックフォトを提供しているゲッティイメージズジャパン株式会社代表取締役の島本久美子さんだ。
ダイバーシティとインクルージョンの視点から、世界の写真のトレンドの変化を見てきた島本さん。変化の背景にあるのは、「多様性やリアル」を求める社会の動きだという。
その一方で日本は世界の流れに追いついていないと島本さんは感じている。
ストックフォトに今、どんな変化が起きているのだろう。島本さんと、東京レインボープライド共同代表理事の杉山文野さんと一緒に考えた。
キーワード検索が大きく伸びている
変化の一つは、LGBTQストックフォトの需要増加だ。ゲティイメージズでは、日本を含む世界中で、LGBTQに関連するキーワード検索が近年伸び続けているという。
例えば2018〜19年の1年で、「LGBTQ」という単語のキーワード検索は、世界全体で322%増加。日本も「LGBT」が230%、「ゲイ」が92%伸びた。
さらに、求められる写真の内容も少しずつ変化していると島本さんは話す。
「LGBTQ当事者の写真は、以前はデートシーンなど、いかにもカップルといったビジュアルが多かったのですが、最近は一緒に趣味を楽しむ、仕事をするといった日常のビジュアルに利用がシフトしています」
広告での描かれ方も変化している
こういった変化の背景にあるのは、多様性の支持広がりかもしれない。
ゲッティイメージズの調査レポート「Visual GPS」(2020年実施)で、「購入先の企業があらゆる種類の多様性を賞賛していることを重要視しているか」聞いたところ、80%が「重要視する」と答えた。
そうした消費者を意識してか、欧米を中心に海外では広告にも変化が起きていると島本さんは話す。
欧米では、LGBTQの人たちが出演する広告は、以前はLGBTQの当事者向け、中でもゲイの白人男性を対象にしたものが多かったが、最近は多くの人をターゲットにした一般の広告の中にLGBTQの当事者が登場するようになってきたという。
島本さんが例に挙げたのは、レズビアンカップルを広告に起用した2018年のラスベガス観光局の広告だ。
恋人同士の女性ふたりがラスベガスで結婚式を挙げるこの広告は、YouTubeで1200万回以上再生されている。
また、トラスジェンダーの息子が父親から初めて髭剃りを教わるカミソリ会社ジレットの2019年の広告も話題になった。
こういった動きを、杉山さんは「見える化」からの変化だと感じると話す。
「ゲイやレズビアンの人たちの場合、以前は男性2人、女性2人が並んでいることに意味がありましたが、その人たちがどういう人たちなのかを表現する次のステージに来たという変化だと感じます」
その分、当事者かどうかわかりにくくなる一面はある。
例えばレズビアンやゲイ、バイセクシュアルの人たちは、2人並ばなければ当事者だとわかりにくい。トランスジェンダーの人も、見た目だけではトランスジェンダーだとはわからない。
そこをどう表現するかが面白い部分だと思う、と杉山さんは続ける。
「ジレットの広告のお父さんから髭剃りを教えてもらうシーンも、一見するとただ男性がヒゲを剃っているだけのようですが、背景にどんなストーリーがあるのかが大事で、それを想像するところに面白さがあると思います」
ベストセラーにゲイカップルの子育てフォト
LGBTQの人たちのビジュアルは、個人やカップルだけではなく家族写真でも利用が増えている、と島本さんは説明する。
ゲッティイメージズでは2018年に初めて、最も売れた家族写真のトップ10に、ゲイカップルと子どもの家族の写真が入った。
「LGBTQファミリーの写真は、最初の頃はなかなか売れませんでした。それが2年前に、この写真が初めて家族のトップ10に入りました」
様々な家族のビジュアルに力を入れてきたゲッティイメージズにとって、この写真のベストセラー入りは、とても嬉しいことだったと島本さんは振り返る。
イメージのアップデートが必要
欧米を中心に、LGBTQの人たちのビジュアル利用や多様性が進む一方で、日本では同じような変化はまだ見られないという。
日本では、キーワード検索は増えているものの、コンテンツのバリエーションはまだ少ない。上記で触れた多様性をサポートする企業の商品を優先的に購入するかどうかを尋ねた質問で、「購入する」と回答した人は50%とグローバル全体より低かった。
また、日本で売れている家族の写真は異性夫婦と子どもの写真だ。
実際の社会では家族の形が多様になっているのに、社会の中で共有されている家族のイメージはアップデートされていないと杉山さんは感じている。
杉山さんの家族は、パパ2人にママ1人。ゲイの友人から精子提供を受け、体外受精で子どもを授かった。まだ数は多くはないものの、周りには、何らかの形で子育てしているLGBTQの家族が確実に存在している。
「お父さんが外で仕事で、お母さんが家で家事を…といった家族が悪いわけじゃない。ただ、実際には家族の形はもっと多様です。家族のイメージもアップデートしないと、実生活とイメージの差があまりに大きすぎると思うんです」
イメージのアップデートは、夫婦別姓や婚姻の平等実現のためにも大切だと杉山さんは考えている。
「同性が結婚できるようになるというのは、選択肢を増やすということです。誰かを不幸にするのではなく幸せな人を増やす。夫婦別姓や婚姻の平等は、今の社会に必要な制度なのに、そこにイメージが追いついていないと感じます」
ビジュアルができること
ゲッティイメージズでは、ステレオタイプが残るビジュアルが多い分野は、どんどん撮り直すよう力をいれている、と島本さんは話す。
「実社会をちゃんと反映できているかどうかが、特に若い人を中心に重要視されています」
「若い人たちにアピールしたいブランドは、より多様なものや時社会をより反映したものに力を入れるようになっている。その中にはLGBTQの広告やストーリーも含まれます。ビジュアルでも、より実社会を反映できているのかというのが、大切になります」
さらに次のステップとして、ゲッティイメージズではLGBTQのビジュアルにはできる限り当事者のモデルを起用しようとしているという。
当事者を起用する動きは、海外では映画などでも起きている。その一方で、日本では同性愛者やトランスジェンダーが主人公の作品が増えた一方で、当事者が演じる動きはまだあまりない。
その背景に、日本社会がカミングアウトしにくい問題がある、と杉山さんは話す。
LGBTQの人たちが登場する写真や映像が増えることでカミングアウトしやすい社会になり、セクシュアリティをオープンにする当事者の役者やアスリートなどが増えて欲しいと杉山さんは願っている。
島本さんは、ビジュアルにはそのための力があると話す。
「見慣れているとより寛容になれるという調査結果もあります。広告やメディアなどでLGBTQの人たちの存在がもっと見えるようにすることが大事だと思っています」