渋谷区や世田谷区をはじめ、宝塚市や那覇市など「同性パートナーシップ条例」が導入する自治体の動きが全国広がっており、LGBTなどのセクシュアル・マイノリティに関する社会的認知は高まりつつあるように見える。
一方で、LGBTに関する教育はまだまだ進んでいないのが現実だ。2015年には、一橋大法科大学院生の男性が、同級生に同性愛者であることを友人に公表された後、心身に不調を来して転落死した事件が起きてしまった。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが5月に発表した調査結果に「セクシュアル・マイノリティの生徒の約8割が、学校でLGBTについて否定的な言葉を聞いたことがある」「3人に1人の先生が、LGBTを病気だと思っている」とあるように深刻な問題となっている。
このような学校の現状を、NPO法人ReBit(東京・新宿)が改善しようとしている。小学校から大学まで、各年代の子供や若者を対象にLGBT教育の出張授業を行う。
早稲田大学の学生サークルとして誕生したReBitは、中心メンバーも20代と若い。授業を受ける若者も、自分たちと同世代もしくは近い世代の話に親近感を持つようだ。授業では、実際に、どんなことが話され、どんな反応があるのか。立正大学で行われた出張授業を取材した。
■LGBT当事者の話に真剣に聞き入る学生たち
6月27日に立正大学品川キャンパスで行われた出張授業。上瀬由美子教授の「ステレオタイプの心理学」の講義を受講する2〜4年生の約150名が参加した。授業開始前に大教室はほぼ満席、真剣な表情からこの問題についての関心の高さがうかがえた。
今回の講師は、ReBit理事の山下昴さんと、アリさん、Aさんの3名。まず山下さんがLGBTの基礎知識を解説した。
山下さんは、一通りセクシュアリティについて説明し、セクシュアル・マイノリティを理解し支援する人をアライ(ally)と呼ぶことにも触れた。その後、「この中で血液型がAB型の人は?」と問いかけた。10名ほどが手を挙げる。
続いて「AB型の人は10人に1人、LGBTは13人に1人という調査もあり、さほど変わらない割合だ」という解説を聞いて、学生たちは興味深そうにうなずいた。
「LGBTは1クラスに1人くらいはいる。今まで学校やバイト先でLGBTに会ったことがないという人も、じつは見えていなかっただけ」山下さんの言葉によって、学生たちはLGBTの問題をより身近なものと感じたようだ。
その後山下さんは、「LGBTの多くは自分のセクシュアリティを周囲に隠さざるを得ないことにストレスや罪悪感がある。自殺を考えたことがある人の割合も高い」などと、LGBTの抱える生きづらさを説明。学生は、真剣な表情で耳を傾けていた。
その後、3人のLGBT当事者からライフヒストリーが語られた。そのうち2人の話を以下に紹介する。
■トランスジェンダーのアリさんの体験
「カミングアウトする以前、女の子のグループと一緒にいるときにみんなでトイレに行くことになると自分も女子トイレに行っていた。当たり前のような顔でそうしていたが、内心はすごく嫌だった。楽しく遊んでいるときでも、そんなことで自分が抱える問題に直面し辛い気持ちになってしまうんです」
自らの体験をそう振り返る大学4年生のアリさんは、FtMのトランスジェンダー。幼稚園の頃からスカートよりズボンが履きたかったという。中学生までは、いつか自分も女らしくなると思っていたそうだ。しかし高校時代に、同級生の女の子を好きになったことで自分のセクシュアリティについて悩みはじめる。
男性にも女性にもなれず、同じような人もいない環境のなかで、孤独感が深まっていく。大学入学後、バイト先の女性に告白して性別を理由に拒否されたことから、自分のセクシュアリティを見つめはじめる。自分を理解してくれる人との出会いを求めてFtMをはじめ様々なセクシュアリティの人と知り合う中で、自分らしく生きることの大切さに気づいたという。現在では、男性として就職活動をしている。
■世の中には男女のカップルしかいないように思わされていた
「この世の中には、男女のカップルしかいないように思い込まされていた」次に、同性が恋愛対象である山下さんのライフヒストリーが語られた。
どこにでもいるやんちゃな子だったと振り返る。しかし、男の子だけでなく女の子ともよく遊んでいたため“おかま”と言われたこともあり、いじめられたわけではないが生きづらさを感じていたという。
中学生になると、急に男子と距離を取るのが難しく感じられた。今にして思えば思春期を迎え、友人を男性として意識しはじめたからだとわかるが、当時はわけもわからず、友人たちと上手く付き合えなくなり、気がつくと仲間はずれにされていた。
ふさぎがちだった山下さんだったが、高校に入り新しい友人を得ることで助けられたという。しかし、まだ自分のセクシュアリティを自覚することは出来なかった。
「ドラマや映画も、ラブストーリーといえば男女のカップルしか出てこない。この世の中には男女のカップルしかいないように思い込まされていた。考えてみれば自分は、幼稚園の頃から男の子を好きになっていたけれど、そのことにずっと気づけませんでした」
大学進学を機に上京し、一人暮らしをはじめる。この頃から、はっきりと男性が恋愛対象だと自覚し悩むようになった。それは高校時代の友人をはじめ、周囲に自分を偽っていると罪悪感から来るものだった。
悩みを1人で抱えきれなくなった山下さんは、大学の同級生に打ち明けることに。同級生がカミングアウトを真剣に受け止めてくれたことで山下さんは救われたという。
「自分にとって深く悩んでいたのは過去のこと。でも今、悩んでいる人がいる。悩んでいた頃の気持ちを忘れたくないと思いながら、この活動を続けています。LGBTに限らず、どんな人でも生きやすい社会になればいいなと思っています」
■質疑応答、率直な意見交換
続いて3人のトークセッションで、親や友人へのカミングアウトの体験などが語られた。またカミングアウトすることが偉いというわけではなく、カミングアウトしなくても自分らしく生きているLGBTも多いことに触れた上で、山下さんが話をこうまとめた。「左利きの人はマイノリティであってもわざわざ自分から左利きだとカミングアウトしたりしない。したとしても、へえそうなんだで終わってしまう話です。セクシュアル・マイノリティについてもそんなふうになればいいですね」
最後に質疑応答の時間が取られた。学生たちの率直な疑問、感想に山下さんが答える。
——こういう授業が小学校や中学校でもあったほうがいいのではないか。こうした形式でなくても、教師にLGBTの知識を教えてほしかった。
学校の授業は、文科省の学習指導要領によって定められていて、その中に今のところLGBTについては書かれていない。保健体育の時間では、思春期になると誰でも異性を好きになると教えるが、これはヘテロセクシュアル(異性愛)の人だけのこと。そういう授業を受けたLGBTは自分がおかしいと思ってしまう。今、学習指導要領を正しい方向にするための運動もあり、その行方を見守っていきたい。
——LGBTを受け入れられない人を、当事者はどう思っているのか。仕方がないと思っているのか。変えようと思っているのか。
1人の当事者個人としての意見だが、仕方がないとも思うし、変えていきたいとも思う。知らないがゆえに偏見を持っているのは、その人だけが悪いのではない。正確な知識を与えられてない上に、メディアを通じておかしなステレオタイプが植えつけられてしまっている部分もあるので、偏見を持つのは仕方ない部分もある。だからこそ自分たちはこうして話をしている。
皆さんの友だちにも必ずLGBTはいる。それを認識した上で、あなたは明日からどうするのか? その先は皆さん一人ひとりに考えてもらいたい。
■参加者の感想
LGBTについて学んだ学生たちは、何を思ったのか。授業の感想を聞いた。
LGBTについて一応の知識はあるつもりでしたが、思っていたより身近な存在だということに気づかされました。自分の中の“当たり前”という枠を外してアライになっていけたらと思います。(鈴木仁美さん・3年生)
性別違和、いわゆる性同一性障害の友人がいるので、この問題には関心がありました。今日の授業で感じたことは、「LGBTも一人ひとり違いがあるんだ」ということ。LGBTに限らず様々な価値観を持った人がいる。そういう多様性が認められる社会になればいいですね。LGBTについても、もっと知識を得て積極的に支えていきたいです。(宮寺奈々子さん・3年生)
知り合いの当事者の方に、カミングアウトすることが大変だという話を聞いたことがあったのですが、その時は、そんなものかなくらいにしか思っていませんでした。今日の授業を聞いて、その人の辛さをより深く理解できました。これからも、もっと多くの人たちについて理解を深めていきたいと思います。セクシュアリティについて日常的な感覚で話せる社会になればいいですね。(金(こん)直輝さん・2年生)
最後に、ReBitの山下さんと立正大学の上瀬由美子教授に授業後の感想を聞いた。「LGBTに限らず、多くの人が生きづらさを抱えているのでは」と山下さんは語った。
「これまでに100回ほど授業を担当し、様々な年齢の児童・生徒の前で話をしてきました。自分自身が悩んでいたことを話すことで、誰かの考えるきっかけになる、悩んでいたことが無駄ではなかったと思えることが嬉しいです。小学生からも“自分らしく生きていいんだと思った”という感想をもらいます。現代ではLGBTに限らず、多くの人が生きづらさを抱えているのではないでしょうか。性のあり方の違いをきっかけに、自分らしく生きるということを考えてもらえたらと思っています」
上瀬教授は、「学生たちの顔つきが普段とは違っていました」と振り返った。心理学では「人はステレオタイプや偏見など思い込みで判断をしがち」とされるが、LGBTの授業は、学生たちにとって思い込みをなくす一つのきっかけになったのではないだろうか。
(取材・文 宇田川しい)
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