#inliving #まみむめもちお から考えるYouTube界の新ジャンル。「ルーティン」動画って何…?

朝と夜の“ダラダラしている私”を見せる動画は、YouTube市場に残された、ある可能性を教えてくれる。

YouTube界に新ジャンル「日常系」が登場 

いまYouTubeチャンネルに、いわゆる王道の「YouTuber像」を覆す新ジャンルが出現している。

YouTubeチャンネルといえば、HIKAKINやはじめしゃちょーに代表される「やってみた系」=マルチ系YouTuber、佐々木あさひのような美容系YouTuber、または兄者弟者のようなゲーム実況が主流だった。

だが、ここ最近、頭角を現しているのが「日常系」と呼ばれる新ジャンルだ。

百聞は一見に如かず、ご覧いただいたほうが早いと思うので、さっそくその代表格である2つのチャンネルを紹介したい。

 

【inliving.】

元女優の「りりか」が出演するチャンネル。もともとファンが存在したとはいえ、昨年10月からはじまったチャンネルにもかかわらず、すでに登録者数18万人という人気ぶりだ。

静かでスピードを抑えた舌っ足らずな語り口に、「ワセリン、コンシーラー、グロスのみ」とナチュラルメイクを想像させる化粧品、しかも購入品紹介は無印良品オンリー。彼女のキャラクターは、いわゆる「ていねいな暮らし」を心がける「自然派」の女性といったところだろうか。

最近公開された動画にも、彼女が浅草で購入したおみくじとお土産を静かに見つめたり折ったり説明したりするだけのものがあるが、それだけで約8万回視聴されている。

「inliving.」の強さは、「ていねいな暮らし」「自然派」を示す記号を随所に盛り込み、強靭な世界観が構築されている点だ(実はこのチャンネル、末永光という写真家がディレクションしており、ビジュアルの完成度の高さは当然といえば当然かもしれない)。

また、右手薬指にはめた指輪、たまに見せる遠くを見つめるような表情など、ミステリアスな雰囲気も漂わせている。一貫したキャラクター設定と、「もっと知りたい」と思わせるそうしたつくり込みが、ファンを惹きつけているのだろう。

 

【まみむめもちお】

元歯科衛生士の「もちお」によるチャンネルだ。こちらも、昨年4月に公開し登録者12万人と大人気である。

こたつやぬいぐるみなど、等身大の女性らしい家具や小物が雑多におかれた部屋で、普段着に半纏をまとった20代の女性が料理を作ったり食べたり掃除をしたりする。

チャンネル開設当初は、「逆立ちして牛乳を飲む」「1秒で500ml水を飲む」等の「やってみた系」動画を投稿していたが、最近はそうした「一人暮らし独身女性のリアルな日常」をそのまま撮ったような自然体の動画にシフトしている。

「食器洗いが面倒で溜めてしまう」「朝大慌てで家を出るので家が散らかってしまう」など、「面倒にならないよう食器はすぐ洗う」「朝は7時過ぎに自然と目が覚める」という「inliving.」のりりかとは対照的に、「ダメなところを積極的に見せる」姿勢が男女問わず共感を呼び、好感度を上げている。

日常系YouTuberの最大の武器は「ルーティン」動画

これら2つのチャンネルの武器は、どちらも「ルーティン」動画である。朝起きた直後や、帰宅してから寝るまでの間にすること、自分の様子などを紹介するものだ。

「赤の他人の生活を覗き見ることの何が楽しいのか」という疑問が生まれるが、inliving.のモーニングルーティンは120万回再生、もちおのナイトルーティンは161万回再生とどちらも驚きの再生回数である。

なぜ、視聴者は「ルーティン」動画にハマってしまうのだろうか。

今回紹介している2つのチャンネルは、それぞれ異なる楽しみ方をされているようだ。

「inliving.」を好んで観ているという何人かの知人に聞いたところ、

「普通にかわいいから観ていて飽きない」(男性)
「映画を観ている感覚」(男性・女性複数)
「無印で買い物している感じ」(女性)

このような感想が挙げられた。

先述の通り、写真家が編集に携わっているので、映像作品としての完成度は当然一級品である。カメラアングルやBGM、光の使い方など、映像初心者の私でもわかるほどクオリティの高い映像だ。

そこに、つくりこまれた世界観とキャラクターが合わさって、例えば岩井俊二監督の映画を観ているような感覚に浸ることができるのだ。「無印で買い物」する時のように、目的を持たず、ただその雰囲気を楽しむためにルーティン動画を観ているのが、「inliving.」の視聴者なのかもしれない。 

「映像、雰囲気を楽しむ」感覚と、「共感、安心したい」欲望

一方、「まみむめもちお」のコメント欄をに目をやると、

「突然片づけしたくなっちゃうのわかる笑 それで寝不足になるよね」
「かっこつけたYouTuberが多い中で新鮮で楽しい」
「ありのままの姿をさらけ出す勇気がすごい」
「ダラダラしているの私だけじゃないって安心できる」

といった内容のコメントが多数。

また、「料理しているだけ偉い」「節約しているところに生活力を感じる」といったコメントもちらほら目につく。

理想的で美しいルーティンを見せる「inliving.」に対し、意図的か否かは定かではないが、あくまで自然体のリアルな姿をそのまま見せる姿勢を貫く「まみむめもちお」。できない姿もそのままさらけ出す様子に、好感を抱き、共感するという視聴者が多いようだ。

それに加え、簡単とはいえ料理している、野菜は再生できるものは育てるなど、だらけているだけではなく節約している様子への好感度も高い。

共感が生む安心感、そして、「自分よりも少し『生活』ができる友達」を応援しているような感覚を、人々はもちおに抱きながら眺めているのだろう。

YouTubeにはまだまだ可能性がある

2つのチャンネルからは、やや飽和状態にある現在のYouTube市場に残された可能性が見えてくる。

YouTubeチャンネルには、まだまだニッチなターゲットがあるということだ。

「inliving.」のように「無印系」「自然派」「ていねいな暮らし」といったキーワードに興味を持つ特定層にリーチできているチャンネルは意外と少ない。大衆向けを前提につくられているチャンネルが多い中、そのエアポケットに見事に入り込んでいった「inliving.」は実に華麗だ。

このチャンネルが狙っている層のように、「確実に存在する一方で、YouTubeという媒体においては“縁がない”存在とみなされてしまっている」ニッチなターゲットはまだまだあるはず。例えば、マガジンハウスの雑誌『GINZA』が対象にしているようなモード系など…。

また、「もちお」の共感・好感度の高さからは、いまの時代、YouTuberが努力次第でテレビタレントと並ぶ、またはそれ以上の存在になれる可能性を秘めていることが分かる。コンテンツ自体の面白さはもちろんだが、若い世代にとってはテレビ以上に身近な存在であるYouTubeというメディア。動画数を増やせば視聴者接点も増やせるその特性も、十二分に活かされた結果ともいえる。

固定観念をぶち壊し、新しいジャンルをどんどん切り拓いていくYouTuberたち。環境変化に呼応し、進化するYouTubeから、まだしばらく目が離せない。