50年前の日本社会と比較すると激減してはいるものの、結核は決して過去の病気ではない。世界ではいまだ1040万人が発病しており、結核対策には国際化が求められる。第13回ヘルシー・ソサエティ賞で結核教育への活動の功績が表彰された工藤翔二さんに話を聞いた。
一般呼吸器と結核研究の橋渡しをするために
日本では戦前戦後、結核の罹患率が人口10万人に対して700人近い結核の高蔓延社会だった。結核予防会(JATA)が設立されたのは1939(昭和14)年。75年以上にわたる結核対策と研究に携わった多くの人々の努力により、2015年時点で、結核の罹患率は人口10万人に対して14.4人と大幅に減少している。それでもまだ、低蔓延国(10万人対10人以下)には至っていない。2014年から公益財団法人 結核予防会の理事長を務める工藤翔二さんは「2020年までに、低蔓延社会を実現させるべく、努力を続けている」という。
工藤さんが結核医療教育に携わるようになったのは、1992年、日本医科大学に赴任したことがきっかけだった。当時の日本医科大学では、呼吸器科医ですら結核治療を学ぶ機会がなく、外来患者や入院患者が結核になると、結核専門の医療機関を紹介するしかなかった。呼吸器・感染・腫瘍部門の主任教授だった工藤さんは、院長に掛け合い、一般病棟で結核患者を診察できる「モデル病床」を全国の私立大学に先駆けて設置。結核教育の浸透のために講義を担当し、それは現在も継続している。
もともと一般呼吸器医療のパイオニアとして活躍していた工藤さんが、結核医療へと力を注いでいったのは、二人の同級生の影響が大きい。結核研究所名誉所長の森亨さんと、結核研究所所長の石川信克さんだ。二人が結核医療に尽力している姿を見ながら「一般呼吸器と結核医療の橋渡しをしたい」という使命感が芽生えたのだと言う。その実現のため、工藤さんは呼吸器学会を主な活動の場としつつ、一般社団法人 日本結核病学会にも所属して役員を兼任するなど結核教育に力を注いできた。
結核対策の国際化とこれからの人材育成
世界に目を向けると現在も、アジア・アフリカを中心に、年間1040万人が結核を発病し、死亡者数は180万人に及ぶ。日本の結核対策も国際化が求められるようになっている。「日本では多くないが、世界では薬が効かない多剤耐性結核など問題もまだまだ山積みです。しかし、いつか世界から結核という病で苦しむ人がいなくなるよう、地道に、懸命に活動を続けていきたい」と工藤さんは力を込める。
公益財団法人 結核予防会は、1963年から国際結核研修をスタートし、その受講者は世界97カ国から2,317人(2016年6月)にのぼる。50年以上続く結核研修では、発展途上国などから数ヶ月間の英語による講義や実習に参加して、それぞれの国に戻った人には大臣などの職に就く人もいるという。「技術やモノを介する国際交流や国際貢献も大切で、必要なことですが、研修を通して心が通じ合ったと実感できることがうれしい。同じ目的を持って活動する仲間が世界にいるというのは心強いです」と工藤さんは言う。同会の理事長である工藤さんには、国際的に結核に携わる同会による人材の育成や、活動のさらなる発展が託されている。
第13回ヘルシー・ソサエティ賞
結核予防会での長年の功績が認められ、工藤さんは今年第13回ヘルシー・ソサエティ賞の「教育者部門」を受賞した。この賞は、より健全な社会づくりを目指し、献身的な活動をしている人をたたえることを目的に、日本看護協会とジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループによって2004年に創設され、今年で13回目を迎える。
今回の受賞者は工藤さんのほかに「ボランティア部門(国内)」で全国脊柱靭帯骨化症患者家族連絡協議会会長、一般財団法人北海道難病連専務理事の増田靖子さん、「ボランティア部門(国際)」では一二三日本語教室学校長、123図書館の代表の鬼一二三さんが選出された。「医療従事者・医療介護部門」では、医療法人唐淵会桑原医院の院長である桑原正彦さん、「医療技術者(イノベーター)部門」には医療法人雄仁会メディカルケア虎ノ門理事長、院長の五十嵐良雄さんが選ばれた。
ヘルシー・ソサエティ賞とは
・ より健やかな社会を築くための個人の素晴らしい努力を顕彰する
・ 国内外における、社会全体または特定のグループへの支援に対する功績を称える
・ 慈善行為や寛大な精神、助けを必要とする人たちへの配慮を奨励する
・ 他者への思いやり、人々のために奉仕するという日本のよき伝統を奨励する
・ これまで功績が広く認識されてこなかった個人、および既に高い評価を受けている個人を対象とする