「顔を出して丁寧に気持ちを伝えることで、私達のような同性同士のパートナーは大都会にだけではなくもっと身近にいるということを実感してもらえたら」
7月5日、1組の男性カップルが福岡市の区役所に婚姻届を提出した。婚姻届は不受理になる可能性が高く、その場合ふたりは国を提訴する予定だ。
「もっと身近にいるということを実感してもらえたら」というのは、男性の一人が記者会見で語った言葉だ。
東京や大阪などの大都市では、セクシュアリティをオープンにして活動する人や、LGBTQフレンドリーな企業が増えつつある。
しかし、大都市に比べて変化のスピードが遅い地方では、「セクシュアリティを隠さなければ、ここでは生きていけない」と感じる当事者も少なくない。
地方に暮らす当事者たちが、どんな悩みや苦しみを感じているのか。まだパートナーシップ条例がない鹿児島県に住む、レズビアンカップル・たまきさんとキヅキさん、ゲイ男性・うかさんの3人に聞いた。
異質な存在は、受け入れられにくい。レズビアンカップル・たまきさんとキヅキさん
「周りの人には絶対に話せません」。鹿児島県の人口約10万人の地方都市で暮らしているたまきさんとキヅキさんは、自分たちの関係をそう話す。
他県出身のキヅキさんは、たまきさんと暮らすために鹿児島に引っ越してきた。
周りの人にはふたりの関係を「ルームメート」と伝えているが、パートナーと言えないために起きている問題を挙げると、きりがない。
以前にたまきさんが交通事故に遭った時に、たまきさんを病院に運び、側に寄り添ってくれたのはキヅキさんだった。しかし、看護師などを通して二人の関係が職場にばれるのが怖くて、たまきさんはキヅキさんを入院の保証人にできなかった。
結局、保証人には妹を選んだ。たまきさんは今でもその時のことをキヅキさんに申し訳なく思っている。
・法律で守られていないから、いつでも備えていなければいけない
「異性愛カップルの人たちには恐らくは想像すらできないであろう幾つもの備えを、私たちは常に先回りしてしていかなければならないんです」とたまきさんは話す。
例えばたまきさんは、いざという場合に備えて有休を使えずにいる。
結婚した夫婦であれば、配偶者や配偶者の親が、介護が必要になったり亡くなったりした場合は、介護休暇や忌引休暇がある。
しかし結婚できないたまきさんとキヅキさんには、パートナーの親族を対象としている介護休暇や忌引が適用されない。
また、たまきさんは遺産をキヅキさんに残したいと思っているが、今はふたりをパートナーと証明できる公的書類がなく、キヅキさんを生命保険の受取人にもできていない。
公正証書を作ることも検討しているが、費用が高い上に当事者の立場になって作ってくれる行政書士が身近にいない。県外で作るとなれば、時間も旅費も労力もかかる。
「公正証書にかかる費用を払える人も、払えない人もいます。異性愛者カップルが婚姻届1枚で普通にできることが、私たちはできないんです」
・情報がヒタヒタと追い詰めていく
たまきさんとキヅキさんが、自分たちの関係を隠さなければいけない背景には、地方ならではの人と人との垣根の低さや、セクシュアルマイノリティへの理解の遅れがある。
都市部に比べて人口も少なく、大半が地元出身の地方都市。「異質な存在」は受け入れられにくく、本人が知らないうちに噂話が広がっているとたまきさんは話す。
ふたりが住む街の近くに、トランスジェンダーのAさんという人が住んでいる。「あの人、元々性別違うらしいよ……」と、地域の人たちがAさんのことを噂するのを、たまきさんたちは聞いていた。
「自分たちの関係が知られたらこんな風に影で噂されるんだろう、職場で偏見と好奇に満ちた視線に晒され、仕事を続けるのも難しくなるかもしれない」と、たまきさんはこれまでに築いてきたすべてを奪われる恐怖がいつも頭の中に渦巻いている。
「本人だけが知らないうちに、情報が人から人に伝わって、ヒタヒタとその人を追い詰めていくんです。その情報に、思い込みや勘違いが加わっていることも多々ありますが、人の口に戸を立てることはできません」
LGBTQの人たちへの理解が「性的な異常者」の域から抜け出せていないことも当事者を苦しめている、とキヅキさんは話す。
「慰労会などで女装等、性的少数者をネタにして笑いをとるといったことが、今でも普通に行われています。性的少数者は、笑いや蔑みの対象なんです」
「障害がある人のモノマネをしたら、明らかな差別で問題になりますよね。でも私たちは、笑い者にしても構わない存在として、ここでは問題にすらならないのです」
家族でいられたのは5日間だけだった。ゲイカップル・うかさんとタケさん
うかさんは、鹿児島市内にある線路に近い部屋で暮らしている。部屋からは毎日、行き交う電車の音が聞こえる。
線路の近くに家を借りたのは、パートナーのタケさんが電車好きだったからだ。
SNSを通して知り合ったタケさんは大阪出身で、出会った時にはHIV陽性で無理ができない体だった。
うかさんの離島勤務が決まったタイミングで、タケさんが大阪から鹿児島に越してきて一緒に暮らすことになった。
島の人たちは、タケさんを従兄弟と伝え、「療養をかねて一緒にきた」と説明すると納得してくれた。島では穏やかな時間を過ごせたが、病魔は少しずつタケさんの体を蝕んでいく。離島勤務が終わって鹿児島市内に戻る頃には、立つのも難しくなるくらいタケさんの病状は悪化していた。
一緒に暮らすための部屋を鹿児島市内に借りていたが、タケさんは離島からそのまま大阪の病院に搬送された。
余命は長くないと医師から告げられ、うかさんは苦悩した。少しでもタケさんの側にいたいが、仕事を長期間休むわけにもいかない。
考えた末に出した結論は、仕事を辞めることだった。しかし、相談した組合の人から「家族になれば介護休暇を使える」と教えてもらう。
男性同士のうかさんとタケさんが、法律上の家族になる方法は、養子縁組だけだった。パートナーのタケさんと親子になることに強い違和感を感じたが、他に選択肢はなかった。
うかさんとタケさんは、養子縁組で籍を入れた。それから5日後、タケさんは亡くなった。
・若い人には、同じ思いをしてほしくない
もし自分たちに結婚という選択肢があれば間違いなく選んでいただろうと、うかさんは思う。タケさんを扶養に入れることもできたし、もっと早くから介護休暇を取ることもできた。
何より、親子ではなくパートナーとして家族になれた。
タケさんが亡くなった後に取った忌引休暇も、亡くなったのが子供と配偶者では、休める日数が違った。タケさんを失って苦しい時、うかさんは亡くなったのはパートナーだということを同僚に隠しながら、慌ただしく葬儀を済ませ職場に戻らなければいけなかった。
「これからを生きる若い人たちには、自分と同じ思いをして欲しくない」と、うかさんは言葉に力を込める。
地方を変えるためには、結婚を認めることが必要
地方で性的マイノリティーへの理解が進むのにはまだまだ時間がかかるだろうと、たまきさん、キヅキさん、うかさんは感じている。
「ゲイやレズビアンはテレビの向こう側の話で、自分の周りにはいないと思っている人が多い」とたまきさんは話す。
うかさんは地元の当事者団体の活動に参加しているが、当事者の間でも人権やジェンダー、同性婚などの話ができないジレンマを感じている。
「当事者団体はアットホームで楽しんですが、人権問題などを話そうとすると、『まあまあ、難しい話はいいじゃない』となってしまうんです。その場に来たことが活動になっていて、深い話ができなくて」
ボトムアップを待っていては、いつまでも変わらない。変えるためにはトップダウン、つまり「法律で認めること」が必要だとたまきさんは強く訴える。
「法律がなくちゃダメなんです。同性同士の結婚を認めて、法律で同性カップルも家族なんだと示さない限り、LGBTQに対する考え方は変わりません。罰則もない『理解増進法』なんて、ぬるい」
ウカさんも「上からのものをありがたく思う地域性があります。同性同士での結婚を国が認めれば、周りの考え方も変わっていくのでは」と話す。
LGBTQの中には、高齢になっている人たちもいる。1日も早く、国は同性婚を実現してほしいとたまきさんは語る。
「同性婚が認められても、それをすぐに行動にうつせる人と、うつせない人がいます。結婚できるようになった後も、生命保険を変えたり、色々な手続きをしなければいけない。私たちにはもうあまり、時間がないんです」