東京・神楽坂に一軒の書店がオープンした。その名は、「かもめブックス」。運営するのは、書籍専門の校正会社「鴎来堂」(東京都新宿区)だ。全国で1日1軒というスピードで書店が消えている今、なぜあえて「街の本屋さん」なのだろうか。オープン間もない「かもめブックス」を訪ねた。
■ある日、いつも使っていた「街の本屋さん」が閉店
神楽坂駅(矢来口)を降りてすぐのところに、「かもめブックス」はある。ガラス張りのエントランスを入ってすぐにカフェ「WEEKENDERS COFFEE All Right」。コーヒーを淹れる音が聞こえてきた。カフェに隣接する雑誌の棚を見ながら、奥へ奥へと進んで本棚の連なりを抜けると、一番奥はギャラリー「ondo kagurazaka」となっていた。「かもめブックス」は書店とカフェとギャラリーが“同居”している空間だった。
もともとこの場所には、文鳥堂という書店があった。神楽坂で長年にわたり親しまれていた街の本屋さんだったが、2014年4月に閉店。そこを改築、11月にオープンしたのが「かもめブックス」だった。「鴎来堂」の代表取締役社長で、「かもめブックス」店主でもある柳下恭平さん(写真上)に、なぜ書店を開こうと思ったのかを訊ねてみた。
「ここにあった文鳥堂さんという本屋さんが閉店したことが、直接のきっかけでした。うちの会社は3軒隣にありまして、ずっと使ってきた本屋さんでした。僕たちはこれまで本を作ってきましたが、本は売れているのだろうか、読まれているのだろうかという疑問をあまり持っていなかった。僕の周囲には本好きな人が多いので、そこに疑問を持たずに作ってました。でも、目の前で自分たちが使っていた本屋さんがなくなって、『これでいいのかな?』と思うようになりました。『いくら本を作っても、近い将来、売れなくなるのでは?』と」
「かもめブックス」を訪ねるとまず迎えてくれるのはカフェ「WEEKENDERS COFFEE All Right」
しかし、この書店不況の時代。特に街にある小規模書店は日々、閉店に追い込まれている。なぜあえて、「街の本屋さん」で本を売ろうと思ったのか、重ねて聞いた。
「今の質問には、答えが二つあって……。一つは、本に対する悲観論が世の中に多い気がするんです。でも、本って一冊、一冊がすごく面白いんですよ。こんなに面白い本なのだから、売れないわけがないと、まず僕は思うんです。その上で、もしも売れていないとしたら、本そのものではなくて、我々の生活習慣が変わってきているからではないかということ。
それから、もう一つ、本が売れないということにアクションを起こさないなら、その先に本が作れなくなるということも、我々は覚悟しなければいけないわけです。仮に、本が作れなくなるのが15年後だとしたら、今、売れていないということと必ずつながっています。出版業界を背負うなんておこがましいことではなく、まずは自分たちにできることからやろうと思い、僕は単純に神楽坂から街の本屋さんが消えないようにしたいと思いました」
「かもめブックス」店内。カフェと雑誌の本棚から、さらに奥へと広がる。
■本を読まない人に、どうやって本屋さんに来てもらうか?
文鳥堂が閉店したのは、4月5日の土曜日。週明けの月曜日に出社してシャッターが閉まっているのに気づいた柳下さんは、そこから、書店オープンに向けて走り始める。
鴎来堂は柳下さんが2006年に立ち上げた校正・校閲を手がける会社。社名は俳人・三橋敏雄さんの「かもめ来よ天金の書をひらくたび」という句からとられたという。「天金の書」とは、小口に金飾をほどこした本のことで、「かもめ」とは、開いた本の形を空飛ぶかもめになぞらえたもの。確かに、本を開いて天地から見ると、「かもめ」のような姿をしている。書店ももちろん「かもめ」から名付けられた。では、そのコンセプトは?
「本が好きな人は、放っておいても本屋さんに行きます。そうした“今あるパイ”を奪い合うのではなく、本を普段読まない人に、どうやって本屋さんに来てもらうかが、実は大事な気がしています。ここはブックカフェというよりも、本屋さんとカフェとギャラリー、3つの店が入っているイメージですね。カフェやギャラリーは本屋さんの付属ではなく、雑誌のコーヒー特集があったら、このカフェに取材が来てもらえるくらい、作りこんでます。その隣には雑誌の本棚があって、近くにお住まいの方にはとても入りやすくて、出やすいのでは、と思います」
私たちが毎日使うお店は、確かに敷居が低い。「かもめブックス」もそういうしつらえになっているのだ。そして、一度入ってしまうと、魅惑的なタイトルがついた本棚によって、奥へと誘われる。たとえば、〈かもめブックスの1週間〉として、月曜日から日曜日まで、曜日ごとにおすすめの本が並んでいる。「日曜日、好きなことを全力で楽しむ」といった具合だ。書店では通常、ジャンル別や出版社別に本が並ぶが、ここでは私たちの暮らしに合わせて、本が並んでいた。「我々が本をつくりつづけるために、つくった装置」と柳下さんはいう。
「たとえば、ウェブの書店は、あらかじめこの本がほしいという時はすごく便利です。大型書店には床から天井まで本があって、昔ながらの本好きにとっては4時間も5時間もかけて、ゆっくり本を探せます。そういう時間は本当に素晴らしい。でも、街の本屋さんでの滞在時間は、15分から20分。ふらっと立ち寄って、何か良い本ないかなと見て、1冊、2冊は見つかって手に取る。そんな日常使いです。僕も床から天井まで本がある本屋さんが好きなのですが、ここでそれをやったら果たして本が探せるのかなと。ですから、本をどう見せるかという編集にすごく時間をかけています」
目に楽しい「かもめブックス」の本棚。編集に時間がかけられているという
■意識的に読書のためのオフラインの時間を作る
「かもめブックス」の本棚のテーマは、日常から非日常へとグラデーションになっている。同時に、日常使いのカフェから、非日常空間であるギャラリーにもつながる。「日常生活をリセットして、自分のリズムを整えることができるのが本屋さんの面白さです。ぎっしりと棚を本で埋めることが得策だと思いません。この店は、本を探す時間よりも、読む時間に使ってもらいたいと思ってデザインされています」
日常生活をリセットするとは、どういうことなのだろうか? 柳下さんはこう語る。
「僕はFacebookもLINEも使います。いつも手の中に端末があって、微弱な情報のアップデートがその中で起きている。我々はニュースを読むのが楽しいように、情報を常に欲してる。でも、読書は真逆なんです。常にオフラインの時間が必要になります。パッケージされた情報をまとめて読むという読書習慣そのものが今、変わってきている気がしています。我々はすごく忙しくて、本を読まないかもしれないのですが、それでも読書のためにオフラインになる30分間、1時間をどう作るかが、実は大事なんじゃないかと。それができる空間になったらいいなと思っています」
さて、この新しい街の本屋さんは、神楽坂でどう迎え入れられたのだろうか。お客さんの反応を聞いてみた。
「オープン前に内覧会をしたのですが、思ったよりもお子さん連れのお母さんが多かった。そこで、オフラインの神楽坂が初めて見えたんです。ここのカフェは、ハイテーブルを置くつもりだったのですが、バギーがあると使いづらそうだったので、低いテーブルに替えたり。雑誌の品揃えも、神楽坂の人たちの好みにチューニングしていきたいと思っています」
このかつてない「街の本屋さん」が今後、神楽坂の風景に溶け込んだ時、本の世界はまた新たな展開を見せるのかもしれない。
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