ラシク・インタビューvol.110
株式会社wip取締役 ものづくり系女子主宰 神田沙織さん
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2017年4月末オープンしたSHIBUYA CAST.の13FにCift(シフト)という新しい生活共同体があるのをご存知ですか?
100職種の肩書き&多拠点で活躍する40人のクリエイターや起業家たちが1フロアに集合し、19部屋ある居住空間で生活を共にしながら、新しい価値観や化学反応を実体験しているのです。
シェアハウスやコワーキングスペースとも違って、生活の場であり、仕事の場でもあり、社会と繋がれる場。"拡張家族=コーファミリー" と言うキーワードを元に集まっているのです。
ご主人と起業している神田沙織さんも、子育てをしながらも自分のやりたいことを追い求め、Ciftに飛び込んだメンバーの一人。旦那さんが出張中でもワンオペにならないことを筆頭に、今までで一番ラクなのだとか。この拡張家族というスタイルは、子育て世代の救世主となるのか? 彼女のこれまでの仕事との向き合い方と共に、このCiftでの暮らしを伺いました。
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"丸の内OL"から一転、3Dプリンター営業&ものづくり系女子に、
そしてアパレルPRへ...... とにかく"楽しんだもの勝ち"
編集部:これまでの経歴を教えてください。
神田沙織さん(以下、敬称略。神田):2008年の新卒時に3Dプリンターの会社に就職しました。そこで営業やPRを経験したのをきっかけに、ものづくりの楽しさを発信する「ものづくり系女子」という自主活動を始め、イラストや手芸、WEBや建築まで...... 200名ぐらいのコミュニティとなり、幅広くものづくりを紹介する活動をしていたんです。そこからアッシュ・ペー・フランスのセレクトショップ、Lamp harajukuのPRを経て、2015年に現在の夫である平本知樹と株式会社wipを起業しました。ものづくりのコンサルを主に、今年で4年目に入るところです。
編集部:3Dプリンターって技術職の堅いイメージがありますが、そこに入社したのは何故ですか?
神田:私、すごくミーハーで、女子大時代は丸の内OLになりたかったのです(笑) 就職サイトで「新丸の内ビル」で上がって来た会社だったので、そこに就職しました。全然説得力ないでしょ(苦笑)
編集部:え! 今の神田さんのイメージと真逆です。
神田:そうなのです。説明会に行ってみると3Dプリンターの映像がSFっぽくて。こういう技術職を支えるバックオフィスもいいな、と思い入社しました。すると3ヶ月研修の時、作業服と安全靴を渡されて「自分で設計して金型作れ」とか「自動車を1週間かけて工場で解体しろ」みたいな研修が始まり「なんでこんな状況に?」と思いながらも楽しんだもの勝ち! と思って向き合いました。研修も終わり丸の内OLになれると思ったら、配属先は工場を拠点とした3Dプリンターのインサイドセールスでした。
編集部:では入社がきっかけで「ものづくり系女子」の活動を?
神田:そうですね。メンターの先輩から「神田さん、見た目によらずものづくり系女子だね」と言われたフレーズがすごく心に残っていて。自分の周りの同僚とか、取引先の女性エンジニアと集まって「ものづくりガールズトークしたいよね」から始まりました。
編集部:そこからまた全然違う道へ進もうと思ったきっかけは?
神田:2010年頃、3Dプリンターブームがきてものづくり系女子の活動の中でも"3Dプリンターの情報発信" というミッションが生まれました。しかし会社員という立場上、どうしても自社製品を第一に説明しないといけない、そこにギャップを感じて。自分の好きなテクノロジーやマシンを自分の責任で思いっきり発信できる立場になりたいと思い、辞めました。
編集部:テクノロジーの世界から、なぜアパレルPRだったのですか?
神田:ひとり社内ベンチャーみたいな時期があり、WEBの管理や運営、広報に電話の窓口を一人でしていたので、PRならその経験が活かせるかと。ツイッターで検索したら、Lamp harajukuのPR募集記事を見つけたので応募しました。
編集部:人気セレクトショップの花形ですから、かなりの倍率だったのでは?
神田:「前職では何を?」と質問があった時、3Dプリンターのテクノロジーについて熱弁して終わってしまいました(苦笑) でも、面接を担当してくださったショップディレクターが、あれだけ自分の好きなことを話せるなら、お店のことも熱く語れるだろう、と思ってくださって。2回目の面接に呼んでいただいた時は「今の私にできることをカタチにしよう」と思い、お店の世界観をイメージしたアクリル製のモチーフを作ってお渡ししたらすごく喜んでくださって。募集記事の文面にも「ゴリ押しPRマネージャー募集」とあったので、通常のプレス業務範囲にとらわれず、一緒にこれからのショップを作っていける人材だ、と思って頂けたみたいです。
編集部::さすがです! ここでもものづくりの精神が活かされていますね!
ついに夫婦で起業、そして設立2年目で妊娠・出産
その時初めて知る「経営者の育休って、どうするの?」
結婚式もDIYで。花ブランコのランプシェードは3Dプリンター製
マリッジリングは新郎が3D CADでデザインし3Dプリント
編集部:平本さんと起業することになったわけは?
神田:3Dプリンター会社の時に大学教授にお世話になったのですが、そこで院生だった彼と出会いました。なので、夫とも3Dプリンターつながりです(笑) 夫は新卒で入った会社を1年で辞めて、ここのCiftを計画した藤代健介くんと一緒に起業しました。その後、会社を抜けることになり新たな起業を考えていた時、私もものづくり系女子の活動がすごく膨らんできていて。これからの働き方を考えた時に、もう会社員じゃないな、と。
編集部:今でこそ副業解禁とか言われていますが、ハシリですね。
神田:そうですね。すごくわがままですけど「辞めます。でも、アッシュ・ペー・フランスやLamp harajukuでお仕事がしたいので、夫と起業するのでお客さんになってください」とお願いしました。本当に自分のやりたいことを説明したら応援して下さいました。
編集部:すごい! 熱意が伝わったのですね。二人で起業するのはごく自然なことだったのですか?
神田:これまでも一緒に仕事していたので「そろそろ会社やりますか」という感じ。まず入籍し、1年がかりでDIYウエディングを作りました。その結婚式1週間前に3Dプリンターの本を共著で出版したので、新婚当初も深夜までずっとカフェで執筆...... と言う状況。そして会社を立ち上げ、それぞれのお客さんを持って活動していた矢先に妊娠。設立2年目の2016年6月に出産しました。毎年、次の年は何をやっているか、正直わからないです(苦笑)
編集部:目まぐるしい変化ですものね。一番困ったことは?
神田:まさに、産育休制度がないこと。実家の母に「産休っていつから? 育休はどうするの?」と聞かれた時に、誰もが持てるものではなく「制度がある人のためのもの」という事に初めて気が付きました。行政で説明しているページはなく、知り合いにもいなかったので、「社長 出産」「経営者 出産」でヒットした体験談を読み漁りました。はみ出して生きてきた私にとって、命に関わることでも自分自身でリスクを負わなければならないことに、正直驚きました。そこまでの心構えはなかったので。
編集部:実際には産育休はどうされましたか?
神田:初期のつわりがひどく2週間ほど寝込んでいたので、必要な時にしっかり休めたのは良かったです。後半は元気だったので、出産1週間前まで登壇していました(笑) 産後は、macを持ち込んでメールの対応をし、チームメンバーとの打ち合わせは病院に来てもらいました。その後は実家に帰って、3Dプリンターの研究に没頭していました。総務省の異能vationプロジェクトに選出されていたので、2ヶ月後の研究発表までひたすら実験していました......
編集部:産後に研究までなさっていたとは! その後、お子さんの預け先は?
神田:生後3ヶ月頃で東京に戻り、初めてベビーシッターさんにお願いしました。その時、子育てって二人だけですることじゃないって痛感したんです。来てくださった方が本当に良い方で、心から救われました。子どものことだけでなく自分のことも気にかけてくださり、情報もたくさん教えていただきました。もっと早くお願いしとけばよかった! と後悔したぐらい。
編集部:保活はどうでしたか?
神田:エリア的にもかなり厳しく、家が手狭だったこともあり引っ越しました。その後はシッターさんに定期的にお願いして受託証明を出していただき、無事入ることができました。本当は保育園のためでなく、もっと自分のペースで復帰したいなぁと思いましたが。
「子どもと一緒に新しい挑戦ができる!」と誘われ
それまで自分らしくない選択をし、無理していたことに気が付く
Ciftでの生活の様子
編集部:2017年5月末Ciftがスタートしましたが、どうしてコミュニティメンバーになったのですか?
神田:ここの発起人の藤代くんは夫の仕事のパートナーでしたし、ほぼファミリーのような存在でした。その彼から、クリエイターを集めて住むという話を聞いた時には「これ以上環境変えずにいたい」と「自分の人生を生きていたい!」という二つの思いで揺れました。でも藤代くんが「むしろ子供を連れて一緒に来てよ!」って言ってくれたのです。こういう新しいプロジェクトが進む時って、まず身軽で動きやすい人しか集まりませんよね。そこに圧倒的に足りていないのは子連れの女性や家族層で。「子どもがいるからこそ新しい挑戦ができる」そう言ってくれたのがすごく嬉しくて「それじゃ行くわ!」と決めました。
編集部:その言葉はすごく希望が持てますね! その時、旦那様の意見は?
神田:最初、私はひと部屋借りて完全に住むつもりだったのです。でも、彼はプライベートスペースも欲しいというので、そこで家族会議に。結果「私と子どもはここを借ります。家は残します」ということで、シェアがベストだという答えが出ました。
編集部:シェアする家族はどうやって決めたのですか?
神田:藤代くんを通じて家族マッチングが始まりました。最初から同じようなヴィジョンに向かっていて「価値観の共有」ができていることが担保されているので、なんの不安もありませんでした。ノンフィクション作家さんで妊娠中の方がいらっしゃり、私も彼女に手助けしてあげられるので、2回ぐらいお会いして彼女と、そしてLGBT団体の代表をしている人、教育の専門家と4組で一緒に住むことになりました。
編集部:価値観の共有が担保されているのは大きいですね。実際にはどういう使い方を?
神田:仕事をして自分の家に帰る時もあれば、夫がいない時はここに来て泊まることもあります。また1ヶ月単位で実家に帰ることもあります。
編集部:なるほど。精神的な面で変化はありました?
神田:とにかくラクです。今考えると、私は無理をしていたのだと思います。毎日同じ場所で寝て起きて暮らして、子どもの環境を整えるってことが必要だろうと思っていましたが、私の働き方や性格を考えても、それ自体が自分らしくない選択だったのです。親になると、子どもがいることを理由に、自分らしくない選択をしようとしがちじゃないですか。それにはやっぱり無理がある。これまでは夫のが遅くなると、深夜までワンオペでずっとモヤモヤしながら帰りを待っていて、するとどうしても視野が狭くなってしまう。今では「帰りが遅いならCiftに帰って来て。一緒に帰ってもいいしここで寝てもいいし」という風に切り替えられますから。
編集部:なるほど! それは気持ちに余裕ができますね!
神田:自分だけでどうにかしようってことではなく、みんなでなんとかしようって思えるので、ただそれだけです。私が楽しく余裕を持って生きている方が、夫も子どももいいでしょ?
編集部:それ、すごく大事です。他のメンバーの方にとってお子さんの存在は?
神田:"拡張家族"と言うキーワードの元に、これまでの血縁とか土地の縁以外の形でどうやって家族になっていけるのかを実験しているのですが。独身の人が多い中、誰も血の繋がりはないけど「子どもを見ている」という関係が徐々に生まれています。私がキッチンでご飯を作っていれば「お願い」することなく誰かが見てくれている、これがごく自然に行われています。これって家族と言えるんじゃないかと。あと、0歳とか1歳ぐらいの時って目に見えて成長がわかる時期ですよね。息子も初めてここで歩いたんですが、成長の喜びも共有できたりするのが嬉しい。私もそうでしたが、独身時代って圧倒的に子どもと接する機会が少ないので
編集部:Cift内でのルールづくりはどうされていますか?
神田:特に設けていません。ルールを作ると守った・守らないをチェックしないといけない。それに一つルールを作るとほかのこともルール化しないといけなくなるし。だから何か起こったらみんなで考えよう、というスタンスです。あまりスマートではないですが、一つ一つ些細なことでも問題に感じることがあれば話し合います。月に何度か家族会議の時間を設けて、この前も「生協の導入について」と言う議題を立てました(笑)
編集部:そこも家族以上に家族っぽいですね。今後、お子さんが成長した時は?
神田:今が一番子どもと一緒に冒険できる時だとは思っていますが、小学校に入っても夏休みなどはありますしね。Ciftの先輩パパさんのお話でとても刺激を受けたのですが、毎年、父娘で海外旅行をするそうなのです。現地で様々な人の働き方を見せたりインターンさせたりしながら、娘がどんなことに興味があるのかを見守っている。そんな暮らしも素敵だなぁと。
編集部:子育てにおいても視野がどんどん広がりますね。最後に、働くことと子育てと、神田さんが一番大切にしていることは?
神田:とにかく自分が楽しいと思うことを思いっきりやること。自分が楽しいと思ってできている方が、子どもと一緒に挑戦できる気がしています。もっと意識を解放することが必要だと感じています。Ciftに来て視野が広がり、ここ数年の間で一番ラク。自然といろんな人が出入りしているので、出かけて仕事をするってわけでなくて、生活と自然と混じり合う感じだからでしょうね。
編集部:今日はありがとうございました! とても刺激を受けました!
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血縁でもなく、地縁でもなく、価値観でつながる新しい家族。
お話を伺うまでは正直、イメージが湧きませんでしたが、渋谷の都心にありながら開放感いっぱいのCiftに来てみると納得。神田さんのように枠にとらわれない自由な発想で自分のやりたいことを追い求め、かつ生活も子育ても共に分かち合う、まさに共同体なのですね。何よりも子どもと一緒に新しいことに挑戦して、それを楽しんでいる様子が本当に印象的でした。
核家族で頼る親族もいなく、疲弊しきっている共働きの子育て世代に、拡張家族という新しい考え方は選択肢のひとつになり得ると思いました。また、この多様性に富んだたくさんの大人の背中を見て育つ子どもたちが、将来どんな道を選ぶのか楽しみでなりません!
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【神田沙織さんプロフィール】
1985年生まれ。大分県佐伯市出身、日本女子大学家政学部卒業。著書に「3D Printing Handbook」(2014年出版、オライリー・ジャパン)3Dプリントサービス運営、ものづくり系女子としての講演・執筆活動を経て2015年株式会社wipを設立、FABプレスルームLittle Machine Studioスタジオマネージャー。2016年総務省「異能vation」プロジェクトに採択され研究にも取り組む。夢は工場を建てること。HP:ものづくり系女子 株式会社wip
ワーママを、楽しく。LAXIC
文・インタビュー:インタビュー(宮﨑晴美)・文(飯田りえ)
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