名画を盗んだのは「高齢者のTV受信料を無料にするため」。60年前の事件、驚きの真相とは

映画「ゴヤの名画と優しい泥棒」で描かれた1961年の盗難事件。犯行理由は驚くべきものでした

約60年前の1961年、ロンドンの美術館「ナショナル・ギャラリー」から、1枚の絵が盗まれる事件が起きた。

一夜のうちに忽然と姿を消したのは、フランシスコ・ゴヤが手がけた「ウェリントン公爵」。

1812年にナポレオン率いるフランス軍を倒し、マドリードに入った初代ウェリントン公爵のアーサー・ウェルズリーを描いた肖像画だ

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ゴヤが描いた「ウェリントン公爵」
Heritage Images via Getty Images

ザ・レディによると、ナショナル・ギャラリーから絵が盗まれるのは初めてであり、事件は社会に衝撃を与えた。

さらに犯行後に送られて来た手紙に書かれた内容に、人々は驚かされることになる。

犯人は手紙で「14万ポンドを慈善団体に寄付せよ」と要求したのだ。

なぜ犯人は、慈善団体への寄付を求めるのか。理由がわからないまま捜査が続けられたが、犯人と絵の行方はつかめなかった。

犯人が語った、驚きの犯行理由

事件が大きな展開を迎えたのは1965年だ。61歳の元バス運転手ケンプトン・バントンが、犯人だと名乗り出たのだ。

予想していたのとは異なる犯人像に、警察は最初、バントンの自白に懐疑的だった。さらに、彼が語った犯行理由は驚くべきものだった。

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「ウェリントン公爵」盗難事件の犯人として自首したケンプトン・バントン
PA Images via Getty Images

ナショナル・ギャラリーによると、バントンは「高齢の年金受給者のテレビ受信料を支払うため、14万ポンドを慈善団体に寄付するつもりだった」と説明したのだ。

実際、バントンは以前から高齢の年金生活者のBBC受信許可料支払いに反対する活動をしており、自身も受信許可料を支払わなかったために短期間刑務所に入れられた経験があった。

実はバントンが要求した「14万ポンド」は、イギリス政府がこの絵を購入した金額だった。

絵は盗まれる前、ロンドンでオークションにかけられ、アメリカの美術品収集家チャールズ・ライツマン氏が14万ポンドで購入した。

ところが、イギリスの歴史上重要な絵が国外に流出することは物議を醸し、イギリス政府とウォルフソン財団が、同額の14万ポンドで買い戻すことにしたのだった。

ガーディアンによると、当時の14万ポンドは現在の200万ポンド(約3億1200万円)以上に当たる。

バントンは、「受信料の支払いもできない年老いた年金者たちがいるのに、14万ポンドもかけて絵を買い戻すのはおかしい。優先事項が間違っている」と考え、絵を盗んだと主張した。

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戻ってきた「ウェリントン公爵」の状態を確認する、ナショナルギャラリーのスタッフ(1965年5月24日)
Douglas Miller via Getty Images

孫が語るバントンの人間像

まるで小説のようなこの名画盗難事件を映画化したのが、『ゴヤの名画と優しい泥棒』だ。

映画では、正義感が強いながらも、どこかコミカルで愛さずにはいられないバントンの魅力を、盗難事件の真相とともに描いている。

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『ゴヤの名画と優しい泥棒』のケンプトン・バントン
©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

この事件の映画化を持ちかけたのは、バントンの次男ジャッキーの息子であるクリス・バントンさんだ。

クリスさんはバントンが亡くなった年に生まれたため、バントンに直接会ったことはない。しかし映画化を提案するにあたり、事件や祖父について父親に詳しく聞いた。

クリスさんによると、バントンは欠点だらけで自分勝手な一面もあった一方で、楽観的で自分の信念を貫く生き方をした人だった。

例えば映画では、バントンが上司から差別的な暴言を浴びせられた同僚をかばい、職を失う場面もある。これは実話に基づいているという。

「自分を主張することや、正しいことを正しいと言うのを恐れずに生きてきた人だと思います。そのために職をいくつも失ったのですが、それが彼の人柄だったんでしょう」

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『ゴヤの名画と優しい泥棒』で、年金受給者のBBC受信料免除を訴えるバントン
©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

それにしてもなぜ、バントンは年金受給者のBBC受信料免除にこだわったのか。

クリスさんはその理由を「父親の影響が大きい」と説明する。

バントンの父親は第一次世界大戦で負傷し、老後は自由に出歩くことができなくなった。そのため、孤独な生活を送っていたという。

また、暮らしていたのは貧しい地域で、住民にとって受信料はかなりの大金でもあった。

「当時はもちろんインターネットはなく、BBCが唯一の情報源でした。孤立していた父親がいつもBBCを見ていたことで、BBCは孤立している年配の人々を救うと感じ、年金受給者や退役軍人には無料で提供するべきだと考え始めたんだと思います」

さらに、祖父のバントンと妻のドロシー自身も戦後経済が復興しない中で、貧しい生活を送っていた。

「常に貧しい側から物事を見ていたので、政府が絵画に大金を費やすというのは本当に信じられないことだったのでしょう。年金受給者などのために使う方が、ずっと良いお金の使い道だと思っていました」 

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『ゴヤの名画と優しい泥棒』で、自宅でダンスするバントンと妻のドロシー
©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

高齢者の受信料を無料にというバントンの願いが叶ったのは、盗難事件が起きてから約40年後の2000年だ。イギリスではこの年以降、75歳以上の高齢者の受信料支払いが免除された

その一方で、貧困や格差の問題は深刻化している。

国際団体オックスファムは1月、世界で最も裕福な10人の資産はコロナ禍で倍増した一方で、何百万人もの人々が貧困に追いやられたとする報告書を発表した。

クリスさんは「格差は広がっていますよね。もし祖父が生きていたら、問題に対して苦言を言っているんじゃないかなと思います」と話す。

バントンは自首した後、絵画の窃盗を含む5つの罪で裁判にかけられた。

しかしこの裁判は、正義を信じ貧しい者のために行動してきた人にとって希望となるような結末を迎える。

さらに予想外の展開も待っている。最後に明らかになる事件の真相とは――。

 

※『ゴヤの名画と優しい泥棒』は2月25日から 全国で公開されます。