裁判員制度の現状と課題

裁判員制度は司法への市民参加の制度ですから、辞退率の上昇と出席率の低下は制度の根本に関わる問題です。

1. 裁判員制度開始から8年

2009年5月21日の裁判員制度開始から8年となります。裁判所のまとめによると、制度施行から2017年2月末までに全国60の地方裁判所(10支部を含む)において、裁判員候補者は約240万人、そのうち55,851人が裁判員を経験し、18,999人が補充裁判員を経験しています。制度開始から今日までの間に7万人以上の市民が裁判員、補充裁判員として刑事裁判の判決に関わったことになります。

2. 辞退率の上昇と出席率の低下

選任手続についてみると、選定された裁判員候補者のうち、辞退が認められた裁判員候補者の割合(辞退率)は、制度開始時の53.1%から年々上昇しており、2015年は64.9%、2016年は64.7%、2017年(2月末まで)は66.4%とさらなる上昇が見られました。

一方で、質問票等で事前には辞退が認められず、選任手続期日に出席を求められた裁判員候補者の出席率は、制度開始時の83.9%から年々低下しており、2015年は67.5%、2016年は64.8%、2017年(2月末まで)は56.6%となっています。

呼び出しを受けた裁判員候補者は、選任手続期日に出頭しなければならず(裁判員法29条1項)、正当な理由なく出頭しない場合、10万円以下の過料に処される可能性があります(裁判員法112条1号)。もっとも現段階で、出頭しない裁判員候補者が過料に処せられたという発表、報道はありません。

2016年11月には、殺人未遂罪に問われた女性被告に対する大阪地方裁判所の裁判員裁判で、裁判員3人が相次いで辞任を申し出たため18日に予定していた公判が開けない事態となりました。裁判員の辞退が原因で裁判が行えなくなるという状況が実際に発生したことは、辞退率や出席率が悪化し続けている現状に鑑みても、深刻に受け止めなければならない問題です。裁判員制度は司法への市民参加の制度ですから、辞退率の上昇と出席率の低下は制度の根本に関わる問題です。

3. 裁判員経験の共有を阻む守秘義務

裁判員の経験を社会で十分に共有できていないことが辞退率の上昇と出席率の低下の背景にあると考えられます。現在の制度では、裁判員候補者には候補者であることの公表禁止義務があり「候補者であること」自体も公にすることができません。また、裁判が終わった後は裁判員経験者にも広範な守秘義務が課されます。これらの規定は、経験者には守秘義務の範囲を吟味する前に「とにかく言わない」こと選択させ、貴重な経験を社会で共有することの妨げとなっているのではないでしょうか。

評議の内容の中には守秘義務があるとされていますけど、評議の内容にこそやっぱり一番いろいろ感じたことだったりとか、考えさせられたことというのが詰まっていました。ですから、そういったことを公開できないとなると、やっぱり経験を話すことは、少し窮屈といいますか、萎縮してしまう部分はあると思います。(裁判員経験者・20代・男性)

裁判員経験者は経験の核心部分である評議に関して守秘義務が課されていることで、その経験を市民の間で共有することが難しくなっているのです。もちろん裁判員の自由な議論を実現させ、事件関係者のプライバシー等を保護する必要はあります。しかし、評議の経過や発言者を特定しない形での意見の内容、評議の際の多数決の数といった部分は、守秘義務の対象から外すべきです。現在の「評議の秘密」の範囲を限定して、発言者を特定して意見の内容を漏らす場合だけを守秘義務の対象とすべきではないでしょうか。

4. 法教育の重要性

裁判員ネットでは、第16回裁判員制度フォーラム(2017年5月21日開催@専修大学神田校舎)のテーマとして「若者から見た裁判員裁判~司法への市民参加と法教育の重要性~」を掲げ、2017年4月から5月初頭にかけて、東京都内の大学生を中心とする若者(18歳から25歳まで)を対象に「法教育・裁判員制度についてのアンケート」を行い、高等学校での法教育の現状及び若い世代の裁判員制度に関する意識調査を実施しました。アンケート調査の結果、1,060人(男性566人、女性492人、その他6人)から回答を得ました。

このアンケート調査では、学習指導要領では必ず高校生活のどこかで裁判員制度の内容について触れることになっていますが、実際に「授業を受けたことがある」と回答した若者が半数以下であるという実態が明らかになりました。また、授業の内容についてみると、知識の説明が最も多く、模擬裁判や法廷傍聴などの体験学習を行う授業は限られていることもわかりました。更には、裁判員経験者の話を直接聞く機会もほとんどないことも明らかになりました。

「無罪推定の原則」や「黙秘権の保障」などの刑事裁判の理念についても、高等学校の授業を通しては若者に十分に伝わっていませんでした。裁判員を務めるにあたって細かい法律知識を身に付ける必要はありません。

しかし、市民が責任をもって刑事裁判に臨むためには、無罪推定の原則や黙秘権の保障といった刑事裁判の理念を十分に理解しておくことが必要です。その意味で、この調査結果は、法教育の厳しい現状を明らかにしたと言えます。私たちは、このアンケート調査結果を踏まえ、刑事裁判の理念を「市民の常識」にするための法教育の重要性を改めて訴えると同時に、それを実現するために何が必要かを考えていきたいと思っています。

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