絶滅から救えるか?日本固有種アユモドキをめぐる3つの問題

京都府が発表した、亀岡市での「京都スタジアム(仮称)」の建設計画。今、この計画が、世界で亀岡盆地と岡山県の2カ所にしか分布していない、日本固有種の淡水魚アユモドキの生存に影響を及ぼす懸念が指摘されています。
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2012年12月に京都府が発表した、亀岡市での「京都スタジアム(仮称)」の建設計画。今、この計画が、世界で亀岡盆地と岡山県の2カ所にしか分布していない、日本固有種の淡水魚アユモドキの生存に影響を及ぼす懸念が指摘されています。日本にしか生息していない、絶滅の危機にあるアユモドキの保護を今、何が阻んでいるのか? 各学会に所属する研究者や自然保護団体が、その保全を強く求める中で、障壁となっている3つの課題に注目します。

わずかに残ったアユモドキの生息域で

かつて琵琶湖の淀川水系と岡山県に広く分布していたアユモドキは、アユ釣りの「おとり」としても使われるほどの、決して珍しい魚ではありませんでした。

それが近年、姿を消してきた背景には、大規模な護岸工事や河川改修、水田の圃場整備や、産卵場所である氾濫原の土地改変による自然環境の悪化があります。

そして現在、そのほぼ最後といってよい生息地の一つである、京都府の亀岡市の水田地帯では、「京都スタジアム(仮称)」の建設計画が進められようとしています。

日本生態学会や日本魚類学会では、この計画がアユモドキを絶滅に追いやる可能性があるとして、京都府に対し、計画の見直しを要請。

WWFジャパンも2014年4月、「種の保存法政令指定種アユモドキの生息地における亀岡市都市計画および京都スタジアム(仮称)の計画に対する要望書」を京都府と亀岡市に対して提出しました。

しかし現在のところ、計画を根本的に見直す動きは出ておらず、先行きが懸念されています。

課題その1:具体性の無い対応案

WWFの要望書に対し、2014年6月11日、亀岡市より回答が届きました。 この内容は、同市のホームページでダウンロードできますが、それを見ても分かるとおり、内容は具体性に欠ける回答でした。

例えば、「生物の多様性に及ぼす影響が回避され又は最小となる」ことをめざすにあたっては、専門家や住民の意見を聞いて検討する、と答えるのみで、計画としてどのような方法で回避するのか、明確にしていません。

事業規模や予定地にまで踏み込んだ再検討が行なわれるのかどうかも、この回答を見る限りでは不明です。

それでも、何も回答の無かった京都府と比べれば、亀岡市のこの回答は対話に向けた誠意を示すものといえるかもしれません。

課題その2:地域の意見を聞いていない

WWFの要望書に対する亀岡市の回答は、一貫して地域住民や専門家から意見を聞きながら、事業計画を検討する、とする内容でした。

しかし、京都府と亀岡市が設置した「亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称)に係る環境保全専門家会議(専門家会議)」では、頻繁な議論を重ねられているものの、地域住民や関係団体からのヒアリングは十分に行なわれていません。

日本の生物多様性を保全する最も基礎となる法律である「生物多様性基本法」では、生物の多様性の保全に関する政策形成に民意を反映し、その過程の公正性や透明性を確保することを求めています。

その鍵となるのは、事業者や民間の団体、生物多様性の利用に関する専門家などの多様な主体の意見を広く求め、十分考慮するプロセスと、政策の決定です。アユモドキをめぐるこの問題では、それが欠落しているといえるでしょう。

また、スタジアムに隣接する亀岡駅の北側では、この計画と同時に商業地の開発が予定されており、そのための土地区画整理事業が進められていますが、これについても「住民不在」の指摘がなされています。

この土地区画整理事業の対象となっている水田地帯は、桂川の氾濫時、遊水地として機能し、付近一帯を水害から守ってきました。2013年に大きな被害をもたらした台風18号の際にも、スタジアム建設予定地を含むこの場所は冠水し、住宅地への水の侵入を防いでいます。

しかし、これを開発すれば、市街地に洪水が押し寄せるおそれが出てきます。

このため、周辺住民ら153人は2014年12月5日、事業推進のため市長が認可した区画整理組合の設立の取り消しを求め、亀岡市長を提訴。計画に対する懸念を示しました。

こうした声にきちんと耳を傾け、自然環境やアユモドキ、さらには住民の暮らしに配慮した判断と意思決定のプロセスを守れるのか。非常に懸念されるところです。

課題その3:アユモドキは「聖域」では守れない

この計画の中では、アユモドキを保全するため、サンクチュアリを作る方針が採られようとしています。

しかしこのサンクチュアリとは日本語では「聖域」のこと。神聖な土地や地域として、手を触れたり、入り込んだりしてはならない意味が含まれます。

貴重な自然を守る時、こうした措置を採ることが重要になるケースは、確かにあります。

しかし、アユモドキは「聖域」で生きる生きものではありません。氾濫原という増水期に冠水する草地で育ち、水田のような人が作った湿地環境で採食する、適度な人とのかかわり合いの中で生きてきた魚です。

つまり、その保護には人の積極的な関与と、水田を中心とした水域の景観保全が、どうしても必要となります。

亀岡市の返答にも、そうした点についての言及があり、対応について述べられていますが、現状でそのための議論が十分に尽くされているとは言い難いのが現状です。

強まる保全を求める声

このアユモドキの保護について、日本生態学会は2014年7月、3度目となる要請書を京都府と亀岡市に対して提出。

この中で、アユモドキをはじめとする貴重な亀岡盆地の氾濫原湿地生態系の保全について、学会が深い懸念を持ち、開発行為の一時停止と綿密な環境影響評価の実施、そしてそれに基づく事業の科学的、合理的な見直しをするよう求めています。

さらに8月2日、日本魚類学会が市民公開講座「絶滅危惧種アユモドキ-東アジア風土の象徴、その危機と保全」を開講。日本の水田文化を代表するアユモドキという生物と、その生活史、保全に何が必要なのかを示しました。

続く8月31日には、亀岡地方労働組合協議会が主催し、「サッカースタジアム問題を考えるシンポジウム<第二弾>~どうなる?アユモドキ」が開かれ、WWFジャパンのスタッフも「種の保存(アユモドキ)のあり方を問う」と題する講演を行ないました。

この中で、WWFが強く訴えたのは、野生生物の持つ価値についてです。

野生生物の価値としては、商業的価値、狩猟的価値、美的価値、倫理的価値、科学的価値、生態学的価値、教育的価値などがありますが、アユモドキは、科学的価値や生態学的価値に当てはまるものといえます。

言い換えれば、人のかかわる水田という環境の中で共生する存在であり、その保全は、人類自身の健全な将来を保証するものでもあります。そうした側面から見た「自然史的価値」を持つ淡水魚の一種といえるでしょう。

生物多様性基本法の基本原則には、生物の多様性が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、科学的に解明されていない事象が多いこと、また一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であるとしています。

そして京都府では、1980年代後半に旧八木町で、水田の圃場整備事業を進めた結果、アユモドキを絶滅させた前例があります。

京都府と亀岡市には、この過ちを繰り返すことなく、ただ1種の魚ではなく、日本の生物多様性を守るという視点から、障壁となる課題を取り除き、アユモドキの保護を積極的に進めることが求められています。

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