今月24日に安倍晋三首相が掲げた『新3本の矢』という名の新政策の柱は、次の3つ。
(1)強い経済:経済最優先で「戦後最大の国民生活の豊かさ」に向け、GDP600兆円達成を目指す。
(2)子育て支援:希望出生率1.8を目指し、待機児童ゼロの実現や幼児教育の無償化の拡大、多子世帯への重点的な支援などによる子育てにやさしい社会を創り上げる。
(3)社会保障:介護施設の整備や介護人材の育成、在宅介護の負担軽減など仕事と介護が両立できる社会づくりと、意欲ある高齢者が活躍できる「生涯現役社会」構築を目指す。
第一の矢である「強い経済」に関しては少々長くなるので別の機会に譲るとして、ここではまず第二の矢である「社会保障」に関して提起しておきたい。
介護離職者が年間10万人を超えている現状を憂い、「介護離職ゼロ」という明確な旗を掲げた。そのため、介護施設の整備や介護人材の育成を進めることで、在宅介護の負担を軽減し、仕事と介護が両立できる社会づくりを本格スタートさせるとしている。
総務省の調査によると、前職を「介護・看護のため」に離職した者は、過去5年ごとの推移を見ると、
・1997年10月〜2002年9月:52万4千人
・2002年10月〜2007年9月:56万8千人
・2007年10月〜2012年9月:48万7千人
で、直近1年(2011年10月~2012年9月)では10万1千人〔資料1、資料2〕。
「介護離職者は年間10万人」と言われるのは、こうした調査結果によるのだろう。このうちの約8割は女性だ。
介護が必要な高齢者には、なるべく介護サービスがなされるべきではある。しかし、介護保険制度の本質は、介護される高齢者のためというより、介護しなければならない高齢者を抱える家族の負担を軽減するためだ。これを今一度、はっきりさせておく必要がある。
介護離職に係る問題は、高齢者福祉を維持するだけでなく、国全体の労働力を維持していくためにも、きちんと対処されるべきだ。「家族の介護は他人任せで良い!」と堂々と言える時代を迎える必要がある。当面目指すべきは、「国民皆介護」の前に、「介護離職ゼロ化」である。そういう意味でも、今回の安倍首相の掲げたスローガンが的確だと言える。
あと、身内を介護する場合、最悪の悲劇が起こってしまうことがある。介護疲れなどの理由から、介護している家族が、介護されている家族を殺してしまう、いわゆる「介護殺人」だ。
高齢者が高齢者の介護を担う「老老介護」の割合が既に半数を超えていることも反映してであろうか、警察庁の統計によると、殺人の動機として「介護・看病疲れ」であるものが、高齢者で約20%、高齢者以外の者で約3%となっている。これは、必ずしも介護離職者に係るものではないが、あまりにも悲しいことであり、「家族の介護は他人任せで良い!」という介護保険制度の本旨に立ち返った支援策の強化が待たれる。
介護施設の整備について、一部報道では、特別養護老人ホームの大規模な整備に乗り出すとあり、消費増税による税収増で医療・介護の充実を図るために都道府県に設置した基金を財源として活用する方針とある。しかし、介護施設として、本当に特養の整備促進を掲げるべきなのか?
特養を新設できる財源が豊富にあるならばいざ知らず、介護財政ははっきり言って逼迫している。むしろ、廃校や公民館、公団住宅など既存施設を一部改修することなどで対応することを原則化すべきだ。介護保険サービスは、介護財政ありきで考えなければならないからだ。
介護施設を増やすのと同時に、今年4月6日付けの拙稿でも書いたように、介護職の賃金を大幅に引き上げる必要がある。そこでは、一つの前提を置いて、介護職の給与水準を全産業平均並みにするには年間1.4兆円の財源が必要になるとの試算を私は呈示した。
政府におかれては、同様の試算を公式に行っていただきたい。財源の調達先は、年金や医療など高齢者向け予算の転用が最も合理的であろう。今のままの賃金水準では、介護人材は集まらないのではないだろうか?
最後に、第三の矢である「子育て支援」について少々。
政府が先月の経済財政諮問会議で示したのは、「第3子以降の幼稚園、保育所等の保育料無償化の対象拡大」。しかし、これはちゃんちゃらおかしい。子どものいない若夫婦にとって、第3子というのは、エベレストよりも高く、マリアナ海溝よりも深く、北極星よりも遠く・・・とにかく第3子から保育料無償化の対象を拡大するという方針は、何ら心に響かない。多くの若夫婦にとって、「第3子まで産まなけりゃ支援してやらねーよ!」と言われているに等しいのではないか。
はっきり言って、これでは全く話にならない。「保育料は第1子から無償化する!」と宣言すべきだ。そうすれば、安倍政権は若年層の有権者の心を掴むことができるだろう。今までの政治が、あまりにも高齢者向けに過ぎた。そろそろ若年層におカネを振り向け始めるべきだ。(詳細は別の寄稿を参照されたい。)
<資料1>
(出所:総務省「平成24年就業構造基本調査」)
<資料2>
(出所:総務省「平成24年就業構造基本調査」)