5月9日の大統領選挙に向けて4月4日までに5党の5候補が決まった。
野党「共に民主党」は文在寅(ムン・ジェイン)元代表(64)、野党「国民の党」は安哲秀(アン・チョルス)元代表(55)、与党だった「自由韓国党」は洪準杓(ホン・ジュンピョ)・慶尚南道知事(62)、与党・セヌリ党を脱党した議員たちが結成した「正しい政党」の劉承旼(ユ・スンミン)議員(59)、野党、「正義党」の沈相奵(シム・サンジョン)元代表(58)の5候補だ。
さらに4月5日には、「共に民主党」を離党した金鍾仁(キム・ジョンイン)前党非常対策委員会代表(76)が出馬を表明した。
黄教安代行辞退で安熙正氏が浮上
選挙情勢は、「共に民主党」の文在寅元代表の優位が続いていたが、ここにきてかなり変化が生まれている。
世論調査会社「コリアリサーチ」が聯合ニュースとKBSの依頼で3月11~12日に行った世論調査では、第1位は「共に民主党」の文在寅元代表で29.9%、第2位は「共に民主党」の安熙正(アン・ヒジョン)忠清南道知事で17.0%、第3位は黄教安(ファン・ギョアン)首相で9.1%、第4位は李在明(イ・ジェミョン)城南市長の9.0%、第5位は「国民の党」の安哲秀元代表で8.4%、第6位が自由韓国党の洪準杓慶尚南道知事で1.9%、第7位が「正しい政党」の劉承旼議員で1.6%という結果だった。
だが、保守で唯一高い支持率を得ていた黄教安大統領職務権限代行兼首相が3月15日に不出馬宣言を行った。
黄教安代行は「国政の安定と公正な選挙管理のためには、私が出馬するのは不適切だと判断した」と述べた。黄教安代行が大統領選挙出馬を決めれば、また代行を置かなければならない。
さらに、朴槿恵(パク・クネ)前大統領への批判が拡大している状況では、黄教安代行の支持層の拡大に限界があり、本選で勝てる見込みはない。ある意味では、当然の決断であった。
黄教安代行に保守層の支持が集まったのは、潘基文(バン・キムン)前国連事務総長が2月1日に出馬断念を発表したからだ。
保守票は、黄教安代行の不出馬宣言でまた行き場を失った。黄教安代行に集まっていた保守票は各候補に分散したが、その時点でポイントを稼いだのは、「共に民主党」の安熙正知事だった。
安熙正知事は米軍の迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備問題で「同盟間の合意をひっくり返すのは容易ではなく、尊重する」と述べ、配備計画を進める考えを示すなど中道・保守寄りの政策を示した。
さらに、「共に民主党」が政権を取っても過半数にも達しない現実を見据えて、保守も含めた「大連合」を提唱した。
左派からは攻撃を受けたが、中道・保守にも翼を広げる安熙正候補の支持率が上がり出した。3月11~12日の時点での調査でも文在寅氏29.9%に対し17.0%と追い上げてきた。
「共に民主党」候補は文在寅氏
こうした状況の中で野党第1党「共に民主党」の大統領候補を選出する党内予備選挙が始まった。
予備選挙には文在寅元代表、安熙正・忠清南道知事、李在明・城南市長、崔星(チェ・ソン)高陽市長の4人が立候補した。
同党の文在寅、安熙正、李在明3候補の世論調査での支持率を合わせれば50%を超える状況が続いている中での予備選挙で「事実上の大統領選挙」という意見まで出た。
「共に民主党」の予備選挙には2つの特色があった。1つは「完全国民競選制」であり、もう1つが「決戦投票制」だ。
「完全国民競選制」というのは、党員でなくても登録さえすれば投票ができる制度だ。今回の予備選挙では241万4800人が有権者登録をし、2012年の登録者数約102万人の2倍を超える規模となった。
また、第1回目の投票で第1位が50%以上を獲得できなければ上位1位、2位で決選投票を行う。
安熙正、李在明両候補は第1回で文在寅候補の過半数を阻止し、2位、3位連合で逆転を目指す戦略だった。
非党員の登録が増えたことで安熙正氏がどの程度支持を拡大するか注目されたが、3月27日に光州で行われた全羅道・光州地域の投票で、文在寅氏は60.2%を獲得して圧勝。
安熙正氏は20.0%、李在明氏は19.4%に留まった。
3月29日には安熙正知事の本拠地である忠清道・大田地域で予備選挙が行われたが、文在寅氏が47.8%を獲得し、36.7%の安熙正氏を抑えて勝利した。
文在寅氏は安熙正氏の本拠地でも勝利したことで、予備選勝利の見通しが強まった。
「共に民主党」は4月3日のソウル、仁川、京畿道、済州島の予備選挙で、全国での予備選挙を終えたが、全国集計で文在寅氏は57.0%、安熙正氏は21.5%、李在明氏は21.2%を記録、文在寅氏は過半数を獲得し、「共に民主党」の候補に決定した。
猛追撃する安哲秀氏
「共に民主党」が大統領候補を文在寅元代表に決定したことで、一般の世論調査で2位につけていた安熙正・忠清南道知事と3、4位につけていた李在明・城南市長の支持層がどう動くかが注目された。
韓国のケーブルニューステレビ局YTNとソウル新聞が世論調査会社「エンブレイン」に委託して4月4日に行った世論調査では、「共に民主党」の文在寅氏が38.2%、「国民の党」の安哲秀元代表が33.2%、自由韓国党の洪準杓・慶尚南道知事が10.2%、「正義党」の沈相奵元代表が3.5%、「正しい政党」の劉承旼議員が2.7%、金鍾仁氏が1.2%となった。
また、ケーブルニューステレビ局MBNと毎日経済新聞が世論調査会社「リアルメーター」に依頼して4月5日に行った調査では、文在寅氏が41.3%、安哲秀氏が34.5%、洪準杓氏が9.2%、劉承旼氏が3.0%、沈相奵氏が2.5%という結果だった。
両調査とも、「国民の党」の安哲秀元代表の躍進が目立った。「共に民主党」の党内予備選挙が終わるまでは10%にも届かなかった安哲秀氏が、文在寅氏が「共に民主党」の候補になると30%台に支持率を上げた。
この背景には2つの要素がある。第1は、それまで「共に民主党」の安熙正知事を支持していた層が、同氏が党内選挙に敗れて大統領選挙に出馬しなくなったことで、文在寅氏への対抗として中道の安哲秀氏に支持を変えたという要素だ。
もう1つは、保守政党が「自由韓国党」と「正しい政党」に分裂したことで、文在寅氏に勝てる候補がいないと考えた中道寄りの保守層が中道の安哲秀氏支持に流れているということだ。
安哲秀氏は支持率が10%以下の時から「今度の大統領選挙は文在寅と安哲秀の戦いになる」と予言していた。その予言が的中するような流れとなっている。
保守を一本化させない朴槿恵前大統領の居直り
韓国の国会(300議席)の状況を見れば、4月10日現在、セヌリ党を名称変更した自由韓国党が93議席、朴槿恵大統領の弾劾を主張してセヌリ党を脱党してつくった「正しい政党」が33議席だ。
両党合わせれば126議席で第1党の「共に民主党」の119議席を上回る。
しかし、大統領選挙の世論調査ではYTN・ソウル新聞調査でも自由韓国党の洪準杓氏が10.2%で、「正しい政党」の劉承旼氏は2.7%で合わせても12.9%に過ぎない。40議席の「国民の党」の安哲秀氏の33.2%の半分にも達しない。
この保守の低迷のかなりの部分は朴槿恵前大統領の姿勢にある。
朴前大統領は3月10日に憲法裁判所で弾劾、罷免されたが、国民への謝罪はなかった。
3月12日に青瓦台からソウル市江南区三成洞の自宅に戻ったが、その際に側近を通じて「私に与えられた大統領としての使命を最後まで果たせず申し訳なく思う。私を信じて声援を送ってくださった国民の皆さんに感謝申し上げる。この全ての結果については、私が負っていく。時間はかかるだろうが、真実は必ず明らかになると信じている」と述べた。
自分を応援してくれた国民に感謝を表明したが、国民全体へのコメントはなかった。朴前大統領の「時間はかかるだろうが、真実は必ず明らかになると信じている」とのコメントは、憲法裁判所の決定は受け入れないという姿勢だ。
朴前大統領は3月31日に逮捕されたが、不当逮捕であり、自分は無実だという姿勢を基本的には崩していない。金鍾泌(キム・ジョンピル)元首相は、「国民5000万人がデモをして(大統領を)辞めろと言っても辞めるような人物ではない」と言っていたが、その通りのようだ。
自由韓国党の内部は朴前大統領を今でも擁護する「親朴派」と、距離を置こうとする「非朴派」に分かれている。
韓国の国会は4年制で解散もない。国会は昨年4月に選挙が行われたばかりで、任期はまだ3年残っている。
選挙が切迫していれば、議員たちは有権者の朴前大統領への怒りを見て動くが、任期が3年も残っているので、与党の中に残って様子を見ようという議員が多い。激動の韓国政治で、3年先がどうなっているのか誰も分からない。
しかし、朴前大統領が居直っていることで、「自由韓国党」と「正しい政党」は保守統合に動けない。
「正しい政党」は朴前大統領の弾劾を求めて離党したわけだから、朴前大統領が国民に心から謝罪すれば、保守の一本化のために保守合同に動くことが出来る。
しかし、朴前大統領が居直っている限り、その評価をめぐり対立している保守2党は一本化できない。そうなればシナジー効果は薄れ、大統領選挙で文在寅氏に勝つことはできない。
2者対決なら安哲秀氏優位に
韓国の「ネイル(明日)新聞」が世論調査会社に依頼して4月2日に実施した世論調査結果が話題になった。
この調査では5党5候補が立候補した場合は、文在寅氏が33.7%、安哲秀氏が27.3%、洪準杓氏が8.3%、劉承旼氏が3.2%、沈相奵氏が3.0%と他の世論調査とほぼ同じような傾向だった。
しかし、もし、大統領選挙が文在寅氏と安哲秀氏の一騎打ちになった場合の調査では、文在寅氏が36.4%、安哲秀氏が43.6%と7.2ポイントもの差を付けて安哲秀氏が勝利するという興味深い世論調査結果が出た。
この調査では、2者対決になった場合は、安哲秀氏が50代(57.7%)、60代以上(64.1%)、光州・全羅道地域(55.7%)、保守層(68.6%)で文在寅氏を上回る支持を得ているとした。
さらに、ニュース専門のケーブルテレビ局のYTNが4月4日に実施した世論調査で5党と金鍾仁氏の6候補の争いの場合は、文在寅氏は38.2%で安哲秀氏は33.2%と5ポイントの差をつけて文在寅候補優位だが、保守・中道が候補を一本化して安哲秀氏が統一候補になれば、安氏は47.0%で、文在寅氏の40.8%を上回ると報じた。
この時点までの世論調査では2者対決、3者対決、5者対決など様々な調査でも文在寅氏の優勢という結果だった。しかし、5党の大統領候補が出そろった段階で、一騎打ち対決になれば敗れるという結果が出たことは文在寅陣営を慌てさせた。
この結果を見る限り、「共に民主党」の有力候補とみなされてきた安熙正知事の支持が文在寅元代表にあまり流れておらず、むしろ、党が異なる安哲秀元代表に流れていると言ってよい。
人気のない文在寅氏、変化する安哲秀氏
筆者は本サイトの「『3つの大渦』に翻弄される韓国(4・了) 大統領最有力候補『文在寅』の死角」(2017年2月11日)で指摘したが、文在寅氏には人間的な魅力がない。
文在寅氏が大統領秘書室長として支えた盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領はバランスには欠けていたが、独特のリーダーシップ、強い個性があった。
文在寅氏にはそれがない。どこか、ヒラリー・クリントン女史と似たような感じがある。人間的な面白みがないのだ。
大統領に最も近いということで学者や官僚たちが選挙キャンプに集結しているが、国民の心に響くような公約アピールがあまりない。
一方、対抗馬として猛追撃モードとなってきた安哲秀氏はかなり変化を見せている。安哲秀氏は元々は医師で、病院の夜勤をしている間にコンピューター・ウイルスの駆除ソフトを開発し、IT企業の経営者に転身、さらにその後政界に身を投げた人物だ。
2012年の大統領選挙では、野党の大統領候補をめぐって文在寅氏と争ったが敗れた。大統領選本選でも文在寅候補をあまり応援せず、政治家としての資質が問われた時期もあった。しかし、大統領選挙に出るために今の「共に民主党」を離党し「国民の党」を結党した。
かつてはアマチュア政治家の雰囲気が漂った。声も女性的で、少しかん高く、ナイーブな面が見えた。
しかし、現在は演説のスタイルも変わり、遊説でつぶれた声は力強くなった。これが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
かつての「汝矣島政治」にはない新鮮なアマチュア感覚がなくなったことは、安哲秀氏も「汝矣島ずれ」して来たのかも知れない。
安哲秀氏自身も「私はアン・チョルスからカン(強)チョルス」になったと語る。「ナイーブな安哲秀」から「強い安哲秀」への変身中である。
「一騎打ち」構造は生まれるのか
韓国大統領選挙は本稿執筆時では5党5人と金鍾仁氏の6人が立候補しそうである。この構造では、依然として文在寅氏が有利とみられた。
国民は李明博(イ・ミョンバク)政権、朴槿恵政権と続いた約9年半の保守政権に疲れ、閉塞感を感じている。
その意味では保守から進歩への政権交代の流れは強い。文在寅氏は2012年12月の大統領選敗北からずっと雪辱を期して準備をしてきた。「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」という思わぬ援軍まで登場した。進歩の主流派としての組織もしっかりしている。
しかし一方で、「大統領になれば最初に北朝鮮を訪問する」と発言するような"親北朝鮮傾向"に拒否反応を示す国民も多い。その「文在寅アレルギー」が他の候補に一本化されれば状況は変わる。現在はその受け皿として安哲秀氏が浮上している。
しかし、大統領選挙まであとわずか1カ月余しかない。その間に「一騎打ち構造」が生まれるかどうか。
第1の難関は、保守勢力が実質的に立候補を断念し、安哲秀氏で一本化するかどうか。
保守陣営自体が「自由韓国党」と「正しい政党」で、朴槿恵前大統領の評価、その距離感をめぐって対立している中で、中道の安哲秀氏への一本化はたやすいことではない。
第2は安哲秀候補が身を置く「国民の党」の2重構造の問題だ。
「国民の党」の議席数は、地方区が26議席、比例区が13議席の計39議席だ。地方区は安哲秀氏を除けばほとんどが全羅道地域選出の議員だ。
多くは金大中(キム・デジュン)元大統領の系列の議員たちだ。「国民の党」は大統領候補の安哲秀氏は中道だが、下部構造は進歩だ。
安哲秀氏が中道に留まっているので、全羅道では支持を維持しているが、安哲秀氏支持に保守勢力までがなだれ込んでくれば、全羅道の民心はこれに反発して文在寅氏支持に向かう可能性が強い。
そう考えると、アンチ文在寅勢力が一本化されるというのはそう簡単ではないと見えた。しかし、そうした予測にも変化が生まれた。
停滞の文在寅氏、上がる安哲秀氏
世論調査会社の「韓国ギャラップ」は4月7日に、同4日から6日にかけて行った世論調査結果を発表した。
この結果、5党の各候補の支持率は、文在寅氏が38%、安哲秀氏が35%、洪準杓氏が7%、劉承旼氏が4%、沈相奵氏が3%となった。一騎打ち構造でなく5候補が出た状況でも安哲秀氏が文在寅氏に3ポイント差にまで追い上げた。
しかもこの調査では、安哲秀氏は地域的にはソウルで39%(文在寅氏は35%)、大田・忠清道で42%(文在寅氏は39%)と、文在寅氏より優位に立った。
年齢別では50代で48%(文在寅氏29%)、60代以上で47%(文在寅氏16%)と50歳以上の高齢者で文在寅候補を抑えた。
多者対決構造ではなお文在寅氏が優位とみられたが、安哲秀氏がほぼ互角の勝負をする状況となった。
これは行き場を失った保守票や、「共に民主党」の安熙正氏支持層が安哲秀氏に流れ、結果として「反文在寅」の候補として安哲秀氏を押し上げた形だ。
ついに安哲秀氏が逆転
しかし、さらに文在寅陣営に大きなショックを与える世論調査結果が出た。
聯合ニュースとKBSが、世論調査会社「コリアリサーチ」に依頼して4月8、9両日に行った世論調査結果を4月9日に発表した。この結果、トップは「国民の党」の安哲秀氏で36.8%を記録、「共に民主党」の文在寅氏は32.7%に留まり逆転を許した。
3位は「自由韓国党」の洪準杓氏で6.5%、4位は「正義党」の沈相奵氏で2.8%。5位は「正しい政党」の劉承旼氏で1.5%だった。支持候補なしと無回答が計19.8%だった。
大統領選挙をちょうど1カ月後に控えて、ついに安哲秀氏が文在寅氏を逆転してトップに躍り出た。一騎打ち構造でなく、5党の候補が立候補しても当選する可能性を示したのである。
地域別では、安哲秀氏はソウル、仁川・京畿、大田・忠清道・世宗、光州・全羅道、大邱・慶尚北道で文在寅氏を上回った。年齢別では50代以上で文在寅氏を上回っている。
候補者が5人でも、保守・中道支持層が実質的に安哲秀氏を中道・保守の統一候補に押し上げ、「文在寅大統領」を阻止しようという構造が明確になってきた。
しかも、文在寅氏と安哲秀氏の一騎打ちでは、文在寅氏は36.2%、安哲秀氏が49.4%と、安哲秀氏が大きく差を付けて文在寅氏を抑える結果となった。
朝鮮日報が4月7、8両日に行った世論調査でも、6候補を想定した場合、安哲秀氏が34.4%で、文在寅氏の32.2%を抑えてトップに立った。
一騎打ちでは文在寅氏38.3%、安哲秀氏51.4%と、これも大差をつけて安哲秀氏優位という結果だった。
文・安両氏の不安材料
ただし、実際の大統領選挙は予断を許さない。何と言っても安哲秀氏は、わずか1カ月前までは10%にも届かなかったにもかかわらず、この間、トップを走り続けた文在寅氏をこれほどの短期間でとらえたのである。韓国政治は本当に予測困難だ。
安哲秀氏が「今度の大統領選挙は文在寅と安哲秀の戦いになる」と言い続けてきた結果が、ようやく出たと言える。
だが、安哲秀氏の支持層は堅い支持基盤に支えられた文在寅氏と異なり、「反文在寅」という情緒に支えられた寄り合い所帯だ。「共に民主党」の安熙正知事を支持した層や、保守層から流れた有権者も多い。
世論調査で「安哲秀支持」と答えた有権者が本選で本当に安哲秀氏に1票を投じるかどうか、文在寅氏支持層に比べると不安要因と言える。
一方の文在寅氏は第1野党「共に民主党」の大統領選候補に決まるとほぼ同時に支持率に限界を示したのは、皮肉な現象だ。
普通なら、党の正式候補に決まれば支持率は党内予備選挙のライバル候補の支持率を吸収しなければならないが、大半は他党候補に逃げていった。文在寅氏の人間的な魅力のなさ、リーダーシップの欠如、親北朝鮮路線への反発などが「反文在寅」勢力を安哲秀氏へ固めてしまった。
しかし、現時点での文在寅氏と安哲秀氏との戦いはほぼ互角になり、選挙の先行きが見えなくなった。両氏の接戦だけに、小さな失敗が大きく支持を落とすことになる。
北朝鮮は戦略的対応ができるか?
特に注目しなければならないのは北朝鮮の動向だ。
5月9日の投票日までに4月11日の金正恩(キム・ジョンウン)党委員長の党第1書記就任5周年、4月15日の金日成(キム・イルソン)主席誕生105周年、4月25日の朝鮮人民軍創建85周年という行事が続くが、第6回目の核実験や事実上の長距離弾道ミサイルである人工衛星の打ち上げ、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験などを行わないかどうか。
米国は4月8日、シンガポールを出港した原子力空母カール・ビンソンを中心とする第1空母打撃群が南下の予定を変更し、北方に向かったことを明らかにした。北朝鮮の挑発に備え、朝鮮半島周辺で活動するとみられている。
トランプ政権はシリアに武力攻撃を加えたが、北朝鮮への対応も注目されている。トランプ政権が北朝鮮に強硬な政策を示せば、それは韓国の政情にも影響を与える。軍事的な緊張が高まれば余計に選挙への影響は避けられない。
韓国で野党政権が誕生するまで北朝鮮が挑発行為を自制するような戦略的な対応ができるかどうかも重要だ。
韓国大統領選挙は、4月15、16両日に立候補が受け付けられ、5月9日に投票となる。これまでは、その年の12月に大統領選挙が行われるが、大統領就任は翌年の2月下旬で約3カ月の準備期間があった。
しかし、今回は朴槿恵大統領が弾劾、罷免されたので、5月9日に次期大統領が選出されると、その瞬間から次期政権発足となる。
このため、各陣営とも選挙期間中に青瓦台スタッフや閣僚を選考しておかなければならない。各候補は走りながら考えなければならない。
また、各候補間の一本化の動きが出るのかどうか。
特に、元はセヌリ党の「自由韓国党」と「正しい政党」がこのままいくのか、候補の一本化が出来るのか。保守が支持を伸ばすことが、中道の安哲秀氏の支持率を下落させ、進歩の文在寅氏に有利に働くということもあり得る。韓国大統領選挙の先行きはまだまだ不透明だ。
平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。
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(2017年4月12日フォーサイトより転載)