2015年12月。年の瀬も押し詰まった東京・歌舞伎町。
高山茂樹さん(仮名、31歳)は、餃子店の接客に慌ただしく駆け回っていた。飲み物や餃子やおしぼりを運びながら新規入店客を案内する。場所柄、2割が外国人という店で、外国人女性客に、餃子鍋の食べ方を身ぶり手ぶりで教え、メニューの説明を求められれば「フライド、ギョーザ」と、片言でも理解してもらおうとする。
食べ終えた客の背中に「ありがとうございます!」とにっこり笑顔を見せる茂樹さんは、どこにでもいる普通の店員だ。友人を殴って傷害罪で罰金刑を受けたが、支払えず拘置所に2カ月拘留されていたという過去も、見た目だけでは分からない。
高山茂樹さん(仮名)は「ホールの仕事に出るようになってから楽しい」と言う。
「ここがなかったら死んでいた。拘置所でも何度も自殺しようとした」と、高山さんは打ち明ける。
高校生の時に「出稼ぎに行く」といったまま両親は消えた。親に捨てられた衝撃で、徹底した人間不信となった。「人としゃべるのは嫌い、人といるのも嫌いだったけど、今は自分から話しかける」という。常連客と仲良くなって、食事やイベントに誘われるようにもなった。「うれしいですね。人の大切さが伝わってくる」
2015年4月末の開店直後に入店して約8カ月。客に前科のことも聞かれれば答える。「働いているうちに認められるし、相談もされるようになりました。普通に従業員として見てくれるのがありがたい。ここが『今いる場所だな』と感じます」と言う。
店の名前は「新宿駆け込み餃子」。出所者らを支援する一般社団法人「再チャレンジ支援機構」と、全国で飲食店などを展開する「セクションエイト」(本社・東京)系列の企業が連携する形で、開業した。夜は入れない客が出る日もあるなど、順調な賑わいを見せている。
10人の従業員のうち3人が出所者や引きこもり経験者だ。殺人など凶悪犯罪を犯した人をのぞき、再チャレンジ機構側で3日間、日常生活や社会の規律などを学んだあと、飲食店に適していると判断されれば実際に店で働くことになる。時給や昇級などの待遇は他のアルバイトと差はない。3カ月をめどに、続けるか、別の道に進むかを判断する。
出所者には普通に働いた経験のない人も多いが、定時に出勤し、オーダーを取り、「ありがとうございます」と客に頭を下げる。いわば社会の「3カ月研修」という位置づけだ。
小菅隆さん(仮名、28歳)は暴力団組員として覚醒剤の売人だった。覚醒剤がらみで3回逮捕され、最後は使用の罪で3年10カ月の刑に服した。9月中旬に出所したが、行く所もなく、保護観察所で紹介されてたどり着いた。
「売人やってた頃は、お金になったし、毎晩遊び歩いて、その日が楽しければいいと思っていた。覚醒剤を使っても誰にも迷惑をかけていないと思っていたけど、家族に肩身の狭い、悲しい思いをさせてはダメだな」と今は思う。
暴力団を抜ける前は、そもそも普通の人とあまり話したことがなく、最初は接客が苦手だった。下から丁寧に、かといって徹底的にへりくだるわけでもない居酒屋独特の接客は「どう対応するか、自分で考えて動かないといけないのは難しい」という。「まだまだ中途半端だし、今の仕事を完璧にできるようになりたい。今の気持ちを忘れずに、普通に生活したい」。
普通に、のところに力を込めた。
趣旨に賛同した客が購入する木札。店内に飾られる札には有名人の名前も多い。
「駆け込み餃子」オープンから8カ月。すでに12人が「卒業」した。タクシーの運転手になった人、実家に帰った人…。その後は様々だ。1人は刑務所に戻った。
「再チャレンジ支援機構」理事の玄秀盛さん(59)は、「上出来。これほど反響が大きいとは思わんかった」と評価した上で、「一般の人に、ちょっとでも慣れてほしいねん。出所者も1人の人間やで。頑張ってるんやで」と呼びかける。
「出所者はただでさえ自立心の弱い、意思の弱い奴や。『今さら何の人生が』と思ってしまうと、悪い方向に流される。40でもやり直しきくで、というのは人の輪が重要や。だから単なる親代わりちゃう。親にならなあかん。ちょっとでも堅気に未練を残すようになったら、違う」
年明けには歌舞伎町に、すべて出所者で回す食堂を開く予定だ。出所者を受け入れること自体が実験だった1号店の経験をもとに、出所者に「夢を与えたい」。頼る先も泊まる家もなく、社会に放り出された出所者のために、相談ブースも設けたいという。
出所者の人材派遣業も準備している。「世の中は前科者のこと知らん。車に乗ってて、相手が自転車で飛び込んできて死なせても前科者や。なかなか受け入れんから再犯する奴がどんどん多くなる。3日でも使って下さい。ええ人材やで。美容師、理容師、調理師、詐欺師までおる。セールスさせたら抜群ちゃうの?ええ知恵もってんねん。度胸もある。ひとつでもいい、道を開いてあげたい」
世の中が出所者に向ける視線はまだ、温かいとは言えない。それでも罪を犯し、償った人に、社会で居場所をつくるため、眠らない街で奮闘が続く。
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