誰もが必ず二度見たくなるWEBムービー /「あの」小林市移住促進動画が生まれたワケ

人柄、熱意、郷土愛。自治体PRの極意がここにある。
|

今年8月に公開されて以来、「騙されたw」、「何回見てもわからない!!!」とのコメントが殺到。11月25日現在、168万回以上の再生数を誇る、宮崎県小林市の移住促進PRムービー"ンダモシタン小林"。昨今、急増する自治体Web動画のなかで、ここまで"見られる"動画に仕上がった裏側には、どのような工夫があったのだろうか。二人の仕掛け人に聞いた。

Open Image Modal

郷土愛より恐怖心?!

数年前からPRのための動画づくりを模索していた宮崎県小林市。地方創生の波に乗り、今年3月、PR動画の制作を決め、同市出身である電通のコミュニケーション・プランナー、越智一仁さんに相談を持ちかけた。潤沢な予算はないが、動画をきっかけに市のPRを成功させたい。市担当者の熱意に動かされ、越智さんは電通九州の若手CMプランナー、村田俊平さんを相棒に、同プロジェクトを引き受けた。

限られた予算で、どうやってヒット動画をつくるのか。越智さんと村田さんは出張費の捻出にも苦心し、時に、今も同市にある越智さんの実家を拠点にしながら、小林市に通った。原動力になったのは郷土愛に加えての恐怖心。「失敗したら故郷から出禁(出入り禁止)になる」(越智さん)。絶対に成功しなければ、と内心焦りはあったが、「むやみにヒットを追い求めるのではなく、あくまで映像コンテンツとしての完成度を追求した」と村田さん。"ンダモシタン小林"は、最初から再生回数を稼ぐことを狙って作られたのではなく、二人が「PR視点も踏まえた、映像コンテンツとしての完成度」にこだわり抜いた結果、ヒットした動画なのだ。

まず、認知と割りきる

移住促進や観光客の誘致を目的に、動画をつくって全国的に話題になり、知名度を上げたい、と考えている自治体は多い。二人は、制作前にそういった動画を山ほど見たという。その結果、「毒にも薬にもならないものをつくるのはやめよう」(越智氏)と決めた。市が言いたいことと、市内外の生活者に伝わることは違う。そこで、動画の目的は「まず、認知と割りきった」(村田さん)。

第一弾ムービーのテーマは「移住促進」。しかし、動画だけで移住促進の任を負うのは難しい。市の移住担当者によると、移住を検討する6~7割の人は検討段階では移住先をはっきり決めていない。したがって、小林市の存在を知ってもらうこと自体が、移住促進のファーストステップにつながると考えた。そこで、動画のターゲットは小林市のことを知らない市外の人に設定。その上で、「市民にも愛される企画になることを目指した」(越智氏)という。

セオリーからは入らない

企画の骨子になったのは、小林市の方言、西諸弁(にしもろべん)がフランス語のように聞こえる、というトリビア。これは、市の担当者が二人の頼みで集めた「小林市のトリビア集」に書かれていたものの一つだったという。

方言のなまりが外国語みたい、という発想自体は決して新しくない。しかし、つくりこみ方次第で、魅力的な動画を生み出す大きな力になりうる。二人はそう信じて、このアイデアを動画の核に据えた。

しかし、これだけでは60秒、90秒の動画を最後まで飽きずに見てもらうのは難しい。惹きつける映像としての「完成度」を求め、随所にクスッと笑える「小ボケ」を入れることも忘れなかった。

市民に愛される動画にするために、小林市「あるある」も盛り込んだ。前出のトリビア集にあった、「トラクターが原因で、渋滞がおこる」「星がきれいなのに、プラネタリウムがある」などの、地元民なら思わず笑ってしまう小ネタを採用し、動画に取り入れた。

2日間にわたる撮影は雨予報だったが、ツキに恵まれ、一転、快晴となり、こだわりの映像を次々に収めることができた。

苦労はここからだった。動画を見た人に、西諸弁をフランス語だと認識させるためには、発音をフランス語に似せないとダメだが、やりすぎるとリアルじゃなくなる。母音の発音を弱めたほうが「らしく」聞こえる、字幕付きのほうが「より外国語らしさ」を演出できて面白い。映像コンテンツの完成度を高めるためのアイデアは、いつも作業中に生まれ、90秒の動画のナレーション録音に6時間、本編集にいたっては、2回行った。1回目にできたものを知人に見てもらって反応を検証し、「誤認の精度」を高めるべく、2度目の本編集で尺やタグラインなどを修正するというこだわりようだった。

ネコやエロかわいい女の子を起用する、恐怖映像にする、などヒットさせるためのWeb動画の制作セオリーは巷にあふれているが、その要素からは入らなかった。まず誰もがおもしろいと思う「見ごたえ」を目標に、さらに人が人に伝えたくなる構成や仕組みづくりにも腐心した。

プレスリリースは最大の広告

つくったところで満足してしまうクリエーターも多い中、二人は動画をつくり終わった後も気を抜かなかった。「プレスリリースはつくった広告の最大の広告」だと考え、タイトルに「誰もが必ず2回見たくなるWEBムービー」と入れた。このタイトルに引き寄せられ、1回見てくれれば合格点。え? どうなってるの?! と2度見たら大成功。「映像コンテンツの完成度として、それを可能にする自信はありました。YouTubeの字幕機能を使って方言を表示させるなど、2度見の受け皿も仕組みとしてうまく設計できた。だからそう書くことができた」と越智氏。リリースに嘘や、釣り文句は書けない。クラフトにこだわり抜いたからこそ、可能になった戦略だった。

公開前後で、問い合わせは4.5倍

動画"ンダモシタン小林"は、公開後、さまざまなメディアに取り上げられたばかりか、移住の相談件数は、公開前後で約4.5倍に跳ね上がった。同市の公式Webサイトの閲覧数は8倍、なかでも市内の空き家・宅地の情報提供を行う「空家バンク」のページのアクセス数は10倍に達した。

また、ソーシャルメディアのタイムラインは、「地元に帰りたくなった」(市出身者)、「今まで方言恥ずかしかったけど、これで堂々と喋れる」(市民)、「地元がこんなに有名になって、うれしい!」(市民)、「一度行ってみたくなった」(市外在住者)など、好意的なツイートや投稿で埋め尽くされた。市内外における小林市への好意度が高まったことは間違いないだろう。

チーム力ありき

ここまでできたのは、「根性とチーム力」だと二人は語る。制作側だけでなく、小林市の担当者とも連携し、ゴールイメージを共有して、チームとして取り組めたことが何よりも強かったという。越智さん、村田さんをはじめとするクリエイティブ側は、アイデアを具現化するプロとして仕事をし、市の担当者も、ロケ地のコーディネートから、西諸弁スーパーバイザー役、93歳のおばあちゃんのキャスティングなど、小林市のプロとして尽力した。泥臭い表現だが、「一人ひとりが小林市を思い、小林市のために力を合わせた」ことが、成功の秘訣だったのだろう。

市担当者の一人である、企画政策課の鶴田健介さんはこう話す。

「真摯に対応してくれる越智さんたちの姿を見ていたら、自分たちも本気にならざるを得ませんでした。予算のない分、できることはカバーしよう、求められることは必ずやろう、レスポンスは早くしよう、そして、出来上がる動画の内容は信じよう。そう思いました」

人柄、熱意、郷土愛。自治体PRの極意がここにある。

(取材:ヤマグチ、イザワ)

--■スタッフリスト -----------------------------

企画制作:電通+電通九州+ROBOT

CD:越智一仁 企画:村田俊平 P:川崎泰広 PR:根本陽平 松尾雄介

NA+仏語スーパーバイザー:ミゲル・クインタナ 西諸弁スーパーバイザー:安楽究、柚木脇大輔、鶴田健介、本野聡人 コーディネーター:柚木脇大輔、池田美由紀、森本潤葵 出演:セバスチャン・L、山之口智也、吉丸ツタノ

--■プロフィール -----------------------------

Open Image Modal

越智一仁 おち・かずよし(写真左)

コミュニケーション・プランナー。2005年電通入社、Dentsu Lab Tokyo / CDC所属。得意分野はデジタル全般。映像ディレクションを軸としたシェアラブルなコンテンツ企画やコミュニケーション・プランニングなど。国内外での受賞多数。

村田俊平 むらた・しゅんぺい(写真右)

CMプランナー/コマーシャリスト。2009年電通入社、2013年から電通九州所属。小笑いCMから、ややウケCMまで、手掛ける映像は多岐にわたる。MONDO21ゲームレコードGP優勝3回、2015年ACC小田桐昭賞など、受賞そこそこ。

(2015年11月26日「週刊?!イザワの目」より転載)