「LGBTへの理解、外資系でも苦労した」J.P.モルガンの人事担当者が明かす社内改革のすべて

藤谷ひとみ氏は「外資系の会社だから、ダイバーシティが進んでいると思われるかもしれませんが、実は非常に苦労しています」と明かしつつ、社内の取り組みを語った。
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Huffpost Japan

ここ数年、日本ではLGBT(同性愛者のレズビアンやゲイ、両性愛者のバイセクシュアル、トランスジェンダーなどのセクシュアル・マイノリティの総称)に関する理解が進みつつある。その一方で、「就職したい会社がLGBTに理解がある会社がどうか分からない」など、就職活動で思いがけない苦労するケースがあるという。

こうしたケースを解決するために、どんなことができるのだろうか。LGBT総合研究所が10月28日に開いたイベント「LGBTの就活と働きかた、私たちと企業の『はじめの一歩』」で基調講演したJ.P.モルガン証券・人事部ヴァイスプレジデントの藤谷ひとみ氏が、「外資系の会社だから、ダイバーシティが進んでいると思われるかもしれませんが、実は非常に苦労しています」と明かしつつ、社内の取り組みを語った。

■4年前は「LGBTをやるには早い」と言われた

皆さま、こんばんは。J.P.モルガン証券人事部にて、採用、ダイバーシティを担当しております藤谷と申します。よろしくお願いします。

まずは弊社の取り組みを少しお話しさせていただきます。弊社はニューヨークに本部を置き、世界的な規模で金融サービスを行っている会社です。総資産額250兆円規模、従業員は全世界で約24万人、世界60カ国以上の営業拠点があります。そのうちの一つが日本で、約1200人の従業員が働いています。

アメリカが本部ということもあり、実は「ダイバーシティ」というコンセプトは非常にアクティブに向こうから入ってくるんですね。色々なフォーカスがありますが、女性の活躍を促す「ジェンダーダイバーシティ」のほか、障害を持っている社員にも活躍してもらえるような環境作りなどもしています。

「外資系の会社だから、ダイバーシティが進んでいるんだよね。簡単なんだよね」と思われるかもしれませんが、実は非常に苦労しています。というのも、日本のJ.P.モルガン1200名の従業員のうち、大多数は日本の国籍を持っていたり、もしくは日本で教育を受けて、日本の文化の影響を多分に受けていたりする人たちなのです。

つい4年ほど前までは、私が日本支社長に「LGBTやりましょう」と言ったら、「早いよ」と言われて、5秒で会話が終わっちゃいました。どうにかして社内の理解を得るところから始めないといけないなぁと思いました。

■学校のクラスに絶対LGBTの方がいたはず

そのきっかけの1つが、ニュースで「(セクシャルマイノリティの方の割合が)8%」という数字を聞いた時だったんですね。自分の中学・高校のクラスには40〜50人の生徒がいましたが、8%と言ったら、絶対にLGBTの方がいたはず。「なんで自分は知らなかったんだろう。もしかしたら言いにくかったのかな」「私がこういうことを認識していなかったから気づかなかったのかな」と反省したんです。

J.P.モルガンは1,200名の従業員がいるとお話ししましたが、社内のマッピングで「このルームで大体2、3人かな」と思うと、自分のそばにいない人ではなく、当たり前に存在する人たちという像が浮かんでくるんですね。

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私は新卒採用も担当しておりますが、J.P.モルガンでは日本の学生さんを70〜80名呼んで社内セミナーを行っています。そこで私はある時に聞いてみたんです。「皆さんご自身、もしくはお友達、家族の方、誰でもいいんですけど、自分の周りにLGBT当事者の人を認識している人はどれくらいいらっしゃいますか」と、手を挙げてもらいました。何人ぐらい手が上がったと思いますか?

(会場:2割ぐらいですか?)

私もそう思っていたのですが、実際は7割だったんです。2年前に聞いた時は3割だった。去年聞いたら7割なんですね。ということは、これから採用していこうと思っているターゲットはそれぐらいLGBTに対してフレンドリーで、当たり前の存在として認識している。

■社員は会社のアセット(財産)。若い世代はLGBTに対して全く違う価値観をもっている

金融業界にとっては、やっぱり人材が全てなんです。会社にとって、社員はアセット(財産)なんです。採用する我々が「まだ早いよ」なんて言っている状況だと、良い人材を採用できなくなりますよね。

もう一つ心配だったのは、今社内で活躍していただいているLGBT当事者かもしれない社員が、「働きにくい」「なんとなく上司に自分のことが言えない」「いつも隠し事をしていて、なんとなく自分のパフォーマンスが上がらない」と感じてしまうこと。そんな中で、彼らが競合他社のほうが「すごくLGBTにフレンドリーで活躍できそうだ」「上司も理解がある」と思ったら、そこに人材が流出してしまう可能性があります。

このことは、「会社にとって非常に大きなリスクです」と、社内で話をしていきました。その結果、周りもどんどん変わって、今となっては日本の支社長からは「すぐにやれ」と一昨年ぐらいから言っていただいて、今やっと委員会が立ち上がろうとしている状況なんですね。

もし、これから(社内でLGBTへの取り組みを)立ち上げるための「はじめの1歩」をどうしようかとお考えなら、社会が変わってきているということ。「8%」という数字は非常にインパクトがあると思います。

例えば、宴席でお会いしている相手方の企業様が、まさに当事者の方かもしれないですよね。そういった方の前で、お酒を飲みながら、「あの人、こっちじゃないですか」と言っている自社の営業担当がいるならば、こうした態度は非常に大きなビジネスリスクになりえます。

■LGBTに理解がある会社かどうか、面接で見極めよう

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藤谷ひとみ氏(右)と森永貴彦氏

――LGBT当事者からは、就職活動の時に「LGBTに理解がある会社がどうか分からないから、この会社に就職して大丈夫かどうかという心配がある」という質問があります。

J.P.モルガンでは、新卒採用の時にはセミナーを行っておりますが、必ず「ダイバーシティセッション」というのを設けています。

会社が何をしていて、どういう理念で、どうやって利益を得ていって、どれぐらいの人が働いているのか…こういった仕事に関することだけではなく、「ダイバーシティはどういうことをやっているの?」「どのような地域貢献をやっていて、どれぐらいの社員が参加しているか」などを伝えるようにしています。

皆さん、面接ってありますよね。面接担当官に聞いてみてはどうでしょうか。「ダイバーシティとして、どういったフォーカスで、どういった活動をされていますか」と。

面接というのは、企業はもちろん候補者の方を査定していますが、候補者の方も企業を査定している場なんですね。我々は「候補者の方からも見られているんだ」「厳しい目で精査されているな」ということを自覚して面接に臨んでいます。なので、これからもし転職・就活をされる方には、分からないことは必ず確認するということはぜひ徹底していただきたいですね。

J.P.モルガンでは、面接官になる社員には「今からお会いする学生さんは将来の3Cですよ」と言っています。3Cとは、将来のcolleague(同僚)、将来のcompetitor(競合者)、将来のclient(お客様)です。どのCをとっても、最大限の礼儀を持って対応して間違いはない。だから、「プロフェッショナルな対応をしてください」ということを伝えています。

■自分の「上司」は信頼できる相談相手ですか?

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――「社内に相談窓口があると相談しやすいのに設置されていない」という悩みがLGBTの方にあります。

J.P.モルガンでは、まず仕事で困ったときの一番の相談相手は上司であるべきだろうと思っています。

「何かシステムがうまくいかなくて働けない」「こういう状況だからクライアントさんとのやりとりで困っている」など仕事上の問題もありますが、「自分のLGBTが理解してもらうにはどうしたらいいのか」ということも含めて、本来は上司が自分の信頼すべき相手で、どうしたらいいかということを相談できる相手であるのが望ましいと思っています。

ただ、「上司が明らかにLGBTに対して理解がない」と思ったときのために、おそらくどの企業さんにも担当の人事の方がいらっしゃると思います。我々の会社のように、「私に声をかけて下さい」というダイバーシティ担当の方もいらっしゃるかもしれない。そういう人に声をかけることをお勧めしたいと思います。

ただ、最初の1番の問題に戻って、皆さん自分がどういった上司の下で働くことになるのかということは、入社の前にやっぱり確認するべきだと思うんですよね。なぜなら上司は、自分のパフォーマンスを査定し、自分のパーソナリティを本来であれば理解し、働きやすい環境を与える。自分のボーナスも査定し、自分の転勤についての決定権を握っている人なんですよね。

そういう人と信頼できる関係になって働けないのであれば、そこで幸せに活躍できるのかなと、根底の問題に戻ってしまうと思います。本来はこういったことを相談すべき相手は上司であり、そういった上司が居る所で働くということを、本当は皆さんにプライオリティとして考えていただきたいところではあります。

ただ、そういう理想的な環境というのはなかなか整わないでしょうから、何かあればその度に人事担当者などにぜひご相談してみることをお勧めしたいと思います。

■「自分らしく働くことの効力は大きい」

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――藤谷さんが身の回りでLGBTの方とお話をして経験されたこと、実感された何かってありましたか。

嬉しかったことが何回かあるのですが、そのうちの2つだけ今日はご紹介させていただきます。LGBTについて、社内でみんなの理解が整うまでには時間がかかります。それまで四半期で1回ぐらいのペースで興味のある社員を集めて、いわゆる啓蒙セッションというのをずっと実施してきました。

私がいつも言っているのは、「当事者の人にカミングアウトすることを奨励しているわけでは全くない。それを求めているわけでもなく、ただその人が自分らしく働きやすいと思った時に、受け入れてあげられるだけの環境を皆さん整えてあげて下さいね」ということ。もしくは「自分が不用意に放っている言葉が、もしかしたらその人たちを傷つけているかもしれない、そういったことを皆さん理解してくださいね」ということなんです。

そんな活動をしていたある日、廊下を歩いていたら、ある社員に声をかけられました。「昨日のセッションすごくよかったです。実は私には中学生の息子がいて、8%という数字を聞き、将来的に自分の息子もLGBTの何かのカテゴリーに入るというかもしれないということが分かりました」と。「そうなった時には、私は自分の息子をリスペクトしたいし、それを受け止められる親になりたい」と、個人的な感想を言ってくださったんですね。

それ以外にも、ある社員が「ひとみさんの啓蒙セミナーの活動を聞いて勇気が出たのでカミングアウトしたいです」と話してくれ、ある日の部会で発表してくれました。そうしたら、彼は明らかにすごく活き活きとして、悩みも打ち明けてくれるようになったんですね。

例えば、「自分は異性には興味はないんだけど、自分の親にとにかく結婚をしろ」と言われる。自分がLGBTであることを、親にも言っていないから、無理矢理お見合いをさせられたら気に入られてしまって、親からも結婚しろと言われ「四面楚歌になっている」と。

それで部のみんなで集まって、「今度相手と会う時、喫茶店に座ったら長引くから、座る前にはっきり断ろう」とか「やっぱり言うべきだよ」「絶対お母さんは子供の味方だから。お母さんから攻略していこう」という話をしたりとか、本当にオープンな会話が毎週できていた。週明けの月曜日になると、みんなで「どうだった?」と真剣に相談に乗ってるんですね。

そういった自由な会話ができるようになったことで、部内の雰囲気も変わりましたし、なんといっても当事者の社員が活き活きと働けるようになって、顔つきも変わってきたんですね。「自分らしく働くことの効力は大きいんだな」と感じた瞬間でした。