伝統文化コミュニケーター・満茶乃さんインタビュー −救いを生む「かたり」−

「迷いながらも、しあわせに生きていくための道は用意されている」
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撮影:山口隆太

毎日ほんとうに暑いですね......。

暑さをしのぐための日本古来の方法と言えば......そう「怪談」!

毎年、この時期になると、多くの媒体で怪談がらみの特集が組まれます。

でも、そもそも「怪談」ってなんのためにあるんだろう?

ただ人を怖がらせて、背筋を凍らせて、それで終わり......?

それってなんだか味気ないような......。

そんな風に思っていたところ、ひとりの女性と出会いました。

彼女の名は満茶乃(まさの)さん。

伝統文化コミュニケーター、かたりパフォーマーとして、日本の伝統芸能を独自に解釈した芸を、幅広い世代に向けて、非常にわかりやすく発信されています。

満茶乃さんの活動のひとつの柱に「古典怪談」のかたりがあるのですが(「怪談グランプリ2018」(関西テレビ、7月22日深夜1:00〜)にも出演されています!)私は、彼女の芸に出会って、はじめて「怪談」の意義を知ったのです。

「憑依型」とも評される、非常に完成度の高いパフォーマンスの向こうに見えてきたのは......「救い」ということばでした。

幽霊だって、幽霊になるだけの理由があるし、化けて出るにも相応の理由がある。それを伝えてあげないことには、物語として成立しないというか、物語が成仏しないんじゃないか、と私は感じていて。なので、お話を構成するときは、私なりにそこの部分を深く掘り下げて、演じるときも、同じくそこの部分をピックアップしてやるようにしています。お客さんにも、なにか「そうか」と腑に落ちるものがあるように、伝わるように願いながらやっていますね。 (以上、本文より)

これは、怪談だけじゃなく、満茶乃さんの芸全般に共通して感じられるものです。

彼女は、「かたり」を通して「救い」を生んでいるのでした。

ここには「芸」というものの本質がきっとある!

そんな予感に打ち震えた私は、満茶乃さんの世界観をもっと深く知りたくて、ロングインタビューを敢行しました。

ご自身の生い立ちから、現在の活動に至るまでの道、どんな思いを持って活動をされているのか、とことん聞いてみましたよ!

どうか、最後までじっくりお読みくださいませ。

■かたりを通して「種まき」を

−−本日はどうぞよろしくお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

−−まずは満茶乃さんの現在の主なご活動からお聞かせいただけますか?

いまは「福地空果梨堂(ふくちうっかりどう)」の屋号のもとに、「うっかり母ちゃんのにほんばなし」というお話会を主催したり、「古典怪談」の「かたり」をしたり、お能の脚本を現代語に起こしてかたって、時に解説も入れたりして、みなさんにお伝えする「能がたり」という芸能を作ったりしています。ほかに、薩摩琵琶奏者の方と「尸童~よりまし~」というユニットを組んで活動したり、着付けの教室を開いたり......。日常の中にある日本文化を堅苦しくなく伝える活動をいろいろさせていただいています。

−−かなり幅広くご活躍ですね! その中でも主軸となるのは?

軸をひとつに定めることはしていないのですが、最初にはじめた活動は「うっかり母ちゃんのにほんばなし」でした。そこから派生して、現在のさまざまな活動につながっていったという感じです。

−−「うっかり母ちゃんのにほんばなし」とは、どういった場なのでしょう?

これがなかなか一言では表しづらい場で(笑)。「子どもと一緒にたのしい場を過ごそう」というコンセプトの元にいろいろなことをやっているのですが、ごく簡単にまとめるのなら、親子向けの絵本の読み聞かせと、それに関連する季節や日本文化、伝統などのお話を織り込んだ交流の場、ということになりますかね。でも、単にお話を聞いてもらってそこで終わりではなくて、かならず、なんらかの気づきや発見を持って帰ってもらえるように、お話や場を構築するようにしているんです。それがいちばんの特徴ですね。

−−なるほど。具体的にはどういうことをされているのでしょうか?

たとえば、誰もが知っている昔話でも、細かく見ていくと、そこに日本ならではの季節感が表現されていたりするわけです。このお話には、このお花が出てくるから、季節は春だね、とか、秋だね、とか......。そういう、一見しただけでは見落としてしまいがちなところを、絵本と絵本の間に、適宜、お話として織り込んでいく。そこにまったくあたらしい驚きや発見が生まれて、そこから親子の会話が生まれて......と、その先につながっていくものが生じていくんですね。だから、おもて面、絵本を読んで、ちょっとお話をするだけの会なんですけれど、実は、私としては「種まき」のつもりでやっているんです。

−−種まき、ですか。

その種は即座に芽吹かなくてもいいんです。種がまかれたということ、それ自体が大切だと思うので。それに、どんな種を持って帰ってくれるのかは、それぞれの子どもさんや親御さん次第。私が「これを持って帰ってね」と指定することはしないようにしています。気づきさえあれば、いずれ、しかるべきタイミングで、必ずなにかにつながっていきますから。私はいろんな種類の種をまくだけですね。あとはそれをどう芽吹かせようが、どう育てようが、どう料理しようが、みなさんの自由です、っていう。

■世阿弥のことばにショックを受けて

−−「気づき」を大事にしているというのは、「うっかり母ちゃんのにほんばなし」以外の満茶乃さんのすべてのご活動にもつながっていきそうなお話ですね。

そうですね。親子を対象にした「うっかり母ちゃんのにほんばなし」でも、主に大人を対象にした「古典怪談」や「能がたり」でも、私の活動をきっかけに、見てくださった方、聞いてくださった方が、どんなものであれ、なにかしら、これまでの人生になかったあたらしい視点を持ち帰ってくださったらうれしいな、と思いながらやっています。

−−その場でお客さんにお話をたのしんでもらうだけじゃなくて、その後のそれぞれの生活の中に広がっていくものを見据えて活動していらっしゃるんですね。

「生活」というのは、私の活動のひとつのキーワードになると思うんです。芸事であれなんであれ、文化というのは、生活と切り離されたところには存在できない。切り離すとしんどいものになってしまうと思うんです。私の活動も、すべて、私個人の生活、私個人の人生をベースにして生まれています。

−−先ほど「うっかり母ちゃんのにほんばなし」が現在のさまざまな活動の原点だった、とうかがいましたが、こちらの活動は、どういう経緯で生まれたのでしょうか? 活動を始められたのは2014年ですよね?

「うっかり母ちゃん」としての活動をはじめたのはここ数年のお話ですね。でも、それ以前に、「子育て」という分野に昔から非常に強い関心を持っていたということがあるんです。実は、私の母が幼稚園の教諭をしていて。幼い頃から日常のいろんな場面で、幼児教育や子育てに関するいろんなお話を聞かせてもらっていたんですね。

−−そういった背景があったんですね。それで、ごく自然に「子育て」に興味を持たれたと。現在、実生活でも、満茶乃さんは、3人のお子さんを育てていらっしゃいますよね。

はい。10歳の娘、5歳の息子、2歳の息子の3人姉弟です。幼い頃から母に聞かされていた子育て理論と、世阿弥のとなえた理論を、現在、実地で試しているところです。

−−世阿弥のとなえた理論というのは?

世阿弥は実父である観阿弥とともに能を大成した人物ですが、彼の能の理論は、実は子育てにも通じるものがあると、私は感じているんです。具体的に言うと『風姿花伝』の中に「年来稽古条々(ねんらいけいこじょうじょう)」という項目があるのですが、私、これに大感動してしまったんです。

−−「年来稽古条々」ですか。そこにはどういったことが書いてあるのでしょう?

簡単に言えば、「それぞれの年齢ごとに稽古の仕方を変えるべし」みたいなことですね。たとえば、5歳の子に最初に稽古をさせるときは細かい真似事を教えるな、といったようなことが書いてあるんですよ。無理をさせるとその子がやる気を失ってしまうから、って。......すごくないですか? 世阿弥って男の人ですよ? 子育てのプロじゃなくて芸事の分野の人ですよ? それでこの発言! 私、すっかり感動してしまって......。ここを読んだときに、私の中で「伝統文化」「伝統芸能」と「子育て」がピタッとつながった気がしたんです。「ああ、そうか、伝統をつなげるということと、子どもを育てるということは一緒なんだ!」って。この気づきが、いまの私の活動の原点になっているんです。

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撮影:山口隆太

■「子育て」と「伝統芸能・文化」はつながっている

−−その気づきがあったのはいつ頃のお話ですか?

高校生二年生のときです。

−−高校生にして世阿弥の『風姿花伝』を手に取るとは、なかなか渋い女子ですね......! なにかきっかけがあったのですか?

もともと、母方の祖母の影響で、お能という芸能には親しんでいたんです。それこそ、小学生の頃から、年に一度はお能の鑑賞に連れていってもらったりして......。でも、自分から積極的にその知識を深めようとは思っていなかった。そんな中、高校一年生の時ですけれど、私、オーストラリアに短期のホームステイに行ったんですね。そこでホストファミリーに日本の伝統文化についていろいろと質問されたんですけれど、私、まったくうまく答えられなかったんです。それが悔しくて、恥ずかしくて、モヤモヤを抱えて日本に帰ってきた、という経験があって。ちゃんと日本文化や伝統芸能について知っておかなきゃ、という意識はその時に芽生えました。

−−なるほど。日本文化を深く知ろう、という意識から、世阿弥の本を手に取ったわけですね。

そうですね。......まあ、正直に言えば、直接のきっかけは「世阿弥が美男子だった」という情報を得たことだったんですけれど(笑)。美男子の書いたものを読みたい一心で、学校の図書館に駆け込んで、「世阿弥の本はありますか?」って(笑)。でも、結果、そこで出会った「風姿花伝」の中の「年来稽古条々」の項目のひとことにショックを受けて、ある意味、人生が変わってしまったんですよね。もともと興味のあった「子育て」という分野と「伝統文化」や「伝統芸能」がカチッとつながって、ああ、これをもっと深く学びたい! って。

−−いずれ自分がお母さんになって子育てをするときに、伝統文化・芸能の伝えている智慧が役立つだろう、と思ったわけですね。うーん、興味深いです! そして、その後、実際に伝統の世界に入っていかれた、と。

そうですね。高校卒業後、京都造形芸術大学の歴史遺産学科に進学し、部活も能楽部に入り、本格的に日本の伝統文化・芸能を学び始めました。

−−能楽部というのは? お能を研究する部活ですか?

研究というよりは、実際に演者として稽古をして、舞台に立つこともします。たのしかったですよ。当時の能楽部にはかなり濃いメンツが集まっていましたから(笑)。能の動きってかなり直線的なんですね。京舞や座敷舞にあるような斜めの動きがない。端的に言ってたおやかさがないんです。でも、そんなすごく限られた型の中で、やっぱり、それぞれの演者の個性が出るんですよね。そういうのも面白くて、毎日夢中になって稽古に励んでいました。

−−青春の真ん中に能があったわけですね。

そう(笑)。でも、結局、大学は途中で辞めてしまったんです。私、良くも悪くもなんでも突き詰めすぎる性格なので、勉強も、お能も、人間関係も、ぜんぶ真面目にやりすぎてしまって。ほかにもちょうどその頃いろいろと重なって、結果、鬱病を患ってしまって......。

−−大変でしたね......。

まあ、大変な時代でしたね。でも、それもぜんぶいまの活動につながっているので、必要な経験だったとは思っています。

■デコボコな人間でもたのしく生きられるような子育てを

−−大学をお辞めになってから「うっかり母ちゃん」としての活動を始めるまでの経緯は、どのようなものだったのでしょうか? その後もお能の稽古は続けていらっしゃったのですか?

鬱になってから2年間は稽古もできなかったんですけれど、不思議なご縁で、いまの師匠に出会って。それで自分の身の上を話して「もう一回やりたいです」と。それが2005年のことだったかな。そこからしばらくは、飲食業をやりながら、休憩時間に抜けさせてもらって、お稽古に行かせてもらって......っていうのを続けていました。でも、それはあくまで「趣味」だったんですね。そんな中、夫と出会って、結婚して、一人目の子どもが生まれて......。

−−実際に「子育て」をすることになったのですね。

はい。やっぱり、昔から「将来自分に子どもが生まれたら、こんな子育てをしたい」という強い思いがあったんですよね。私自身、発達にかなり偏りのある子どもだったので、家庭教育、学校教育の中で、いろいろと細かく傷ついてきたんです。その経験を逆に生かして、私のようなデコボコな人間でもたのしく生きられるような、柔軟でハッピーな子育てを生み出していこう、と思っていました。そこに、さっき言った世阿弥の理論だったりとか、自分が実際に学んできた伝統文化・伝統芸能で得た智慧だったりは、絶対プラスに活かせるはずだ! って。

−−それで、実際にご自身の子育ての現場で「検証」を始められた、と。具体的には、どのように、伝統文化・芸能の智恵を子育てに生かしていったのでしょう?

日々の生活の中で、しかるべき選択肢をこちらがしっかり用意して示してあげるとか、そのあたりのことは割とやっていますね。たとえば、今日のお菓子は最中(もなか)です、と。そのときに「この最中、紅茶でいただく? それともお抹茶立てる?」って子どもに聞いて、本人に選ばせてあげる、とか。あと、お出かけをするときも、「お洋服にする? それとも着物にする?」って聞いて、子ども自身に選ばせてあげる。そういうことを繰り返していくと、今度は子どもの方から、自主的に、「このお菓子にはお抹茶を合わせたい!」とか、「今度どこどこに行くときは着物で!」とか言い始めるんですね。

−−なるほど。「これが正解!」と上から一方的に答えを押し付けるのではなくて、あくまで子どもの自主性にまかせるのですね。TPOに合わせつつも、その時々の「自分なりの正解」を選びとっていく力がつきそうです。素晴らしいですね!

そう言っていただけるとうれしいです。

■苦しみの中で見出した光が「うっかり母ちゃん」の活動

−−いまのお話はほんの一例で、満茶乃さんは、子育て全般にわたって、伝統文化・芸能の智恵を活かしているわけですよね。それを、現在、「うっかり母ちゃん」の活動の中で、ご縁ある方々にシェアされている、と。こういう風に、伝統文化・芸能をベースとした子育てを広く発信しようと思ったきっかけはなんだったのでしょう?

直接的なきっかけは、二人目の子の妊娠でした。妊娠中に切迫流産になってしまって、絶対安静を命じられて、まったくからだを動かすことができなくなってしまったんですね。それが私にはかなりつらくて......。家族のお世話がまったくできないことで自分を責めて、再び鬱っぽくなってしまったんです。

−−鬱病が再発してしまった?

そこまで深刻なものではなかったのですが、そのときに、私、自分のこれまでの人生を深く深く振り返ってみるということをしたんですね。そうしたら、いくつかキーワードになるようなものが浮かんできて、次の瞬間にパタパタッてつながったんです。いままでは家の中だけでやってきたことを、こういう風にしたら外向けに発信できるぞ、っていうのがパッと降ってきた。それが「うっかり母ちゃんのにほんばなし」の大元の構想でした。

−−苦しみの中で見えた「光」が、その構想だったのですね。

そうですね。陰があって陽がある、じゃないけれど、鬱の症状の最中にいるときはほんとうに苦しいんですけれど、「どうしてこうなったんだろう」と自分の人生を振り返ることで、大きく整理できる部分があった。知識だけじゃなくて、上の子を産んでからの5年間、自分が実際に子育てを経験して、その中でやってきたこと、感じてきたことをどう伝えていくか、それをじっくり考える時間になったんですよね。苦しみを乗り越える途中で、大きなギフトのようなものがやってきたので、自分にとってはほんとうに大事な経験だったな、と思います。

−−その後、二人目のお子さんを無事出産されて、そこから「うっかり母ちゃん」として活動を始められた。そこから先の展開を教えていただけますか?

しばらくは「うっかり母ちゃんのにほんばなし」一本で活動していたのですが、そのうち、「大人向けのかたりもやって欲しい」とお声かけいただいて。それで、じゃあ、古典怪談をやってみようかな、とか、能のストーリーをかたりに起こしてみようかな、とか、そういう風にして、だんだん活動の幅が広がっていきました。

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撮影:山口隆太

■物語には「救い」がなければいけない

−−今度は「古典怪談」や「能がたり」のお話を聞いていきます。それらを構成したり、実際に演じたりする際に、満茶乃さんがこだわっていらっしゃることってなんでしょう? いちばん大切にされていることってなんですか?

私は、やはり、「救い」という要素を大事にしていますね。

−−救いですか。

能の演目は、そもそも救いにスポットをあてるようにして作られているんです。たとえば有名な「安珍清姫」の物語も、伝説では、清姫が蛇になって、安珍を道成寺の鐘ごと焼き殺してしまうところで終わっていますけれど、能ではその後日談を描くんですね。お坊さんが出てきて、清姫の霊を成仏させてあげる。そこに眼目がある。「諸人快楽(しょにんけらく)」と「延命長寿」というのが、能という芸能の大元にある願いなので、私もそこを大事にしています。

−−みんなの心を慰め、たのしませて、結果、いのちの滋養になっていく、と。物語の中の人物が救われるだけでなく、それを見届ける観客もまた救われていく、ということですね。

そこがほんとうに大事なところだと思っているんです。古典怪談には、ストーリーとしてはもうどうしようもない、救いもなにもないようなお話もたくさんあるんですけれど、私はそういうものは演目として選ばないようにしています。やっぱり、なにか、救いの要素がなければいけないと思うので。

−−怪談と言っても、ただ怖がらせたり、驚かせたりするだけでおしまいにはしない、と。

怪談をかたる意義というか、どうして怪談が人々に求められるのか、ということを考えたときに、やっぱりそこには人間のドラマがあるからだと思うんですよね。人間の業の渦と言ってもいいと思いますけれど。幽霊だって、幽霊になるだけの理由があるし、化けて出るにも相応の理由がある。それを伝えてあげないことには、物語として成立しないというか、物語が成仏しないんじゃないか、と私は感じていて。なので、お話を構成するときは、私なりにそこの部分を深く掘り下げて、演じるときも、同じくそこの部分をピックアップしてやるようにしています。お客さんにも、なにか「そうか」と腑に落ちるものがあるように、伝わるように願いながらやっていますね。

−−確かに、物語の裏側が浮かんでくるように演じてもらえると、ただ恐ろしいだけのお話ではなくなってきますよね。ある意味、自分にも身に覚えのある話になってくるというか......。それは観る側、聞く側の救いにもつながっていくのかな、と。

まさしく「諸人快楽」「延命長寿」ですね。そこは能とも共通する部分です。

■相手に託す勇気

−−「救い」というのが「気づき」に基づいたものであるとしたら、「うっかり母ちゃんのにほんばなし」にもつながってくるお話ですね。

ああ、そうかも。やっぱり、私の活動全般、「気づき」を大事にしている、ということは言えるかもしれないですね。

−−しかも、その「気づき」も、満茶乃さんの側で「これに気づいてね」とピンポイントで指し示すわけじゃなくて、物語全体を通して、なにか、ほんのひとつでもいいから、いまのその人にとって必要なメッセージを受け取ってくれたらいいな、ぐらいのゆるい感じでやっていらっしゃる。そこがすごくいいなと、個人的には思います。

そうなんです。能というもの自体、ものすごくシンプルに構成された芸能なので。見る側によって印象がまったく違う。そういう自由さがあるんです。ある意味、想像の余地を残すようにして作られるんですね。こちら側がすべて用意して「はい」と手渡すのではなくて、相手に想像で補ってことではじめて完結する。「うっかり母ちゃんのにほんばなし」も、「古典怪談」も、「能がたり」も、私のやっていることすべてに共通するのはその部分かもしれない。相手に託す勇気、というか。

−−相手に託す勇気......! 素敵です。それって、相手への、ひいては世界への大きな信頼感をベースに置いていないとできないことですよね。なるほど、満茶乃さんの活動の真ん中にある軸のようなものが、ようやく見えてきました。

ねえ(笑)。私、いろいろなことをしている人っていう風に見られがちなんですけれど、実は、真ん中には、世阿弥という軸が一本立っているんですよ。

■迷いの中にも希望はある

−−難しい質問だとは思いますが、あえて聞かせてください。世阿弥の教えの核の部分って、一言で表すのなら、どういったものになるのでしょう? 満茶乃さんは、どこをいちばん大切にされていますか?

私自身がいちばんグッときたのは、「この芸は心から心に伝うる花」である、というところですかね。能って、やっぱり、近世に形が変わって、ものすごく格式張った芸能になってしまったんですけれど、結局は形式がどうとかじゃなくて、いちばん大事なのは、心から心に伝えなくてはならないものなんだ、と。心から心に、というのは、自分の心から観客の心に、ということでもあるし、残していく子孫に、ということでもあるし......。

−−「花」は世阿弥哲学のひとつのキーワードですね。満茶乃さんご自身のお考えになる「花」とは?

そうですねえ......。やっぱり、残念ながら、芸能っていうのは、「花」がないと見られたものじゃない、ということがあって。見かけがどうというよりも、舞台にたったとき、なにか迫力を持って伝えてくるものがある演者さんっていうのは、やっぱり「花」を持っている人だと思う。生でないと伝わらないなにかを持っている人、その「なにか」の部分が「花」なんじゃないかな、と。

−−なるほど。言葉にはしづらい領域のものなのでしょうけれど、わかる気がします。観ているこちらの心に、なにか、ダイレクトに大きな「気づき」をもたらしてくれる演者さんっていらっしゃるんですよね。そして、その「気づき」が、ある意味、究極の「救い」をもたらしてくれることがある。

そうそう。「救い」になるんです。

−−真宗大谷派僧侶の金子大栄さんという方が「花びらは散っても花は散らない。形は滅びても人は死なぬ」という言葉を遺されているんですね。いまのお話と共通するところがあるように思いました。

ああ、確かに、なにか共通するものを感じますね。......そうなると「花」は「仏性」と言い換えられるのかもしれない。

−−「仏性」というのは「永遠のいのち」のことですね。そこに触れられたら、それは確かに究極の「救い」になりますよね。

そうですね。芸能は、やっぱりそこをベースに作られているものだと思います。でも、一回救われたからと言ってそれで終わりではない。生きている限り、目の前に選択肢は展開され続ける。それはつまり、生きている限り迷い続けなければいけないということで......。だから、人間、迷いとともに生きていくしかないんですよね。それでも希望がないわけじゃない。迷いながらも、しあわせに生きていくための道は用意されているように感じるので。

−−満茶乃さんのご活動は、たくさんの人の道しるべになると思います。「うっかり母ちゃん」これからも応援しています! 本日は貴重なお話をありがとうございました。

ありがとうございました。

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撮影:山口隆太

満茶乃 (まさの)

福地空果梨堂(ふくちうっかりどう)代表  『CURRY』所属

伝統文化コミュニケーター /KATARI‐performer 

親子イベント『うっかり母ちゃんの にほんばなし』をはじめ、憑依型とも言われる独自のかたり芸で『能がたり』『古典怪談』など幅広い層にむけたパフォーマンスを手掛ける。薩摩琵琶とのユニット『尸童~よりまし~』をはじめ、他芸能とのコラボ多数。世阿弥の言葉と現代の子育てを繋げた内容での講演会も。関西テレビ「稲川淳二の怪談グランプリ」2015年準優勝、2018年出演。