「法案の提出もなし、差別発言への謝罪撤回もなし、むしろヘイトスピーチをまき散らして、今国会を閉会したという現状に、改めて強い憤りを感じています」
自民党がLGBT新法を国会に提出しなかったことを受けて6月18日に開かれた記者会見で、一般社団法人fair代表理事の松岡宗嗣さんは憤りを口にした。
LGBT新法は、5月に超党派の議連で合意に達し、6月16日に閉会した国会での成立を目指していた。
しかし、目的と基本理念に「差別は許されない」という文言が加えられたことに、一部の自民党議員が反発。
「LGBTは道徳的に認められない」「体は男だけど女だから女子トイレに入れろとか、女子陸上競技に参加してダーッとメダルを取るとか馬鹿げたことは起きている」など、誤った認識に基づく差別発言も飛び出し、問題になった。
18日の記者会見では、LGBTQ当事者や人権活動家たちが、自民党の議員が法案を見送ったことや性的マイノリティの人たちを傷つけたことを問題視。改めて、差別禁止の法律制定を求めた。
当事者を傷つけ、命を守ることを否定した
自民党議員らによる差別的な発言に対しては、様々な人たちが様々な形で抗議してきた。
ろうLGBTQ活動家の野村恒平さんは、全国から53名のろう者の声を集めて自民党本部に届けた。
野村さんは記者会見で「一部の自民党議員の発言によってLGBTの人たちは大変影響を受け、そして傷ついています」と語った。
そして「LGBTQ当事者の中には、ろう者などの複合的なマイノリティである人もたくさんいる。今回届けた声に耳を傾けて、命を守る法律を作って欲しい」と、差別禁止の法律を求めた。
今回の自民党議員による発言では特に、トランスジェンダーに対する無理解や差別が際立った。
発言によってトランスジェンダーの当事者がさらに苦しめられた、と語ったのはトランスジェンダー活動家の畑野とまとさんだ。
畑野さんは、自民党が法案に差別禁止を盛り込まず、差別発言をしたことに「トランスジェンダーの人たちはSNSなどで特にひどい差別や誹謗中傷を受けており、若い人たちが自ら命を絶ってしまうような状況がずっとある」と憤りを示した。
理解が追いついていないのは政治家
NPO法人東京レインボープライド共同代表理事の杉山文野さんも、法案が提出されなかったことで「根深い差別や偏見があるのではないかと感じ、当事者としてどこに希望をもって生きていけばいいのかと言葉も出ない状況だ」と語った。
杉山さんは今回、法案に反対している議員に反対理由を聞きに行ったという。
すると、その議員はLGBTQ当事者に関する事実を把握しておらず、当事者と話したこともなかった。
正しい知識を得ないまま政治家が差別発言をしている状況について、杉山さんは「『国民の理解が追い付いていない』『時期が早い』と言って、自分が学ぼうともせず、自分の理解が追いついていないことを国民のせいにするのは、国民に対してとても失礼なことではないか」と批判した。
オリンピックを前に、差別を禁止できなかった日本
今回、LGBT新法の成立を求める声が高まっていた背景の一つには、オリンピックがある。
オリンピック憲章は、根本原則の中で「性的指向」などの理由による差別を明確に禁止している。
それにも関わらず、国会議員がオリンピック直前で法案を成立させないという皮肉な結果になってしまった。
このことについてヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さんは、「法案を成立させられなかった日本の国会に対して、国際社会は失望、驚き、日本社会に対する不審を持った」と指摘する。
東京オリンピックにはトランスジェンダーの選手など、LGBTQ当事者の選手が参加することが決まっている。
そういった中で、トランスジェンダー選手を迎え入れようとするのではなく、否定するような発言は、日本にやってきた選手たちを不安にさせ、SNSなどでヘイト発言を加速させる可能性もある。
プライドハウス東京代表の松中権さんは、「ネットなどでは、既にさまざまな侮蔑的な発言が広がっており、東京大会を前に、差別をなくす法律がないことは危機だと思います」と危機感を口にした。
今後も差別禁止の法律を求める
差別発言が起きた一方で、それに反対する様々な運動が起き、差別禁止を求める声の高まりが可視化されたのも事実だ。
性的指向や性自認を理由とした差別禁止の法律を求めるキャンペーン「Equality Act Japanー日本にもLGBT平等法を」には、国内外から10万6250筆が寄せられた。
自民党議員の差別発言に対しては、様々な場所で抗議活動が開かれ、謝罪撤回を求める署名には、9万4000筆以上が集まった。
また、LGBT関連団体が全国の自民党の都道府県支部に法律の制定を求める要望書を提出し、弁護士も緊急声明を出した。LGBT平等法には、様々な企業も賛同している。
一般社団法人LGBT法連合会の神谷悠一さんは、今国会での法律制定は叶わなかったものの、「支持は確実に広がっており、いつか良い法律ができるということを改めて確信した」と語り、今後も差別をなくすための取り組みや法律制定の要望を続けていくと強調した。
さらに、松岡さんは「差別にNOを伝えるために一人一人ができることもある」と語る。その一つが、選挙での意思表明だ。
「今回の件で、どういう人たちが性的マイノリティの存在を平等に扱いたくないのか、差別を温存し続けたいのかが、改めて明確になりました」
「もうすぐ都議選や衆院選があります。投票することが出来る人は、選挙にいって、投票によって意思を示さなければ、この現状は変わりません」
「沈黙し、傍観し続けている間にも、大切な命が失われています。一人一人の行動が問われていると思います」と松岡さんは語った。