京都を流れる鴨川沿いに、毎月決まって22日に巨大ショートケーキが出現する。いったい誰が何のために置いているのか?
6月22日の昼下がり。京都市左京区の京阪電鉄・出町柳駅近く。鴨川にかかる橋の上から、通行人たちが笑ったり、スマートフォンで写真を撮ったりしている。彼らの視線の先を追うと、河原の上に横たわる巨大なショートケーキがあった。
巨大ショートケーキが出現する通称「鴨川デルタ」
長さ約2メートル、高さ約80センチ。木や和紙などを使って作られているが、ケーキの「スポンジ」部分は、合成樹脂のスポンジが貼り付けられている。
「なんやあれー?」「なんかお店でも出しはるの?」。驚きの声が上がる中、ケーキを置いた男女数人がおもむろにござを敷いて弁当を食べ始めた。
巨大ショートケーキの周りは人でいっぱい=京都市左京区の鴨川
「これ、ピクニックなんです」。謎のケーキについて、京都市の重光あさみさん(27)はそう明かす。
「街中に巨大なショートケーキがあっても何かの広告かなとか、イベント関連かなとか、驚きはないと思うんですよ。鴨川のような自然の中にあるからこそ、驚きも違和感もあって人が集まると思うんです」
重光あさみさん
重光さんの言う通り、吸い寄せられるようにケーキに人が集まってきた。イチゴを頭にかぶったり、記念撮影をしたり。ソーシャルメディアで発信する人もいるという。
「どうぞここきて座っていってください」。集まってきた人たちに重光さんは呼びかける。ござでは重光さんや友人らが弁当を食べたり、ニンテンドー「Switch」の「ARMS」をプレーしたりと、まったりとした時間を過ごす。
Switchで遊ぶ参加者
どこからともなく人が集まり、初対面の人たちも混じって楽しむ。ソーシャルメディアで知って遠方からやってくる人もいる。そんな彼らの「一期一会」は日没まで続く。
ケーキは元々、重光さんの「卒業制作」だった。重光さんは2012年に京都精華大学(京都市左京区)のデザイン学部を卒業したが、ショートケーキをモチーフにしたミュージックビデオ「イチゴオンザショートケーキ」を作品として提出。その中で「セット」がわりにつくったのが、このケーキだった。
重光さんが制作したミュージックビデオ
「私、ショートケーキ大好きなんですよ。見た目が可愛いじゃないですか。でも食べるのが好きなのはチーズケーキなんですけどね」。あふれんばかりの「ショートケーキ愛」から、重光さんは卒業後も何かに活用できないかと、友人らに相談した。
「壊すのもったいなくて。これを使って面白いことやりたいと思ったんです。最初は神輿に改造して担ぎたいと言ったんですね。イチゴの法被着て、『イチゴ!イチゴ!』言って。『なんかアホなことやってんなあ』ってちょっと怒られたいな、と。そしたらみんなに『とりあえず、落ち着け。金かかるやろ』とか言われて」。笑いながら重光さんは振り返る。
そんな「会議」をしていたのが4月から5月ごろ。陽気いい季節だったことから、ピクニックというアイデアが生まれた。
活動を始めるにあたり、グループの名前も決めることに。あれこれ悩んだ末、「グラニュートン」と名付けた。由来を重光さんはこう説明する。
「重力を意味するグラビティーと、お菓子を作るときに使う甘いグラニュー糖。その2つをかけて、『おかしな重力で人を引き寄せる』という意味を込めました。それに『万有引力の法則』を見つけたニュートンにあやかって、新しい発見をするぞという意気込みも。欲張りなくらい、色んな思いを詰め込みました」
ところで、なぜ毎月22日にピクニックを開くのか。「カレンダーを思い浮かべてください。22日の上って、何日です?」。重光さんから逆質問された。こちらが答えるのにまごついていると、重光さんがニヤニヤしながら言った。「22日の7日前だから15日でしょ。イチゴ(=15)が上に乗っかっているから、22日は『ショートケーキの日』なんです」
ショートケーキは普段、ピクニックの場所から約600メートル離れた知人のカフェに置いていて、毎回、リアカーに乗せ運び込む。
「人や車が行き交う街中を巨大なショートケーキが進んでいくのって、なかなかシュールですよ」と重光さんは笑う。
ショートケーキを運ぶ作業が見られます
ピクニックは冬でも開く。「こたつを持ち込んで寒さをしのぎます。電源がないので湯たんぽを中に入れますけど」と重光さん。始めてから5年になるが、開けなかったのは雨による3日間だけだ。
今年は大きな動きもある。重光さんらの活動が台湾の芸術関係者の目に止まり、7月22日は台中の公園でもピクニックが同時開催される。ショートケーキ「2号」が現地で制作されており、インターネット中継で京都と結ぶ予定という。重光さんも当日、台中に行くつもりだ。
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