金沢市役所の刺傷事件と、生活保護打ち切り。

「これ以上何を削ればいいかわからない」という悲鳴が上がり続けている

森友文書の書き換え問題でいろいろと大変になっている中、とても気になるニュースを耳にした。

それは3月14日、金沢市役所で職員4人が刺されたという事件だ。逮捕された33歳の男性は、大声を上げながら3階と5階のトイレなどで4人を次々と襲い、7階で取り押さえられたという。「市の職員だったら誰でもよかった」と話しているという容疑者について、「昨年生活保護を打ち切られ、再び受けられるよう市役所に相談していた」という報道を耳にし、「ああ...」としばし言葉を失った。

まず思い出したのは、昨年1月、小田原市役所で起きた「保護なめんな」ジャンパー事件(コラム第402回第403回)だ。生活保護を担当する市の職員が、「保護なめんな」「不正受給はカス」などと書かれたお揃いのジャンパーを着て業務をしていたことが発覚し、大きな批判を浴びた事件。このジャンパーが作られたきっかけは、2007年、生活保護を打ち切られた男性が市の職員を切りつけるという事件が起きたことだった。小田原市ではこの事件を受けて、「サスマタ」や「護身用スプレー」を購入。同時に職員の「士気を高める」ために作られたのがあのジャンパーだった。

小田原でも金沢でも、刺された職員の恐怖心はいかばかりかと思う。どちらも幸い死者は出ていないが、肉体の傷のみならず、精神的な傷が癒えるには相当の時間がかかるだろう。どのような理由があろうとも、人を傷つける行為は決して許されることではない。そのようなことを前提にしつつも、一方で思うのは、「生活保護打ち切り」は、当人にとっては死の宣告に等しいということだ。

実際、この連載でも何度か触れているように、15年12月には、東京・立川市で生活保護を打ち切られた40代の男性が、廃止の通知を受け取った翌日に自ら命を絶っている(第413回)。彼の自殺は、「知人」と名乗る人から立川市議のもとに「立川市職員に生活保護者が殺された!」という告発のFAXが届いたことによって明らかになった。

が、その一枚のFAXがなければ、男性の自殺はおそらく身内にしか知られることなく、その背景に生活保護の打ち切りがあったことなど永遠に闇の中だったろう。告発をきっかけとして立川市議や弁護士、支援者によって立川市生活保護廃止自殺事件調査団が結成され(私も一員)、真相究明のために今も動いているのだが、調査を通して感じるのは、「生活保護打ち切り」が当事者にもたらす絶望の深さである。

打ち切りの理由として立川市が上げたのは、就労指導違反。「仕事をしろ」と言ってもしなかった、という理由だ。が、自殺した男性と接した支援者の証言などから浮かび上がる疑問は、彼は果たして働ける状態だったのかということだ。

「死にたい」と口にすることもあり、うつ状態だった可能性もある。そのような場合、ただ「働け」と指導するのではなく治療に繋げるなどの必要性があるわけだが、そのような対応は一切とられていなかった。

また、市の担当者は生活保護廃止の理由として、「路上生活の経験があるので、保護を廃止してもなんらかの形で生きていけるんじゃないか」と話したという。

男性には、確かに派遣切りなどで路上生活の経験があった。が、あいつは路上で暮らしていたから、また路上に追い出しても生きていけるはず、なんて、人間に対して使われていい言葉では決してない。実際、保護を廃止された男性は路上ではなく死を選択しているのだ。

生活保護の打ち切りは、自殺だけでなく餓死事件も引き起こしている。小田原で生活保護を打ち切られた男性が職員を刺した事件が起きたのと同じ07年、北九州では生活保護を打ち切られた52歳の男性が「おにぎり食べたい」というメモを残して餓死している。

また、その前年、06年には、秋田市で生活保護の申請を2度も却下された30代の男性が福祉事務所の駐車場で抗議の練炭自殺をしている。「おれが犠牲になって福祉をよくしたい」。男性はそんな言葉を残していたという。

これらの事件は、悲しいけれど氷山の一角だと思う。私たちが知る方法もないままに、申請を受けつけないという水際作戦で、そして一方的な打ち切りによって、奪われている命はきっともっとある。生活保護受給者の自殺率は、そうでない人の二倍と言われている。

金沢で職員を刺した男性に、何があったのか、詳しいことはわからない。もちろん、どのような理由があったとしても、彼のしたことは許されることではない。

しかし、生活保護とは「そこで追い返されたら、それを打ち切られたら生きていく術がない」、まさに最後のセーフティネットである。

私の知人の中にも、生活保護の申請を受け付けてもらえず、職員と言い合いになってパニック状態となり、手を上げてしまった人もいる。生活保護がダメならもう死ぬしかない。

彼はそのままビルの屋上に登り、飛び降りようとしている。そんな状態の人から「今から死ぬ」という電話を受けたことは一度や二度ではない。号泣しているし、叫んでいる。場合によっては一家揃って、高齢の親も「死ぬしかないね」と妙に冷静になっている状況もある。そんな悲鳴を耳にしてきた身からすると、金沢の事件の背景に一体なにがあったのか、気になって仕方ないのだ。

そんな生活保護がまたしても引き下げられようとしていることは、報道されているのでご存知の人も多いだろう。

森友問題では「首相夫人」の一声があれば魔法のように巨額のお金が動くらしいのに対し、この国でもっとも「利権」から遠い生活保護受給者の暮らしがまた脅かされる。

安倍政権になって以降、生活保護費はずっと引き下げられ、「これ以上何を削ればいいかわからない」という悲鳴が上がり続けているのに、またしてももっとも弱い立場に置かれた人々の生活を切り崩す。納得いかないのは、その引き下げに対して、国は一度たりとも当事者の声に耳を傾けていないということだ。

3月19日、厚生労働省に、生活保護基準の引き下げなどに関して申し入れをした。全国からの署名も持参した。当事者も4人、参加した。しかし、ずっと要求し続けている政務三役の出席はなかった。こうして小さな声は無視され、踏みにじられていく。ここにもこの国の政治のあり方が、はっきりと現れている。

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雨宮処凛

厚生労働省に、生活保護制度の充実を求める緊急署名を提出しました!

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雨宮処凛

署名を提出! 議員の方々も駆けつけてくれました!