北陸新幹線の開通で全国的に注目を集めている、文化都市・金沢。
加賀百万石の礎を成した「金沢城」や、日本三名園に数えられている「兼六園」、アートに触れられる場として人気を集める「21世紀美術館」など、豊かな観光資源を持つこの地は今、連日多くの旅行客で賑わっている。
観光需要の増加は不動産や雇用にも好影響を与えており、新幹線開通によって金沢を含む石川県にもたらされる経済効果は、100億をゆうに超えると見込まれている(日本政策投資銀行金沢支店の発表より)。
景気の良い話題で注目されている昨今の金沢だが、中心地以外に住む多くの地域住人たちの生活が、大きく変わっているわけではない。少子高齢化が進む中で、ほかの地方自治体と同様にさまざまな課題を抱えている。イノベーションは観光開発などの非日常だけではなく、長きにわたって暮らしを営んできた人々の日常にも、切実に求められている。
そこに名乗りを上げたのが、“教育付加価値日本一の大学”と名高い、充実した教育体制・設備を誇る金沢工業大学(以下、KIT)だ。KITは2014年より、これからの社会を担うイノベーターを養成するべく、産学連携による短期集中型のアイデアとプログラミングのコンテスト「KITハッカソン」を開催してきた。
KITハッカソンの立役者、金沢工業大学 工学部 教授の中沢実氏
2016年3月に行われた「KITハッカソン vol.4」では、地域貢献型のプロジェクトの創出を目指し、メインテーマを「近未来の小学校を創造せよ」に設定。学生たちを中心とした参加者たちは、地元の小学校をはじめとする、地域社会が抱える問題をITの力で解決しようと奮闘した。
大学が地元の行政や小学校、さらには地域住人まで巻き込んだ新たな試みとして、各方面から注目を集めたKITハッカソン。どのような経緯で企画され、どんな効果を関わった人々にもたらしたのか……主催者や参加者の声を交えながら紹介していきたい。
ハッカソンから、持続可能で実用的なプロジェクトを生み出す
「消滅する限界集落を救え」「シンカンセン・カイツウ・ソシテ」「どうなるマイナンバー・IoT」――これらは、過去3回にわたって開催されてきたKITハッカソンのメインテーマだ。地域の時事に根ざしつつも、社会的に大きなトピックを取り上げてきたことが伺える。しかし、4回目となる今回は「近未来の小学校を創造せよ」というテーマの下、大学近隣にある金沢市立四十万小学校とその周辺地域が実際に抱える問題に対して、ITの技術を用いた解決方法を提案する形になった。
以前までは協賛企業との提携に留まっていたが、今回からはそれらに加えて、小学校や育友会(PTA)、行政とも連携を取りながら企画が進められた。協同する機関が増えるほど、運営側の負担は大きくなる。さらなる苦労を引き受けてまでKITハッカソンの方向性を転換した背景について、企画全体のコーディネートを担当した情報工学科教授の中沢実氏は「仮想ではなく、現実に役に立つプロジェクトを生み出したかった」と語る。
「3回目までは『最先端の技術を取り入れよう』との意図もあって、自由度が高く、未来を想像してアプローチするようなテーマ設定をしてきました。ただ、そうしたテーマの下で出てくるものは、やはり仮想の域を越えられず、現実への発展性がなかった。せっかく高い技術力のある学生たちの時間を費やすならば、もっと具体的な問題解決につながることに取り組ませてみたいと考えました」(KIT情報工学科教授・中沢実氏)
そこで白羽の矢が立ったのが、KITの近隣にある四十万小学校だった。中沢氏はこの小学校の学区内に住んでおり、過去には育友会(PTA)にも所属していた。以前より育友会から「大学生と一緒に何かできないか」という話はたびたび上がっていたが、具体的なプランに結びつかずにいた。
「3回のハッカソンを通して、ここの学生たちにはアイデアを具現化する“実装力”があることを、あらためて感じさせられて。その実感が、今回の企画につながりました。地域住人はKITの学生たちが何をしているのか知らないし、学生も地域との接点がほとんどありません。この二者が交わることが、新たな地域活性の芽生えになれば……という期待がありました」(中沢氏)
審査員に地域住民や小学生も参加
全3日間で構成された「KITハッカソンvol.4」。初日は四十万小の校長や育友会の会長から、学校と地域が抱える問題意識についての基調講演が催され、その後は子どもたちが実際に授業を受けている様子を見学した。参加者は現場の生の声に耳を傾けてから、以降のアイデアソン及び実制作に着手。課題テーマは「家庭教育」「学校生活」「自然保護」など7つのお題に細分され、企業メンターを含む約50名の参加者は7つのグループに分かれて開発を行なった。
最終日は四十万小の教室にて、各チームが10分で自分たちの開発したプロダクトのプレゼンを行った。審査員となったのは、校長や育友会の会員、協力企業の社員、地域住人、そして四十万小学校に通う小学生。プレゼン後には「KITハッカソン協力企業賞」、「自治体特別賞」、子どもたちが選ぶ「審査員特別賞」、そして「KITハッカソン最優秀賞」が発表された。
地域の防災マップを、ITの力でアップデート
最優秀賞に選ばれたのは、チーム「AGITO」の『みんなの安全掲地板(けいちばん)』。彼らは「地域の防災・防犯」というお題の下、地域住人へのヒアリングを通して、長年アップデートされていない防災マップの存在に着目した。
「もともと四十万地区では、地域住人や子どもたちの防災意識を高める目的で、行政が事故の起こりやすいスポットを付記した『防災マップ』を発行していました。しかし、この紙のマップの作成には少なくない時間と予算がかかっていたため、2009年から更新が止まっていたんです。更新頻度が低くてすぐに古い情報になってしまったり、その近くに住んでいる住人しか知らないような危ない箇所が記載されていなかったり……そうした問題を解決しようと考えたのが、『みんなの安全掲地板』です」(KIT情報工学科2年・阿久津幹さん)
『みんなの安全掲地板』は、グーグルマップを活用したウェブアプリケーションだ。「掲示板」ではなく、「地図」の「地」を含んだ「掲地板」というネーミングにした。ユーザーによる危険箇所のリアルタイム更新が可能で、避難所やAED設置場所なども一目でわかる仕様になっている。既存の『防災マップ』が抱えていた課題をITの力でカバーし得る提案に、審査員からの称賛の声が集まった。
『みんなの安全掲地板(けいちばん)』を提案した優勝チームの「AGITO」と、四十万小学校の校長・坂弥久美氏
「今まで、“自分たちのつくりたいものを、好きなようにつくる”ことは、大学で繰り返し経験してきました。しかし、今回のハッカソンのように“誰かの要望を受けて、現実にある課題を解決するためにものをつくる”ことは、初めての経験でした。メンバーと一緒に試行錯誤しながら生み出したものを地域の方々に評価していただけたことは、本当に嬉しかったですね。『他者のニーズに応えるには、自分の得意としている技術だけに固執してはいけない。制限があるからこそ柔軟な発想力が求められるんだ』と実感できたのは、将来において大きな糧となりそうです」(KIT情報工学科2年・近藤豊峰さん)
今後、『みんなの安全掲地板』は実現化に向けて、地域住人や行政を巻き込んだ中長期的なプロジェクトに発展していく見込みだ。発案した学生たちも、継続的に開発に携わる意欲を見せている。
「AGITO」のチームリーダーを務めた金沢工業大学・情報工学科2年生の荻原拓也さん
「ウェブアプリケーションにすることでいつでも誰でも閲覧可能なり、更新性も保つことはできますが、スマートフォンを持っていないお年寄りや小さな子どもたちの目にはなかなか留まりにくいと思います。なので、マップを簡略化して、印刷しても見やすくなるような工夫が必要だと感じています。同時に、子どもたちの防災意識を向上させるために、『みんなの安全掲地板』を用いたオリエンテーリングを企画するなど、リアルなイベント展開も検討していきたいです」(KIT情報工学科2年・荻原拓也さん)
行政よりも、地域住人と直接つながる
企画段階から協力を惜しまなかった四十万小の校長・坂弥久美氏は、「問題解決のための手段としてはもちろん、子どもたちのキャリア教育としても素晴らしい機会だった」と、地域密着型ハッカソンの意義を振り返る。
四十万小学校校長・坂弥久美氏
「プレゼン後の質疑応答で、子どもたちも大人顔負けな質問をしていたことが印象的でした。積極的に関心を持ち、大いに刺激を受けたことの証だと感じます。近年、学校に協力者を招くに当たっては、保護者への説明やセキュリティ上の対策は不可欠になりますが、その手間をかけてでも、こうした大学と連携した取り組みは今後とも続けていきたいと思っています。子どもたちが社会とつながる、貴重な機会になりますから」(四十万小学校校長・坂弥久美氏)
コーディネーターの中沢氏も、これまでとは方向性を変えた今回のハッカソンに、確かな手応えを感じている。学生主体で実益性の高いプロジェクトを生み出せたことも然ることながら、このハッカソンのモデルが「“地方大学における社会貢献の新たなスタンダード”になり得るのでは」と分析する。
「大学の地域貢献と言うと、まずは行政に働きかけるパターンが多いです。それは正しい手順ではあるのですが、どうしても行動が実を結ぶまでに時間がかかってしまう。今回、私たちは最初から地域住人にアプローチをしていきました。行政を通して話を進めるより、コミュニケーションコストは圧倒的にかかりますが、理解してもらえれば実現までのスピードはとても速いです。
アイデアを絵に描いた餅で放置せず、小さい範囲で少しずつ具現化して、目に見える結果を出すことが重要ではないかなと思います。大学が地域住人と直接連携をとって生み出した成果を、行政に吸い上げて広く展開してもらう……このようなボトムアップを目指していくことが、真の地域連携と言えるのではないでしょうか」(中沢氏)
都市圏にさまざまな資本が集中する時代の中、地方で確固たる地盤を築いてきた金沢工業大学。彼らが地域と協同で育てていこうとしている「KITハッカソン」は、これから大学と地域が“豊かな関係性”を築いていくための、格好のケーススタディになるはずだ。
(執筆:西山武志 / 撮影:西田香織)
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