安保関連法に違憲訴訟を準備 「改憲派」小林節・名誉教授はなぜ「憲法を守れ」と叫ぶのか

かつて憲法改正や集団的自衛権の行使容認などを主張し、自民党のブレーンとして活動していた。いま「憲法を守れ」と主張する理由を、小林氏に聞いた。
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自民、公明両党が集団的自衛権を容認し、2015年9月に成立させた安全保障関連法案を巡っては、国会の内外で激しい議論が巻き起こった。閣議決定による憲法解釈の変更を「立憲主義の破壊」と批判する憲法学者らは、2016年4月1日の法施行後、法律は憲法違反であり無効だとして、国に賠償を求める憲法訴訟を準備している。

その一人で、安保法制反対の急先鋒に立つ慶応大学名誉教授の小林節氏は、かつて憲法改正や集団的自衛権の行使容認などを主張し、自民党のブレーンとして活動していた。いま「憲法を守れ」と主張する理由を、小林氏に聞いた。

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――具体的にどのような訴訟を起こすのでしょうか。

来年4月1日から、初めて日本の軍事力が海外で戦争に参加できる危険が具体化する。つまり、来年4月1日から我々は戦後初めて、戦争の危険のある国家に住むことになるわけです。そこで初めて平和的生存権が侵害され始めるんです。平和的生存権は国民全員が持っている。憲法の前文に根拠があり、9条が制度的に保障している。

具体的には、東京地裁に国家賠償請求訴訟を出します。誰でも知っている有名人、それもしかるべき人が原告なら、担当の裁判官も真面目に考える。東京地裁の裁判官はスーパーエリート。自分の学問的良心に照らして違憲判決を出した結果、司法官僚の道を閉ざされたら弁護士に転職してもいい、と思える原告の陣容でやります。

――最高裁で違憲判決が出る可能性はどれくらいあると思いますか。

難しいでしょう。「統治行為論」の問題がある。不文の確立された憲法判例で、戦争と平和など、高度に政治的な国の存立に関わる歴史的決断は、選挙で選ばれていない裁判官は判断せず、選挙で選ばれた国会議員や政府が一時的な判断をし、最終的には主権者の国民が選挙でけりをつけるという考え方です。私の専門領域ですが、その通り行きたい。

最高裁まで争えば4年かかる。4年以内に必ず総選挙が来る。総選挙で勝つために、安倍首相が憲法9条を破壊し、議会制民主主義を破壊したことを国民に思い起こさせる。2016年7月の参院選で、野党共闘の成果が1選挙区でも出れば、やり方を覚えてみんな勢いづく。そうすれば、いつ衆院選が来ても300小選挙区で野党共闘が実現して、4割の得票で8割の議席が取れる。その手段としての憲法訴訟です。私はむしろそっちを念頭に置いて言論戦を戦っているんです。

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6月4日、衆院憲法審査会で参考人として意見を陳述する(左から)早大法学学術院の長谷部恭男教授、慶大の小林節名誉教授、早大政治経済学術院の笹田栄司教授。与党推薦の長谷部氏を含む3人全員が、安保法案は「憲法違反」と意見を述べ、大規模な反対運動が巻き起こるきっかけになった。

――先生はかつて、憲法解釈の見直しによる集団的自衛権の容認を主張しておられました。

僕は冷戦時代に学者になった。冷戦時代のソ連は本当に怖かった。憲法やマルクス、レーニンの著作から、国際法違反を承知の上で、他国を軍事侵略してでも共産化すると読めた。緊急事態だから、憲法の解釈を緩めてでも、自衛する方法はないかと本気で考えた。だけど、冷戦が終わった。ロシアは怖くなくなった。アメリカも疲弊した。あとは中規模な親分が好き勝手にやっている戦国乱世の状態。日本は、ちょっかい出さずにちょっかい出されない専守防衛がいちばんいい。

北朝鮮のミサイルの脅威なんて、抜けない竹光。日本にミサイルを飛ばしたら個別的自衛権で対応できる。チベット、ウイグルは武装していないから全部中国に取られたが、台湾は日本と同様に専守防衛に徹している。中国は台湾を「武力解放」すると言いながら手が出ない。日本みたいな技術大国、経済大国、人間大国が専守防衛に徹することは極めて有効だという認識に達したんです。「安全保障環境の激変」には、専守防衛で対応できる。これ以上、アメリカの二軍として世界を歩いたら、イスラムの敵となり、かえってテロで危険になる。アメリカのように第2の戦費破産国になって不経済だ。

それから安倍首相が官房副長官のころ、財界から、憲法を変えずに解釈で集団的自衛権を解禁できないかと要請が相次いだ。結論として、現行憲法では無理。条文構造から、政府は必要最小限の自衛力しか行使できない。アメリカを助ければ回り回って日本が助かるという軍事行動が集団的自衛権。これは必要と言えなくもないけど、最小限とは絶対に言えない。「無理ですよ」と安倍さんにも直接答えたことがある。

――長年、自民党のブレーンとして活動してきましたが、最近は「自民党の議論に嫌気がさした」とおっしゃっています。

30年ぐらい我慢して自民党を説得しようと思ったんだけど、通じないことが分かったんだよね。自民党の勉強会に呼ばれて話をすると、意見が合っているときは、「教授」「博士」と呼ばれるけど、意見が合わないと、俺より若い世襲議員に「小林さん、あんたね、学者に現実が分かるか」と罵倒される。人間として、育ちがおかしいと思ったね。今や世襲議員は自民党の過半数。首相に至っては3世議員、しかも父方、母方とも3代世襲だからすごいよな。

彼らは「どうして憲法は政治家や公務員だけが守らないといけないんだ」と言う。「いや、憲法ってそういうもんです。何よりも政治家以下の公務員を縛るものです」という押し問答を何度もやった。最後は「自分たちが守らなくてはいけないのは認めるとしても、一般国民は守らなくていいのか」という議論になったから、「主権者である国民が憲法をつくったことになっている。作者自体が作品を守らなくていいはずはない」と答えた。すると「そうだ、国民も憲法を守らないといけない」と喜んでいる。全然観点が違うんだよ。この馬鹿さ加減がすごくイヤになってきた。

教授時代には、自民党の幹部職員から電話があって「先生、ちょっと論調を変えていただけると、講演のお仕事とか差し上げられるんです」って言ったんだ俺に。御用学者と一緒にするな、「バカヤロー」と言って電話を切ったんだ。縁が切れる潮時だったんだよ。

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2013年5月、安倍首相は、憲法96条で定めた改正要件の緩和に意欲を見せていた

――2年前、安倍首相が積極的だった「96条先行改憲論」を「裏口入学」「近代国家の否定」と批判したことが大きな反響を呼び、その後、96条改正の議論はしぼみました。

彼らは「たかが手続き」と言って国民をたぶらかして、自分たちが触りやすいように変えようとした。俺が批判したことをみんなが報道してくれたから、世論調査でも反対が多数になった。でも彼らは「たかが手続き」と思っているから、裏口入学をあきらめて表口から土足で入ってきた。

――硬性憲法だから柔軟な解釈が必要だという指摘もあります。

改正しにくいのは憲法の本質。そうでないと権力を統制できない。それに硬性憲法だからこそ、みんなで議論して納得ずくで変えていけば、その後の行動に規範力が生まれる。裏口入学みたいに海外派兵して、民意がバックアップしているのは危ないよ。

――学生団体「SEALDs」のデモで、雨の中で演説したことが話題になりました。

あれは6月4日の「爆弾発言」の翌日だった。昼間に取材を受けて、夜は娘の劇団の公演を、妻と2人で見に行こうと思っていた。ところが、取材に来た記者が、国会前のスピーチのことを教えてくれた。僕らは学園紛争の世代で、機動隊との殴り合いを経験している。僕は勉強していたから見ていただけだったけど。あの暗い雨の中で、ヤワな子供たち、機動隊につぶされると思った。そしてこれは憲法を守る戦いだから、つぶさせてはならないと思った。

到着したら、記者たちが20人ぐらい俺を囲んで、道がふさがった。「ここは公道だから空けてください」と機動隊が言った。振り向いて「バカヤロー!」と怒鳴ったらおとなしくなった。我々は憲法で保障された表現の自由を行使している。「ここは公道だから」と植え込みに押し込められていた学生たちに、機動隊に怒鳴り返すパフォーマンスを見せたかった。そして、憲法を守るために正しいことをやっているという、問題の本質を語った。

娘の演劇には間に合わなかったけど、あの場にうちの姪といとこの子がいたことも知った。明らかに代々、自民党に入れていた家だよ。その翌週から、樋口陽一先生(東大名誉教授)ら、先生たちが次々に激励に来て、つぶされずに大きくなっていった。我が意を得たりだね。

――日本の歴史に残るような路上の民主主義として、海外からも注目されました。先生はこの間の安保法制に抗する流れをどうご覧になっていましたか。

フランスみたいだね。とても健全だと思うよ。私は今の若者たちに絶望に近いあきらめがあった。2007年に憲法改正の国民投票法が成立した直後、自民党の中山太郎先生が私の授業に来て「18歳から選挙権が行使できるんだぞ、どう思う?」と問いかけたけど、学生はみんな「いや、困るんですよね。判断できません」と言うんだよ。それが今回は若者が本当に政治的に燃えた。いい意味で裏切られたよね。

――与党は法律の施行後、運用実績を積み重ねようとするでしょう。現実的に法律の廃止は可能でしょうか。

すべての法律は修正案で修正すればいいだけ。野党が一致することで、閣議決定を引っ込めればいいし、違憲な部分を廃止する法律を通せば、海外に行った自衛隊も帰ってくるしかない。自民党が解釈と称して憲法を破壊したこと、議会でまったく問答しなかったこと、この自民党のやり方が許せないという価値観を野党は共有している。政策の違い以前に、議会制民主主義、立憲主義という器を守ろうという話なんです。

今回は世襲議員集団の自民党が貴族のごとく「おまえら下々は黙ってろ」と、論議ぬきで押し切って、議会制民主主義が壊され、憲法が壊れてしまった。日本の大特色は戦後70年戦争したことがないこと。世界史を見てもこんな超大国はない。逆にいえば、憲法9条のおかげで守られたんだよ。それは変節と言われようが、俺も認める。彼らのやった革命に対する反革命は可能なんです。先例なき攻撃が来たんだから、先例なき反撃をするんだよ。

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