文部科学省は3月31日付の官報で「新学習指導要領」を告示した。中学の保健体育では、武術の種目として新たに「銃剣道」を加えた武道9種目が記された。これについてTwitterなどでは、戦前に学校の軍事教練に採用されていたことから「時代錯誤だ」と反対する声がある一方、「剣道と変わらない」などと肯定する意見もあり、賛否両論さまざまな意見が出ている。
あまり馴染みのない「銃剣道」という言葉だが、そもそもどういう競技なのだろうか。
■そもそも「銃剣道」とは何か?
銃剣道で用いられる木銃(九櫻 木銃1・7米 GW2)
「銃剣道」は、接近戦(白兵戦)において相手を銃剣で相手を突き刺して倒す格闘術「銃剣術」から生まれた競技。「銃剣」とは、小銃(ライフル銃)の先端に装着する短剣で、鋭い刃を持つもの、先端が尖っているものなどがある。
『ブリタニカ国際大百科事典』によると、「銃剣」は17世紀にフランスのバイヨンヌ地方で開発されたという。そのことから銃剣術は「バイヨネット」と呼ばれる。当時のマスケット銃などは単発式で連射できず、発砲から次弾装填までの間に敵が接近してきた場合、兵士は銃剣で戦う場面もあった。
後世になって連射式の銃が開発されると、戦闘において銃剣が使用される場面は減り、汎用ナイフとして使用されるようになったという。一方で、現在でも軍の格闘術の一つとして、銃剣術を取り入れている国は存在する。イギリス陸軍では21世紀に入ってからも、実戦で銃剣突撃を敢行した例がある。
日本には幕末〜明治期にかけて、西洋式(フランス式)の銃剣術が伝えられた。やがて旧日本軍では、日本の剣術・槍術を取り入れた独自のものが制定され、接近戦(白兵戦)を想定した戦技として用いられた。1940年には名称が「銃剣道」に改められた。旧制中学など、学校教育(軍事教練)にも採用されたが、日本が太平洋戦争に敗れるとGHQが武道を禁止し、銃剣道も廃れた。
戦後、1956年に「全日本銃剣道連盟」が結成され、銃剣道はスポーツとして復活した。
競技では、小銃をかたどった木製の棒(木銃)を持ち防具をつけて戦う。有効な攻撃は「刺突」のみ。10m四方の試合場の中で、対戦相手の上胴・下胴・喉・(左)小手・肩の5つの各部位を木銃で突いて勝敗を決める。銃剣道は現在、自衛隊でも訓練されている。
第23回全日本銃剣道選手権大会 準決勝第二試合
中学生以上は長さ166cm、重さ1,100グラム以上、小学生以下は 133.5cm、重さ800グラム以上のものを使うように決められています。木銃の先にはタンポと呼ばれるゴムがついていて、突き技の衝撃をやわらげています。
■中学武道に「銃剣道」 インターネット上の反応は…
「銃剣道」が中学武道の種目に加えられたことに、Twitterでは様々な声が出ている。反対の立場からは、戦前の軍事教練に採用されていたことから、「今の時代にはそぐわないのでは」などとする意見が出ている。
一方で、現在の銃剣道は戦前色の排除を重視しているとして、「剣道と変わらない」とする声もある。
日本銃剣道連盟は公式サイト上で、「戦前の戦技的内容を完全に払拭して」おり、「競技会を主体とした近代的スポーツとして再出発したもの」と説明している。
戦後における銃剣道は、昭和31年全日本銃剣道連盟が結成され、現代の武道として、戦前の戦技的内容を完全に払拭して、しかも古来伝統武道の真髄を継承 しつつ、全く新しい大目標にむかって競技会を主体とした近代的スポーツとして再出発したものである。従って、その修練の目標や理論、使術等については槍術や 剣道と全く同様のものであり、 現代社会人としての人間形成に資することを目指したものである。
(銃剣道とは - 全日本銃剣道連盟より)
■「日本固有の武道の考え方に触れる」⇒でも、発祥はヨーロッパ
そもそも、なぜ「銃剣道」が新学習指導要領に加わったのか。背景には、中央教育審議会(中教審)による学習指導要領改訂に関する答申がある。
2016年12月に出された、中教審の「学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」では、中学の保健体育について「グローバル化する社会の中で、我が国固有の伝統と文化への理解を深める観点から、日本固有の武道の考え方に触れることができるよう、内容等について一層の改善を図る」としている。
この「武道」について、答申では日本武道協議会加盟団体の実施種目(柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道)9種目をあげていた。新学習指導要領でも、これらが武道9種目として記された。
元陸上自衛官で「ヒゲの隊長」こと、自民党の佐藤正久参院議員は2017年3月15日に自身の公式ブログで、銃剣道を「新学習指導要領」に加えるよう働きかけた様子を綴っている。
銃剣道は国体競技種目であり、自衛隊ではその入隊時、陸上自衛官や航空自衛官のほとんどが習い、部隊等に配置されてからもそのレベルアップに汗を流している武道です。
武道とは「武士道の伝統に由来する日本で体系化された武技の修練による心技一如の運動文化で、心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、人間形成の道」です。
(佐藤正久オフィシャルブログ「守るべき人がいる」Powered by Amebaより 2016/03/15 19:08)
こうした方針については異論も出ている。銃剣術は、幕末から明治期に西洋から流入した武術であることから、「日本固有のものとは言えないのでは」と指摘する意見もある。
■スポーツ庁「国として銃剣道を強制することはない」
文科省の外局・スポーツ庁の担当者はハフィントンポストの取材に対し、「銃剣道は国体の種目にもなっており、競技として確立している。あくまで日本武道協議会加盟団体の実施種目であり、幅広く例示した競技の一つ。パブリックコメントでも、新学習指導要領に『銃剣道を導入してほしい』という意見が多数あった」と、背景を説明した。
Twitterなどでは、銃剣道が「突き」技が主体の競技のため、安全面を懸念する声も。これについて同庁の担当者は「児童・生徒の安全面を確保した上で指導することはもちろんです。突き主体の競技ではあるが、それが全てではない。柔道、剣道にも禁止技がある。『礼』などを通して、各武道の特性に触れてもらう機会になれば」としている。
そもそも銃剣道の指導者が少ないのではという指摘には、「外部指導者の活用なども一つ。銃剣道ができるスペースがあるかも課題。いろいろなことを勘案しながら、指導するかは各学校が判断する。国として銃剣道を強制することはない」と答えた。
■「新学習指導要領」では「聖徳太子」の呼び名が復活
スポーツ庁の担当者が、「新学習指導要領」に銃剣道が追加された背景としてあげた「パブリックコメント」。今回の学習指導要領の改訂に大きな影響を与えたようだ。
歴史用語などについて、中学の改訂案では当初「聖徳太子」を「厩戸王(聖徳太子)」とするなど、最新の歴史研究成果などを反映したものになっていた。これに対し、保守系の「新しい歴史教科書をつくる会」が、「聖徳太子を抹殺すれば、古代史のストーリーはほとんど崩壊する」などとして、反対するパブリックコメントを送るよう会員らに働きかけていた。
31日に告示された新学習指導要領で、「聖徳太子」などの歴史用語は、従来の表記に戻されることになった。「新しい歴史教科書をつくる会」は公式サイト上で、「学習指導要領改悪を阻止した大勝利と言えます」としている。