後藤健二さんが過激派組織「イスラム国」に殺害されたとみられるが、「イスラム国」の冷酷ぶりをあらためて印象づけるものである。殺害は、「交渉期限」を設定しての、予告通りの蛮行だった。「イスラム国」とすれば「交渉」によって得られる実利はなかったが、有志連合に協力することが日本、あるいはその他の国々の利益にならないことを訴え、「有志連合」の足並みの乱れを誘うことも目的だったのではないか。
実際、後藤さんの解放に向けてリシャウィ死刑囚(ヨルダンに収監中)の釈放という要求を突きつけられたり、「イスラム国」に拘束された空軍パイロットの解放を求める声が自国で高まったりしたヨルダンでは、「イスラム国」空爆への参加からの撤退を求める世論も出始めた。「イスラム国」は世界が注目する「劇場」の中で自らのイデオロギーや活動を訴えることによって、一定の目的を達成することになった。
「イスラム国」に参加しているメンバーたちの中に外国人がいることも強調されるが、その主体となっているのはイラク人たちだ。イラク国民たちは、1990年代から苛酷な経済制裁を受け、正当な根拠のないイラク戦争で10万人とも50万人とも見積もられる多数のイラク人が犠牲となった。
日本人はともすると過去のことを忘れがちだ。日本の小泉政権は不合理なイラク戦争に真っ先に支持を表明したが、そのことの検証は日本では行われていない。日本政府や日本人には、「イスラム国」が支持される背景となっているイラク人たちの深い悲しみや彼らの生活上の困難に思いを寄せることが重要だ。
解放の対策本部をヨルダンに置いたことも「イスラム国」との交渉を複雑にさせた。ヨルダンは「イスラム国」との関係が険悪で、そのために「イスラム国」はヨルダン政府に対して要求を出すことになり、交渉の主体が日本政府ではなく、ヨルダン政府になってしまった感もあった。
これがもし、「イスラム国」と対話のチャンネルをもつトルコに対策本部を置いていたら、後藤さんの解放の条件も日本にしか向けられなかったことと思う。トルコは、2011年の「アラブの春」発生後、シリアのアサド政権が打倒されることを望み、反アサドの武装集団のメンバーたちや武器・物資がトルコからシリアに向かうことを黙認してきた。
安倍首相は米国との集団的自衛権の提唱など、親米的な外交姿勢を鮮明にしている。しかし、その米国の対中東政策は、イスラエルを支援するロビー(圧力団体)の影響を受け、また軍需産業の意向や利益によって形成されている。
それが、米国の極端なイスラエル支持の姿勢となったり、中東で繰り返される米国の戦争となったりしてきた。そうした特殊な米国の中東政策につき合うことが日本人の安全を高めるなどの利益になるとは到底思えない。
安倍政権は、パレスチナ人というムスリム同胞たちを殺害するイスラエルとの防衛協力を進めている。経済優先という方針とともに、イスラエルの最大の同盟国である米国を意識した方針だろう。日本はこれ以上「イスラム世界と欧米の衝突」に巻き込まれないための慎重な配慮や外交政策の実行が今回の事件を受けてますます必要になっている。