こんにちはー。 縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。
縄跳びアクトも、残りあと1週間となりました。シアターは新しい「Bboyアクト」の入れ替えでバタバタ。
モントリオール本部からもクリエーションチームが集結して、普段とは違うクリエイティブな空間が広がっています。
久しぶりにデビィさんにも会いました。この人はシルクドソレイユの大半のショーを振付をしている振付家。もちろん縄跳びアクトの振付もデビィさんにやってもらいました。
Debra Brown公式ページ
振付で忙しいにも関わらず、アクトの感想を貰ったり、自分の事を心配してくれたり。
他愛もない話をデビィさんとしていると、つくづく自分は「人間」と仕事がしたいんだって痛感しました。
一人の人間として向き合ってくれる
デビィさんは新しいアクトの振付に来ています。でもちゃんと自分のことも見てくれてたんですよ。一部同情の気持ちもあるかもしれませんが、お世辞で褒めるような人じゃない。いいモノは良い。わるいモノは悪いと突っぱねてくる人です。
その上で「この部分はこっちの方がいい」「あなたのスタイルが好きよ!」等しっかりコメントをくれます。これ、なかなかできないことだと思うんです。
言うなれば縄跳びアクトは既に過去のアクトで、これといってデビィさんが気を掛ける必要もないはず。なのに逐一コメントをくれるというのは、一人のアーティスト、人間として向き合ってくれてるからだと思うのです。
システム的には必要外
一方で寂しい対応をしてくる人も少なからず居ます。以前は親身になってくれた人が、入れ替え発表があった途端に態度を一変させたり。まぁよくあることですが、やられる方としては切ないですよね。
これは賢い態度だとは思うんです。自分は、新しいシステムに入れ替える上で必要外ですから。こっちに気を取られるなら、新しことに力を注いだほうが良い。なんとも合理的な考え方です。
ただこれは「人間」を向いて仕事してないんですよね。システムや組織を向いて仕事してるんです。一緒に働く同僚は「素材」「能力」でしかなくて、不要ならネジを変えるようにスパっと入れ替えていく。
たとえば「また別の現場で一緒に仕事ができたら嬉しいな」と振ってみても、人間を向いてない人は「機会があればね」とドライに返してきます。
人間と仕事がしたい
デビィさんとの仕事は楽しかったです。クリエイティブ過ぎて付いていくのは大変ですが、それ以上に受け取るものが多かった。なにより「人間」として向き合って仕事をしてくれてるのがよく分かったんです。
シアターでの別れ際にも「◯◯という場所に連絡しなさい!あなたのスタイルはとっても良いから!」と世話を焼いてくれました。これは人対人で仕事をしてるからこそ生まれた会話だと思うのです。
人を向いて仕事をしてる人は、別の場所に行っても「人間」と仕事をするのだと思います。だからこそ「人間」を大切にする。それは個性や性格、能力などを全てひっくるめた個人としての人間です。
反対にシステムで仕事をする人は、切り取られた一部で判断します。個人の持つ能力、経験、いうなれば「素材」としての価値です。
どれほど能力があろうと、経歴が立派であろうと、結局は人間として尊敬できないといい仕事はできない。この人のためなら頑張れる!という想いは、仕事の成果を大きく左右するからです。
またどこかの現場でデビィさんと一緒に仕事できる日が楽しみです。
(2015年12月07日「なわとび1本で何でもできるのだ」より転載)