見えていますか?子どもの貧困 その① 熊本県の子どもの学習援助事業

県との共同事業は、どういう形で運営されているのか。
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熊本県のすべての市町村で100%実施

最初に向かったのは、熊本県。生活困窮者自立支援制度の任意事業である「子どもの学習支援事業」をすべての市町村で100%実施しているという。ちなみに全国平均は47%だ。なぜ、それができたのか。どういう体制で運営しているのか。それは、子どもたちをどう変えているのか。

県との共同事業を提案

自治労熊本県本部の峯潔委員長の案内で訪ねたのは、熊本県庁の健康福祉部長寿社会局社会福祉課の伊藤潤主幹(生活支援担当)。「熊本県では、生活困窮者自立支援制度の4つの任意事業をすべて100%実施している。それができたのは、一つには、2011年から生活保護受給者を対象とする『自立支援プログラム』を実施してきたからだ。メニューは4つの任意事業とほぼ同じであり、その下地がある中でスムーズに移行できた。もう一つは、任意とはいえ、各市町村で実施状況にばらつきがあってはいけないという強い思いがあった。

そこで、町村は県の事業とし、各市に対しても県との共同事業を提案した。子どもの学習支援については、熊本市と玉名市を除く12市が共同事業を選択。共同事業の委託先は、菊愛会・松本学園共同体で、契約は県が一括して行い、市から負担金を出してもらう形になっている。また昨年4月の熊本地震の被災者を対象に事業を拡大し、仮設住宅の子どもを対象にした教室も開設している」と言う。

任意事業実施のカギは、都道府県のリーダーシップにあるようだ。3期目の蒲島熊本県知事は、自身も苦学した経験から、貧困の連鎖を防止する「教育」を重視してきたという。

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伊藤 潤

熊本県健康福祉部長寿社会局

社会福祉課主幹

峯委員長は「支援につなげるには、横の連携が重要だが、実はそのことの気づきとなったのは熊本地震への対応だ。被災者支援は、縦割りでは対応できない。横の連携はやればできるんだと。とはいえ、自治体の現場は、人員削減が続き、非正規職や業務委託が増えている。

1994年をピークに地方公務員は54万人減少し、地方交付税も削減される一方で、生活困窮者自立支援制度や介護予防・日常生活支援総合事業など、基礎自治体である市町村の事業とされる業務が増大している。委託される社会福祉協議会なども限界に近い状態だ。これ以上、人員を減らされると、住民サービスが成り立たなくなるというのが、現場の実感だ」と訴える。

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峯〈みね〉 潔

自治労熊本県本部

委員長

福祉と教育のコラボで

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県との共同事業は、どういう形で運営されているのか。続いて、その委託先である「菊愛会・松本学園」共同体に話を聞こうと、菊池市へ向かった。

菊愛会が運営する「児童発達支援センター輝なっせ」で迎えてくれたのは、同センターの桐有子管理者、学校法人松本学園の畠本靖子総務部長、教室運営責任者の長尾佳代子教育支援員をはじめとするスタッフのみなさん。

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菊愛会・松本学園共同体の教育支援員のみなさん

「なぜ共同体なの?」と聞くと、「福祉と教育のコラボです」との答えが返ってきた。「学習支援事業は、福祉が欠けても、教育が欠けてもできない事業。福祉と教育の専門機関が手を携えチームを組むことで手厚い支援ができる。そう考え、共同体としてお受けしました」と畠本部長。「この事業は、単に勉強を教えるだけではなく、食育や体験活動、生活支援、保護者支援までさまざまなものが含まれているのが実態。

子どもたちは、低学力だけでなく、複合的にいくつもの問題を抱えているため、福祉と教育の専門機関が手を組むことで、保護者も含めたトータルな支援ができる」と桐管理者が続ける。2つの法人の息はぴったりだ。共同体事業は熊本市、玉名市を除く、県内全域をカバー。菊池市、玉名市、八代市、宇城市の4カ所に拠点を置き、38カ所の教室を開設。それぞれ担当の教育支援員と地域の学習支援員で教室を運営している。なかには、往復2時間以上かけて支援員が通う教室もある。

小学校1年生から高校生を対象として、学年に合わせて15時から21時までの間で2時間程度、支援を行っている。

目がきらきら輝いてくる

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運営責任者の長尾教育支援員は「この事業に携わる中で、子どもたちの貧困の現実が見えてきた」と言う。保護者の中には、精神的に不安定で、感情の起伏が激しく、思うように家事ができなかったり、子どもに関わる時間が取れなかったりすることも少なくない。

その結果、親と一緒にお風呂にはいって数を数えたり、本を読み聞かせてもらうという経験がどうしても乏しくなってしまい、小学校入学までに身に付けておくべき生活スキルが身に付いていないことが多い。また、食事が用意されていなくて、お菓子が食事代わりになってしまう子や、季節の行事・伝統行事も知らずに育ってきた子もいる。そういう家庭環境にある子どもは、家庭学習環境が整っていない 授業についていけない 学習意欲の低下 学力の未定着といった状態に陥ってしまう場合もある。

こうした現実が見えてくる中で、今、力を入れているのが食育や体験学習だ。食育は、バランス良く栄養を摂ることの大切さについて紙芝居やクイズ等を通して学び、調理体験も実践している。また、体験学習として、天草青年の家での海岸散策、創作活動やヤギとのふれあい体験、芋ほり等を実施。また、親を通して将来の夢が描けない子どもたちに、選択肢を広げてほしいという願いから、職場体験として、熊本空港見学を実施。その他、地元の信用金庫の協力のもとお金に関する学習や、豆まきなどの伝統行事なども実施している。こうした特別企画は、それぞれの法人が持つ施設やノウハウを生かして実施しているという。

子どもたちは、学習支援事業を通してどう変わっているのか。長尾教育支援員は「今まで寂しい思いを抱えている子どもたちも居場所ができて、自分を認めてくれる人がいれば、少しずつ変わり始める。心が通じ合えば、笑顔が増えてくる。その表情の変化は、驚くほどで、子どもに寄り添い、気持ちを通じ合わせ、成長を見守ることの大切さを実感する毎日です」と答えてくれた。

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桐 有子

社会福祉法人菊愛会

児童発達支援センター

輝なっせ管理者

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畠本靖子

学校法人松本学園

総務部長

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長尾佳代子

社会福祉法人菊愛会

教室運営責任者

寄り添い信頼を築いて

さて、学習支援事業と子どもたちをつないでいるのが、生活困窮者自立支援制度の必須事業を担う相談支援員だ。最近、そのコーディネートで学習支援教室が開設され、毎週長尾教育支援員が通っているという阿蘇市に向かった。

迎えてくれたのは、阿蘇市生活相談センターの佐藤剛士主任相談支援員。生活保護のケースワーカーを経て、2015年、同職に就任。自治労熊本県本部の社会福祉評議会議長でもあり、今回の取材も全面的にサポートしてくれた。

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佐藤剛士

阿蘇市生活相談センター

主任相談支援員

担当する仕事について「生活保護の窓口でも、就労や家計相談の案内はしていたが、なかなかひとりではアクセスが難しい。でも、生活困窮者自立支援制度では、生活保護の手前で、一人ひとりが抱える問題を整理し必要な支援につなぐことができる。滞納があれば、どうすれば払えるのかを一緒に考える。一緒にハローワークに行って仕事を探すこともできる。この『一緒に行く』ことが重要なんです。寄り添って関係性ができると、本人も頑張ろうという気持ちになる。そういう意味で、この制度には大きな可能性がある」と感じている。

費用対効果も出ている。「昨年1年間で試算すると、そのままでは間違いなく生活保護になった人が自立できたことによる効果は約800万円。財政のみならず、本人や社会にとっても効果は大きい。学習支援も家計相談も効果を上げている。今後の課題は雇用の確保。年金生活者など、あともう少しの収入があれば暮らしていける人たちが働ける場をもっと開拓したい。

制度の周知も課題ですが、一つひとつのケースを丁寧に支援し、口コミで『困ったことがあったら、あそこのセンターに行けばいい』と言われるようになりたいですね」。

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生活相談センターは、相談者が相談しやすいよう市庁舎とは別棟に、

消費生活センターと併設されている

学習支援につないだある姉妹のケースとはどういう経緯だったのか。

「学習支援事業を始めるに当たっては、学校との連携が重要だと考え、市内の校長会や各学校の職員会に私と長尾先生が出向いて、事業の説明を行い、気になる子どもがいたら、ぜひ相談してほしいとお願いした。しばらくしてある小学校の教頭先生から相談を受けたのが、母子家庭の姉妹のケース。住んでいるところを出なければいけなくて困っていると。センターに来てもらって話を聞くと、母親は外国籍で日本語の読み書きができず、仕事を探すのが難しい。

姉妹は、日本人の父親と離婚後、母親の母国に滞在し学校に行けなかったため、帰国後は一つ下の学年に編入したが、できるだけ勉強の遅れを取り戻したいという。そこで、市営住宅に入居できるようにし、就労支援を行い、子どもたちは学習支援事業につないだ。現在、お母さんは、正社員の仕事に就き、児童手当や児童扶養手当も申請して生活は安定しつつある。子どもたちも学校に慣れて、勉強を頑張っている」。

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どうしてもその姉妹に会いたい! 無理を言って家族が暮らす市営住宅に案内してもらった。掃除の行き届いた部屋で迎えてくれたのは、小学校4年生のAちゃん、2年生のBちゃんとお母さん。学習支援教室についてBちゃんは「わからないところがあると、長尾先生はまずヒントを教えてくれる。それで自分で考えて、『あ、わかった!』って。先生はお母さんが帰ってくるまで一緒にいて勉強を教えてくれます」。

Aちゃんの将来の夢は「ドクターになること。病気で苦しんでいる人を助けたい」。得意な科目は理科で、最近は音楽部の活動も始めた。「リサイクルショップでテレビを買ったけど、見るのは土日だけってママと約束して、それを守っています。ご飯をつくったり、食器を洗ったりもします」。お母さんは「Aは、『待ってなさいママ、私がパパになる』って言ってくれた。私は、何もあげてない。ただ勉強だけはしっかりしなさい。自分の夢が絶対実現できるから」と、とても穏やかな表情で話してくれた。