■検査データの改ざんはなぜ行われたのか?
ここ数年来、JR北海道は列車脱線事故や車両の不具合といった不祥事を立て続けに起こし、筆者はその真相を探るべく、取材と調査を続けてきた。途中経過ではあるが、JR北海道の現状と今後採るべき道を2013(平成25)年12月に『JR崩壊』(角川oneテーマ新書)にまとめたところ、大きな反響をいただき、感謝に堪えない。
さて、JR北海道をめぐる問題はまだ続いている。同社は2014(平成26)年1月21日、軌道の検査データが改ざんされた問題について実施した社内調査の結果を発表した。かいつまんで申し上げると、レールやまくらぎ、そしてこれらを支える砂利などの道床(どうしょう)から構成される軌道に歪みが生じていないかどうかを検査する部門で、本来は補修が必要な数値が測定されたにもかかわらず、検査データを書き換え、補修を怠っていたというものだ。同社は改ざんに関与した社員56人を処分し、経営責任の観点から同社の役員13人、そして過去に工務部長の職にあり、現在はグループ会社の役員を務めている6人の報酬を減額した。社員への処分は厳しいものとなり、2人に下された懲戒解雇を最高に、諭旨解雇3人、出勤停止3人、減給8人、戒告13人、訓告9人、厳重注意16人、口頭注意2人という事態となっている。
軌道の検査データの改ざんが明らかになったのは2013(平成25)年11月11日のこと。同年9月19日に函館線大沼駅構内で発生した貨物列車の脱線事故を受けて国土交通省が実施した特別保安監査によってである。貨物列車の脱線事故現場を受け持つ部署の担当者が国土交通省の立ち入り調査を前にデータの書き換えに手を染めてしまったのだという。「会社のためを思って」と語った当事者2人は先ほど挙げた懲戒解雇の対象となり、2人が所属する部署の3人の責任者3人が諭旨解雇の処分を受けている。
貨物列車の脱線事故の責任を免れるために行った改ざん行為は許されるものではない。解雇となった社員は鉄道事業法第七十条十六号にあるとおり、国土交通省による立入検査時に虚偽の報告を行ったとして罰金100万円以下の刑事罰を受ける可能性もある。
とはいうものの、今回のJR北海道の発表によって筆者が同社が抱える問題の根の深さを感じたのはいま挙げた事象ではない。それは、JR北海道に軌道の保守を担当する部署が同社には44カ所あるうち、4分の3に当たる33カ所で検査データを書き換え、本来実施すべき補修作業を怠っていたという点だ。
事故の責任を免れるためという理由は悪質とはいえ、比較的わかりやすい。一部の社員が引き起こした不祥事と言っても差し支えないであろう。しかし、大多数の部署で改ざんがまかり通っていたとなると話は別だ。組織的な関与、要はJR北海道が全社的にデータを書き換えるよう指示していたと疑われても仕方がない。
JR北海道は発表の席上で、軌道検査データの改ざんがなされた原因と背景として、「軌道検査データに対する認識不足」「軌道管理業務の不備」「施工能力の低下」「本社による現場実態の把握不足」の4点を挙げた。そして、経営陣による改ざんの指示は一切存在しなかったと強く否定し、あくまでも固有の部署の抱える問題だと結論づけた。だからといって経営陣に責任はないとは言うつもりはないが、確かにはっきりとした形で改ざんを命じた事実はなかったのかもしれない。
■足りなすぎる線路保存費
筆者が気になったのは、JR北海道が発表の際に「現業機関社員からの意見」と題してまとめた生の声だ。予算の項目には次のような意見が寄せられている。
「毎年、予算を要求しても措置されず、職場全体が諦めている。」
軌道の検査であるとか補修といった費用は専門的には線路保存費と呼ばれる。国土交通省によると、2011(平成23)年度にJR北海道が支払った線路保存費は177億6289万5000円であった。同年度のJR北海道の鉄道部門の売上高は757億6546万5000円であり、334億4820万1000円の赤字を出しているから、この数値だけを見れば苦しい懐事情のなか、よくやっているとさえ思えてしまう。
しかしながら、軌道1km当たりの線路保存費(表参照)を見れば、先ほどの社員の意見が説得力を増す。JR北海道の線路保存費は軌道1kmにつき571万9000円で、JR旅客会社6社はもとより、全国の鉄道会社の水準と比べても半額以下に過ぎないといったありさまだ。
JR北海道よりもJR四国やJR九州のほうが金額が少ないから、状況はまだよいなどとは言えない。なぜなら、JR北海道の線路保存費には除雪費用が含まれており、両社にはほぼ存在しないと言えるからだ。つまり、軌道1km当たりの線路保存費は実質的にはJR北海道がJR旅客会社中最下位となるであろう。
予算不足が原因で軌道の検査データを改ざんしたことをうかがわせる事実はJR北海道自身が発表している。書き換えられたデータの多くは、補修が必要な数値から1〜2ミリメートル超えた程度であるという点だ。
「予算が足りないので、緊急に補修が必要な個所以外は工事に取りかかってはいられない。そうはいうものの、検査で異常値が発見されたのだから、数値を直して報告しておこう。」
多くの部署ではこのような会話が取り交わされたのではないだろうか。
何よりも安全が重視される業種であるので、本来はこのようなこともあってはならない。とはいえ、個別の社員や部署の責任者を処分しただけで解決する問題でないことも明らかだ。
■長年の疲弊のあぶり出しを!
予算にまつわる苦悩はJR北海道が1987(昭和62)年4月1日の誕生以来、片時も離れたことはない。何しろ、同社は本業である鉄道事業において一度も営業利益を計上したことがないからだ。
だからといって歴代の経営者が無能だとは言えない。人口密度の低い地域が多く、売上高を年々減らすなか、初年度の1987年度に535億7480万8000円もあった営業損失を200億円以上も圧縮することに成功したからである。だが、その陰には本来必要な費用を削減してしまったという認識をもたなくてはならない。
今回の発表により、JR北海道が一連の不祥事に一区切り付けることができたと考えているのならばそれは甘いと言うべきだ。また、監督官庁である国土交通省も安心してはならない。今回の問題はJR北海道が抱える構造的なものであり、少子高齢化の進展によってやがては全国の鉄道に波及する。安全よりも予算を心配する鉄道会社など今後いくらでも現れるであろう。
ひとまずJR北海道が行うべきであるのは軌道の検査データ以外にも改ざんが行われていたかどうかだ。規則で検査が定められている対象は、軌道のほか、架線や変電所、トンネルや橋梁といった構造物、何よりも利用客が命を委ねる車両が挙げられる。この数年来、不祥事が続いたJR北海道にもはや失うものはない。ならば、この機会に一気に長年の悪弊をあぶり出し、予算面での抜本的な支援策や運賃・料金の改定など、解決に向けて策をめぐらすほうが建設的であり、鉄道の将来にも役立つと筆者は信じる。