11月29日、昼下がりの丸の内。グッドデザイン賞受賞作の「近未来の手ざわり」を開催中の展示ショールーム「GOOD DESIGN Marunouchi」(千代田区)に、年齢も職業も様々な35名が続々と集まってきた。ある画期的なアプリを使った、高校物理の授業を受けるために――。
■バネのおもちゃを使って物理の授業
講師は、共立女子中学高等学校で物理を教える教師の桑子研(くわこ・けん)さん。授業が始まるやいなや、彼の「バネのおもちゃで波の重ね合わせ実験をしましょう」の言葉とともに大きなバネが登場した。教壇に用意された黒板には、プロジェクタで図が映し出される。
バネを見せる桑子さん。波の重ね合わせ実験をする
「この図は、2つの波がバネの両端から、それぞれ発生した様子を表します。さて、問題。波同士がぶつかるとどんな形になるか、図に赤ペンで書き加えてみてください」。どうやら生徒に予想させた後、実験で答えあわせする段取りのようだ。
同図が印刷された手元のプリントに、生徒たちが予想図を書き込む。筆者は、なんだか全く想像できない……。恥ずかしながら学生時代、理系科目が大の苦手で、高校物理は選択もしなかったクチだ。正直、授業の内容が理解できるか不安だった。桑子さんの「わからなくてもまず描くのが大事」の言葉に勇気づけられておそるおそる記入し、答え合わせの実験に臨む。
冒頭の大きなバネを床に這わせ、一端を桑子さんが、もう一端を生徒の1人が持って波をぶつけ合わせると、まるで生き物のようにバネが波打ち、動きが素早く伝わっていく。問題の解答である「ぶつかった瞬間」の動きももちろん自分の目で確認でき、方々で感嘆の声が上がった。
筆者は、2問中1問正解。「同方向に盛り上がった同じ大きさの波が、ぶつかる瞬間2倍になる」のは惜しくも予想をはずしたが、「大きさの同じ凸の波と凹の波が、ぶつかる瞬間には打ち消し合う」は合っていた。
さて、序盤から盛り上がる授業だが、本当の目玉は実はここからなのである。
■板書時間を大幅削減、授業にライブ感
本授業は、グッドデザイン賞を2015年9月に受賞した黒板アプリ「Kocri」が肝なのだ。
バネ実験が済んだ後、桑子さんは実験結果を物理的な視点でまとめるフェーズに入った。通常の黒板なら、白チョークで描いた説明図に色チョークで書き足していくところ。しかし、授業開始から投影される説明図は、アプリ「Kocri」内に桑子さんが事前に用意したもので、ここでは必要なポイントだけを色チョークで板書していく。つまり、黒板に投影中のデジタル画面に手描きで書き加える「ハイブリッド板書」なのだ。
投影画像(ストロボ画像)に板書を書き加える
波の重ね合わせ実験の様子。凸と凹、2つの波がぶつかる寸前
一見、それだけかと思うかもしれないが、この道具が効力を発揮するのは、教師が次の話題に移る時である。黒板であれば一旦消して、また黙々と書いて……とタイムラグが生じるところを、アプリ内に用意したデータを開けばすぐ次に移れる。生徒の集中力が格段にとぎれにくいのだ。桑子さんも「以前は板書に手をとられ、理解できていない生徒をフォローしにくかった」というが、アプリ導入によりジレンマは解消したそうだ。
さらに、本授業は「音の干渉実験」「放物運動の実験」と、1時間足らずで3セットの実験とまとめを終えたが、その中で様々な音を発生させるアプリや、ストロボ写真をすぐに作成できるアプリも併用した。
「Kocri」を使えば、スマートフォン(スマホ)を用いてAppleTV経由で映像を投影できるため、他アプリの取り入れも簡単かつ即座にできる。特に放り投げたぬいぐるみの動きをストロボ画像で確認する場面は圧巻だった。
iPadを操作し、リアルタイムで教材画像を作成
たったいま目の前を舞ったぬいぐるみが、画像の中で美しい放物線を再構成し、まぎれもない物理的事象として理解させられる鮮やかさは、エンターテインメントの域である。あまりのわかりやすさに、学生のときは拒否反応しかなかった物理の授業に、筆者の胸が踊っている。
■ライブ感と使いやすさが授業を変える
「Kocri」は、老舗黒板メーカー・サカワが発案し、面白法人カヤックが制作を手がけた。これまでに紹介した述べた機能の他に、カメラ機能や、漢字の書き方といったなど授業用のガイド表示機能など、教育授業現場でほしい便利ツールを搭載。ワイヤレスで使用できるiPhone/iPadアプリとして、2015年7月に公式リリースされた。
両社の開発担当からは「生徒の集中を絶やさず、教師に使いやすいシンプルさを目指した」とコメントがあった。特に後者は重要で、従来の電子黒板では、使用に教師個人の技術習得が不可欠で、価格や設置場所など様々なハードルがあったが、本アプリは、iPhone/iPadとプロジェクタとAppleTVを準備すれば始められる。
筆者は以前、都立の小学校教師の知人に「電子黒板はあるけれど、実際だれも使っていない。圧倒的に面倒だから」と聞いてびっくりした覚えがあるが、そんな現場をも革新的なツールは切り開いていくのだろうか。教師にとっては、授業ごとの教材準備や板書時間を短縮でき、子供たちが集中しやすい授業を工夫できる可能性がある。少なくとも実際に授業を受けた35人の目に、ハイブリッド物理授業が魅力的だったことだけは確かである。
寺島知春(ライター/デジタルえほんジャーナリスト)
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