人種差別と警察官の暴力行為に反対する「Black Lives Matter(BLM、黒人の命は大切だ)」運動が、全米で驚くべきスピードで広がりをみせている。
ニューヨーク市が警察規則の見直しを表明し、大企業が次々にBLMを支援する広告を出すなど過去にはなかった展開ぶりだ。
黒人のジョージ・フロイドさんが中西部ミネソタ州で、白人警察官に8分46秒ものあいだ、首を圧迫されて亡くなったのは、5月25日。直後からのデモの広がりは3週目に突入し、連邦議会までが警察改革の法案に着手した。
歴史を振り返ってみると、黒人女性ローザ・パークスさんが、白人に席を無理にゆずることを拒否して「誇り」を示したバス・ボイコット事件(1955年)から、アメリカ国内で人種差別を禁じる公民権法の成立(1964年)までは、9年かかった。
しかし、今回のBLM運動はわずか数週間で、根強かった黒人差別を取り巻く環境を大きく変えようとしている。何が起きているのか。現場を歩いてみた。
黒人差別の真実を素早く伝えたのは、スマホだった
「動きの速さには、本当にびっくりしているんです」
そう語るのは、黒人男性と結婚して23年になる、日本人ライター・エディターの黒部エリさん。ニューヨーク在住26年で、社会現象やエンタテインメントに詳しい。
「今回のBLM運動は、まさにスマートフォン時代の産物。フロイドさんが殺害されたビデオもスマホで撮影され、SNSなどで拡散された。スマホのおかげで何が起きたのか、真実が目に見える形になった」
政府や自治体、企業の反応の速さについては、こう分析する。
「ニューヨークのデブラシオ市長が、警察規則の見直しを打ち出したのは、政治生命がかかっている出来事だと気がついたからです。今の若い黒人たちの声を聞かないと政治家は票を失い、企業は消費者とビジネスを失うことになる。すごい変化です」
散歩中の白人女性が発した一言が「はじまり」だった
ニューヨークで日系企業を支援するコンサル会社経営のイヴォンヌ・バートンさんは、ジャマイカ出身の黒人だ。
彼女は、フロイドさんの殺害事件と同時にビデオがSNSなどでシェアされたセントラル・パークでの出来事に“伏線”があったと言う。
自然保護エリアで犬を放して散歩していた白人女性エイミー・クーパーさんを見かけた黒人男性クリス・クーパーさん(エイミー・クーパーさんと家族関係などはない)が「綱をつけてください」と話しかけたところ、エイミーさんがパニックになり「アフリカ系アメリカ人に命を脅かされている」と警察に通報した出来事だ。
その一部始終がビデオ(下記のTwitter投稿参照)で撮影されていたため、クリスさんが単に「話しかけていただけ」だという証拠は残っていた。
警察は動かず、彼女が働いていた大手投資会社は「人種差別は許されない」と彼女を即解雇した。
「黒人に攻撃されている、と警察に通報すれば、警察が黒人にどのような対応をするのか、彼女は”知っていた”」とバートンさんは言う。
黒部さんもこう指摘する。
「エイミーさんは、自分が白人女性で黒人男性に脅されていると訴えれば、有無を言わさず『黒人が逮捕される』ということをわかった上で、“特権階級”としての切り札を使ったんです。『白人はいざとなれば、切り札を使うじゃないか。やはり差別しているじゃないか』と人々の怒りをかったんです」
犬を散歩中の女性に通報された男性のクリスチャン・クーパーさんの家族、メロディ・クーパーさんのTwitterより
「世界が、あれは“殺人”だと知った。新しいアメリカになる」
バートンさんは、フロイドさんが“殺害”されたビデオを見て、胸が張り裂ける思いだったという。
「8分46秒もの間、警察官は涼しい顔で落ち着き払っていて、まるでタバコでも吸い出すのではないかという表情だったのが、さらに一層恐ろしかった。黒人にはそうしてもいいと警官は訓練されているんです」
「でも、今は世界があれは“殺人”だと知った。ジョージが死ぬ前にあったアメリカは、新しいアメリカになるでしょう」
毎朝、彼のスマートフォンには「無事か?」と尋ねるメッセージが5 , 6通届いている
筆者の友人で南部ノースカロライナ州ローリーに住むボーカリスト、ダニエル・チェイベスさんは、違った見方だ。
彼の先祖は300年以上前、欧州から移民した富裕層の家族とともに渡米した召使いで、地元ローリーには「チェイベス記念公園」があるほどの旧家だ。ローリーは、人口の約3割が黒人と、全米の人口に占める割合の12%より高い。
彼が最初に語ったのは、デモが始まってから、ローリーにある創業60年の質屋を暴徒が破壊した事件だ。
「ここに住む黒人は、いかに歴史ある質屋かを知っているから絶対にそんなことはしない。外部から来た連中の犯行であるのは間違いない。今の運動は広がれば広がるほど、それをよく思わない人々にストレスを与える。最悪の運動だ。黒人にとって自殺行為になり得る。マーティン・ルーサー・キング牧師は、公民権運動の終盤に殺された。今は、コミュニティの仲間が心配でならない」
毎朝、彼のスマートフォンには「無事か?」と尋ねるメッセージが5,6通届いているという。今まではなかったことだ。警察の改革論議などは、変化の兆しではないのか?と聞いてみた。
「そんなことが現実になるのをこの目で見るまで、信じないね。僕たちは、黒人であるという現実を日々生きているんだ」
「この運動は、人々を勇気づけるし、インスピレーションも与えている」
アロエイ・ティソーさん(23)は6月12日、Strategy for Black Lives(黒人のための戦略)というグループを率いて、黒人女性のためのデモを計画、実現した。同グループは、人種問題を解決する政策実現を目標に、若い人を中心に形成され、若い人に投票の仕方やどの議員に投票したらいいのかを伝えていく。
同日のデモでは、ニューヨーク市議会議員の数や議席の過半数についてクイズ形式で伝え、6月23日に行われるニューヨーク州予備選挙に行くように訴えた。
ティソーさんら20代前半の運動家らは、若い人の意見を政策に取り込むために設けられているニューヨーク市の「青少年協議会」にも加わることが決まっている。
人種差別反対を訴えるだけでなく、差別問題解決のための具体的目標がある点に、彼女たちの活動とデモに大きな特徴がある。
「この運動は、人々を勇気づけるし、インスピレーションも与えている。なぜなら、今現在、どういったメッセージの伝え方が必要かきちんとわかって行動しているからです」
とティソーさん。
この日は、500人以上が集まり、半数以上が白人などだった。1960年代の公民権運動は当初、黒人を中心に集まり、ハーレムという黒人居住区でデモを行って警察と激しく対立したこともあった。
ティソーさんらはニューヨークの目抜き通りを4時間に渡り平和的に練り歩いた。
「いいデモだったよ」と伝えると、「ありがとう!」と満面の笑みがかえってきた。
黒人雇用のグーグルやアップル。本当に多様性を広げるのか「監視が必要」
前出のバートンさんは、グーグルやアップルなど大企業が、社員の多様性を広げるため黒人を雇用すると発表したことについても、実行されるのかどうか、監視を続けることが必要だという。
「雇うだけでなく、黒人を活用し、価値を見出し、耳を傾け、真の意味で融合させていく仕組みが大切です」(バートンさん)
彼女は、最後に重要なのは「投票に行くということ」だと強調した。
「今までに人々は、本当に有権者に心を寄せている人物ではなく、政治的な成功を求める人を選出してきたが、ホワイトハウスだけでなく、地方レベルでもそういう政治家を追放していかなければなりません」
BLM運動の展開によっては、11月3日に投開票のアメリカ大統領選挙にも大きな影響を与える可能性がある。