お母さんの新しいパートナー、悠さんが引っ越してきたのは、琴音さん(仮名)が中学校3年生の時だった。
悠さんはトランスジェンダー。生まれ持った体は女性だが、自認する性別は男性だ。性別を変える手術は受けていないものの、着ている洋服や振る舞い方から、男性と認識されることがある。
LGBTQという言葉を聞いたことはあったけれど、「それはテレビの向こう側の話だろうと思っていた」琴音さんは話す。
大好きなお母さんにトランスジェンダーのパートナーができたことを、当時15歳だった彼女はどう受け止めたのだろうか。
🏳️🌈ママのパートナーがトランスジェンダーというのは、気になった?
悠さんがやってきた時、琴音さんのお母さんのまきさんは琴音さんに、悠さんを「友人」と紹介しトランスジェンダー男性ということは伝えなかった。
そのことをどう感じていたの、と尋ねると「なんか最初、(悠さんの体が女性だということに)気づかなくて。男性だと思ってました」と、琴音さんは振り返った。
あれ?と思ったのは、一緒に人生ゲームをしている時だった。ゲームで使うピンを選ぶ時「悠さんのは青いピン?」と尋ねると、「うーん、どうだろうね」と悠さんは曖昧な答え方をした。
その時に初めて「あれ、悠さんはもしかしたら男性ではない?」と、琴音さんは思ったという。
「LGBTの人たちをあんまり知らなかったから、思いつかなくて。芸能人とかでそういった人がいるのは知っていたけれど、テレビの向こうにいる人と思っていました」
ただ、悠さんのセクシュアリティは「全然気にならなかった」と、琴音さんは話す。それには、幼い頃から好きだったアニメの影響がある。
「色々な人が自分でアニメのキャラクターを作って、インターネット上で好きなキャラ同士をくっつける、カップリングっていうのがあるんです」
「男性同士や女性同士のキャラのカップリングをネットでたくさん見ていたから、あんまり気にならなかったかな」
💭「モヤモヤ」の正体は?
琴音さんと悠さんは仲がいい。一緒にテレビをみたり、琴音さんが好きなアニメの話をしたり、「悠さんと話すのは楽しい」と琴音さんは話す。
一方で琴音さんは、悠さんが家に来た時から、モヤモヤした気持ちを抱えていた。
心に引っかかっていたのは、お母さんから悠さんを「友人」と、紹介されたことだ。
琴音さんの両親は、琴音さんが10歳の時に離婚している。まきさんは、琴音さんが離婚で大きなショックを受けたことを知っていた。だから、まずは母の友人として悠さんに馴染んでもらってから徐々に距離を縮めて欲しいと思って「友人」と紹介した。
しかし琴音さんは、初めから悠さんとお母さんが、特別な関係だと感じていた。
「一緒に暮らし始める時から、なんか付き合ってる感じなのかなって思っていたんです。だけどお母さんは何も言わないから、本当はどうなんだろう?なんで言わないんだろう?と、モヤモヤしていました」
お母さんから「悠さんとパートナーになりたい」と言われたのは、一緒に暮らし始めて約1年後だった。
「どうして、最初から言ってくれなかったんだろう」。モヤモヤした気持ちが少しずつ自分の中にたまっていった。だけど琴音さんは、モヤモヤした気持ちに蓋をし、まきさんにも悠さんにも何も言わなかった。
🗯溜まっていた気持ち、思い切ってぶつけた
「高校三年生の夏ぐらいだったかな、耐えきれなくなって父親に思わず愚痴ったんです。そしたら、そういうのはお母さんとちゃんと話した方がいいんじゃない、今のうちに話さないと爆発しちゃうよ、って言われて」
信頼している小学校からの親友からも同じことを言われた琴音さんは、思い切ってそれまで溜め込んできたことを、まきさんにぶつけた。
何で最初から、悠さんがパートナーだと話してくれなかったのか、お父さんと離婚したのは、実は悠さんと付き合っていたからじゃないか…。
不平や不満をあまり口にしない琴音さんが感情を爆発させたことにまきさんは驚きつつ、ぶつけた思いの一つ一つにきちんと向き合ってくれた。
「『琴音の気持ちはわかった、でもお父さんと一緒にはもうなれない』って言われました。今まで私が知らなかった、お父さんに対して思っていた気持ちも聞けて、なんだかスッキリしました」と、琴音さんは振り返る。
思い切って気持ちをぶつけたことで、それまでお母さんには話しにくいと感じていた、離婚したお父さんのことも話せるようになった。
琴音さんは、高校の卒業式にお父さんも呼びたいと思っていたが、まきさんに遠慮して切り出すことができなかった。
だけど思いを伝えたことで「気持ちを抑えなくていい」と思えるようになり、卒業式にお父さんも誘って欲しいと伝えられた。
「卒業式に参加する人数を学校に伝える時、お母さんが、お父さんと父方の祖父母を加えた人数を書いてくれました。それがすごく嬉しかったです」
📖学校でも、LGBTQの授業をして欲しい?
悠さんと一緒に暮らすようになるまで、身近にLGBTの人たちがいると思っていなかった琴音さん。
当事者の家族になった今、もっと学校でもLGBTQの授業をしたらいいのにと感じている。
「(LGBTQの人たちがいても)害があるわけでも損があるわけでもないです。学校で授業を受けていれば、LGBTQに対してのネガティブな反応はなくなるんじゃないかな」
学校にLGBTQを公表している人はいないけれど、言いづらいと感じている人もいるかもしれない、と琴音さんは感じている。
「性別をチェックするところを、女の方につけたくないって言ってる友達もいました。性別のチェックが無くなったり、知識が広がったらいいなと思います」
🏠悠さんはどんな存在?
琴音さんは、3月に高校を卒業した。卒業式には、悠さんも家族として出席した。
一人っ子の琴音さんは、悠さんのことを年の離れたきょうだいのようにも感じている。時々、まきさんに秘密にしていることを、悠さんに話すこともある。
「お母さんに話すと、おばあちゃんまで伝わっちゃうこともあるから。悠さんは口が固いから、言いづらいことを話すのはすごく良いです(笑)」
大好きなアニメの話を、悠さんが聞いてくれるのも嬉しい。3人の生活でどんな時が楽しいか尋ねると、笑いながらこう答えた。
「うーん、いつでも楽しいかな。怒られる時以外は、楽しいなって思う(笑)」