マガジンハウスが発刊するライフスタイル誌「ku:nel」(クウネル)が1月発売の3月号でリニューアルした。新たに就任した編集長は、「Olive」(オリーブ)や「anan」(アンアン)といった人気誌の元編集長・淀川美代子さん。公式サイトで公開された淀川さんの「ごあいさつ」には、こんなメッセージがあった。
新しい『クウネル』は50代からの大人の女性のライフスタイル誌として、インテリア、料理、ファッション、エッセイなど、楽しい企画をたくさんご用意しました。
ちょっとかわいく、なんとなくときめいていて、年齢にとらわれず、型にはまらない......そんな自由で素敵な50代のための雑誌です。
「新クウネル」の特集は、「フランス女性の生活の知恵」。かつてオリーブ少女たちが憧れたパリのリセエンヌがそのまま素敵に年を重ねたようなフランスの女性たちが、そのライフスタイルとともに紹介されている。彼女たちは、ブティック責任者だったり、イラストレーターだったり、バッグデザイナーだったり。華やかな業界で、若いころと同じように、今も仕事に恋愛に、キラキラしている。
他にも、料理研究家・コウケンテツさんや、作家・吉本ばななさん、「暮しの手帖」編集長からクックパッドの新メディアの編集主幹への転身が話題となった松浦弥太郎さんなど、人気の顔ぶれがリニューアル号に華々しく並んでいる。さすが、雑誌で知られるマガジンハウスだなとページをめくった。
しかし、あまりに大きな誌面の変化に、「旧クウネル」読者たちは困惑してしまったのも事実だ。たとえば、リニューアル直前の「クウネル」の巻頭特集は、「リトアニアの7つの物語」。日本であまり馴染みのないリトアニアの人たちの、伝統的な暮らしを取材していた。
リトアニアの首都から車で1時間半も離れた小さな村で、高校教師が行っている古代の風習にのっとった夏至祭。南部の村に住む農家の母さんが作る「ギラ」(リトアニアの伝統的な飲み物)。誰一人、有名人はいない。一体、「クウネル」編集部は、どうやってこの人たちを探してきたのだろうか?と思わずにはいられないラインナップだ。
こうした誌面に慣れ親しんでいた「旧クウネル」読者にとっては、まさに「新クウネル」は青天の霹靂。「クウネル・ショック」が起こるのも、無理はない。その声はTwitterやFacebookといったSNS、2月14日現在、300件を超えているAmazonのレビューに垣間見られる。
Amazonである読者が書いていた、こんなレビューが印象に残った。
クウネルの変貌ぶりは、木綿のハンカチーフの歌詞に出てくる彼氏のよう。故郷の良さを忘れ、都会の絵の具に染まってしまったのでしょうか。草に寝転ぶあなたが好きだったのに。
■「クウネル」の発行部数は7年で4割減
今回、初めて「旧クウネル」を定期購読し、愛読していた人たちの姿がネットで可視化され、その「旧クウネル」への思いの深さに驚かされた。一方で、長年の定期購読をいとわない、愛読者がこれだけ存在しながら、なぜ「クウネル」はリニューアルに踏み切ったのか?という疑問も。
ネットで「旧クウネル」読者たちの声を拾って読むうちに、この「クウネル・ショック」は一体、なぜ起きたのかを考えてみたくなった。私のような素人でも容易に思いつくのは、発行部数の低下だ。日本雑誌協会が、公表している各誌の発行部数をもとに、グラフを作成してみた。
最初に、「クウネル」の読者層と多少、かぶっていそうな雑誌をいくつかピックアップして、2008年から2015年までの印刷証明付発行部数(7月−9月期)を比較した。「旧クウネル」は2008年時点で11万8000部だったが、2015年までに7万3750部と4割近く減っていることがわかる。印刷証明付発行部数とは、返品によって売れ残った冊数を含まない、印刷された冊数。返本率は4割とも言われているため、実際に販売できた部数はこれよりも、さらに少ないと見積もることができる。
■急速にシュリンクしていく雑誌市場
もちろん、「旧クウネル」だけの話ではない。同じマガジンハウス発行の「クロワッサン」「anan」なども含め、あまりに部数を減らしている雑誌が多かったため、やはり日本雑誌協会で公表している全雑誌の印刷証明付発行部数を、同様に2008年から2015年(7−9月期)で比べてみた。
1号あたりの発行部数の合計は、2008年では6770万部(418誌)だったが、2015年には4220万部(339誌)にまで減少していた。つまり、雑誌市場全体が急速にシュリンクしていっているのがわかる。
実際、私がこんなグラフを出さずとも、2015年の雑誌の販売額は対前年比で8.4%減と「下げ幅は過去最大」と毎日新聞などが1月25日に報道している。雑誌不況はあらためて、浮き彫りになっている。
ここからはまったくの想像だが、「旧クウネル」はコアな読者を掴んでいたものの、利益を生むまでの読者数には届かず、リニューアルに踏み切らざるを得なかったのではないだろうか?
雑誌は広告媒体でもある。読者が少なくとも、雑誌に十分な広告が入っていれば、その収入で雑誌を作っていくことも可能だろう。しかし、「旧クウネル」(リニューアル直前の2015年11月号)には、いわゆる大手の広告は掲載されていない。広告主の立場からすれば、伝統的なリトアニア特集といった誌面では、消費してもらうことが目的の広告と、あまりにベクトルが違いすぎる。その点、「新クウネル」(2016年3月号)には、(リニューアルでご祝儀的な出稿もあると思われるけれども)よく知られたメーカーやブランドの広告が並んでいた。編集方針の転換は、そうした台所事情もあったのではないかと推察できるのだ。
■「新クウネル」に必要だったものとは?
ただし、そうした事情を想像したとしても、「旧クウネル」を愛していた読者からすれば、「新クウネル」はあまりに変わり過ぎていた。Amazonにこんなレビューを書き込んだ読者もいた。
美しい、だけではお金にならないのだということを今回改めて痛感しました。クウネルは大切な魂を売ってしまったのですね。その魂は高く売れましたか?ありがとう、さようなら。私のクウネル。
新しい雑誌を立ち上げるにはそれなりの時間やコストが必要だ。新雑誌に果たして広告が入るかどうかも未知数。それよりは、既存の雑誌をリニューアルする方が、出版社としてはリスクが少ないのだろう。リスクをより減らすために、数々のヒットを飛ばしてきた著名編集長を起用したのも、企業の行動としては納得できる。
では、あのリニューアルが本当に必要だったとして、である。「旧クウネル」は15年近く独自の歴史と文化を作り上げてきた雑誌だ。もう少し、丁寧な説明が「旧クウネル」読者に向けて、なされても良かったのではないだろうか。「なぜ、リニューアルが必要だったのか」「なぜ、このような形にリニューアルする必要があったのか」。納得してもらえるかはわからないけれども、とても大人らしい態度で「クウネル・ショック」に対峙していた「旧クウネル」の読者たちであれば、きっと耳を傾けてくれたはずだ。
しかし、リニューアルを告知する「旧クウネル」のページには、これだけしか書かれていなかった。
読者のみなさまに、お知らせです。いつもご愛読ありがとうございます。次号(11月20日発売)は、クウネルくんともども、ちょっと一休みさせていただきます。2016年の3月号(1月20日発売)には戻ってくる予定です。
その読者に親しまれてきた「クウネル」のキャラクター、「クウネルくん」は「新クウネル」で見つけられず、「新クウネル」の誌面は「旧クウネル」読者の喪失感を埋めることはできなかった。「旧クウネル」読者が離れ、万が一「新クウネル」読者も獲得できなかったら、せっかくのリニューアルも水泡に帰す。それでは、クウネルと読者の関係があまりに不幸な結末になってしまう。
「旧クウネル」で必ず見かけた「クウネルくん」。
■読者の声が世界に拡散する時代の雑誌づくり
「新クウネル」にも登場している、元「暮しの手帖」編集長の松浦さんは、インタビューの中で、編集長に就任した当初について、こう振り返っている。
最初の一年間は、毎回、雑誌を出すたびにおしかりの手紙が何十通も来ました。「長い間『暮しの手帖』を読んできたけれども、あなたが今変えようとしていることは非常に不愉快で、もう読むのをやめます」というような内容です。けれど、それは僕にとっては、そうした批判はとてもありがたいものでした。
向かい風があるのは、それだけ前に進んでいる証拠です。批判されるのは、それだけ愛情を持って読んでいただけている、ということでもあります。だから、批判には真摯に応えようと思い、届いた手紙にはすべて返事を書きました。
(全労済サイトより)
かつて、読者からの声は、編集部に電話やハガキでひっそりと寄せられた。その声は小さく、か細いものにしか思えなかったかもしれない。しかし、今では、SNSやAmazonのレビューに載り、世界中に発信され、読者以外の多くの人たちにも拡散し、思わぬボリュームとなって返ってくる。今回の「クウネル・ショック」でそれが可視化されたことは、これまでは一方通行に情報を発信してきた既存メディアの人たちには衝撃だったかもしれない。だが、裏を返せば、良い情報やニュースも読者を超えて、世界中に広がる可能性があるということでもある。そのためにも、まずは読者と丁寧に向き合っていく姿勢が大事なのだと思う。