アメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が当選したことの悪影響を懸念する声が世界から続出している。ミシガン州デトロイト出身の世界的な音楽家・DJのジェフ・ミルズさん(54)も、その一人だ。浜離宮朝日ホールでの公演「THE TRIP」のために来日中の11月16日、トランプ新大統領がアメリカ社会と世界に与える影響についてインタビューした。
11月18日、浜離宮朝日ホールでの公演で「THE TRIP」で演奏を披露するジェフ・ミルズさん
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■アメリカ人は「すごく自己中心的な投票をした」
--トランプ氏の当選を知って、まずどう思いましたか?
信じられなかったし、悲しかったです。トランプ氏は、どんな国の大統領としても明らかにふさわしくないと思われる人物です。政治に今まで関わったこともなければ、ビジネス以外の何の経験もありません。以前から数多くの訴訟問題を抱えています。そんな人物が一国のリーダーとなって残念です。彼がアメリカだけでなく世界に大きな影響を与えること、トランプ氏とその側近たちが絶大な影響力を持つことは世界に多大なダメージを与えるでしょう。
--ミルズさんの出身地であるデトロイトなど五大湖周辺の工業地帯では、伝統的には民主党が強かった地域です。ここでもトランプ氏が強かったのは、なぜでしょうか?
民主党に、説得力がなかったのだと思います。失業率がアメリカ全体よりも高いという事実を、民主党が見落としていたんじゃないでしょうか。共和党も同様ですが、工業地帯の人々が失業していて、新しい仕事を見つけられない実態に、選挙戦で焦点を当てていなかった。そこにトランプ氏が来て「君たちを救ってあげる」と囁きました。それをすごく魅力的に感じるのは仕方ないと思います。
--ただトランプ氏は「アメリカ・ファースト」を掲げて移民排斥を訴えたほか、女性蔑視をするなど差別的言動を繰り返してきました。その彼がなぜ当選できたのでしょう?
彼は、大統領に全くふさわしくありません。その彼が選出されたのは、ヒラリー氏に投票したくないから、彼しか選択がなかったのでしょう。また、トランプ氏がさまざまな問題を解決してくれると信じている人たちが実際にいて、それを実行してくれるに違いないと思ったのでしょう。
ただ、アメリカの有権者の行動は非常にリスキーだし、重大な影響があると思っています。アメリカ人が目先のことだけを考えたすごく自己中心的な投票をしたのではないかと思っています。トランプ大統領が起こしうるダメージはアメリカ人だけではなく全世界に波及することを気にしなかったし、今後の4〜8年間に起きる失敗について、若い世代がツケを払わなくてはいけなくなったことを考えなかったからです。イギリスのEU離脱と同様に「自分が不満だから投票する」という、不満のはけ口としての大統領選だったと思います。それが、クリントン氏をホワイトハウスに戻させないという結果を引き起こしたのでしょう。
--アメリカだけでなく、世界的に自国の利益だけを優先する動きが続いていますけどそれについてはどう思いますか?
その通りです。アメリカは自由をモットーにして、自由貿易などの政策を推進してきたけど、これからは後退させることになるでしょう。私個人としては国内にだけ目を向けて、他国を排斥することによってアメリカの経済が救われるとは思いません。むしろ逆効果だと思います。
--今回のトランプ氏の当選を受けてアメリカという国に幻滅されましたか?
もちろん、幻滅しました。アメリカにいる多くのマイノリティ、特に黒人はアメリカがもともと、人種差別するような人がいる国だとは分かっていたけど、今までは表面化していませんでした。でも、今回の大統領選では、すごく表に出てしまいましたね。アメリカの黒人は普段の生活から経験していることです。
■人種差別の流れをなくすには?⇒「もう手遅れですね」
アメリカの新大統領に選ばれたドナルド・トランプ氏(12月21日撮影)
--以前のインタビューでもミルズさんは「人種差別は、なくならない」と指摘していましたが、それでもアメリカ社会全体としては人種平等の社会を目指してきました。今後アメリカは昔の状態に逆戻りするのでしょうか。
そうです。トランプ氏が選挙キャンペーンをしていた時点で、既にそういう現象は起こっていました。本当にこれからどんどんダメージが大きくなると思いますし、今はその出発点にいるという感じです。
--人種差別の流れを止めるには、どうすればよいのでしょう?
もう手遅れですね。国外退去や差別される立場になるというようなことをトランプ氏が特定の人々に向けて言っているような状況では、疎外感を持ったり、「この国に自分が属していない」と感じたりする人たちが、どんどん増えてしまいます。そこからポジティブなことは多分生まれてこないと思います。
この選挙によって、アメリカは完全に分断されてしまいました。思想信条や、身体や見た目の特徴、人種差別によって人々が分かれたことは、問題しか生まないと思います。何も良いことは生まれません。それを解決しようと思っている人は誰もいないし、トランプ氏は今までの言動を否定しないまま大統領になったのだから、その人柄が急に変わるとは思えません。
「自分は頭がいいから税金を納めない」と言っているような人が、3億人以上が住むアメリカという国を代表する人間になるとはとても思えませんし、理想的な人間では確実にないと思います。残念ながらそういう人が大統領になるわけだから、彼が人種差別を平気でするような人たちを内閣に選ぶことでしょう。大統領のみならず内閣全体が、そういう人々で固まってしまうことは問題だと思います。
■トランプ氏を勝利に導いたのはマスメディア
アメリカ大統領選のテレビ討論に見入る人々(9月26日撮影)
--メディアの報じかたにも問題があったという指摘が出ています。ハフィントンポストUS版を含めて、多くのメディアはクリントン氏優勢と伝えてきましたが結果は違いました。これはどういうことでしょうか。
各メディアも調査していたはずですが、調査では答えなかったけど実際にはトランプに投票した人が意外と多かったのだ思います。また、ニュース番組のコメンテーターも、自分の思ったことを口にしているだけなので、実態とはかけ離れていた。そういうことが理由だと思います。
ただ一つ言えることはアメリカ人の多くがトランプ氏をサポートしていて、クリントン氏が大統領になるよりもトランプ氏がなったほうが「変化があるだろう」と期待したのだと思います。ただ、その変化がアメリカ国民にとって良いものかというと、多分そうじゃないと思います。8年前にオバマ氏が大統領に選出されたときのアメリカと今のアメリカとでは、全く違うものになってしましました。
--マスメディアの多くはトランプを批判しながらも、エンターテイメントのように面白おかしくトランプの発言を伝えてきました。トランプ氏の当選には、やはりメディアの責任も大きいのでしょうか?
24時間名前を連呼されていれば、どんなにネガティブな内容だとしても、ドナルド・トランプという名前を人々にすごく親しみを持たせてしまいます。それが結局、勝利に導いたのだと思います。CNNなどのように信頼できるべきニュースチャンネルですら、エンターテイメントとしてトランプの話題を常に流していました。コメンテーターが面白おかしいコメントをしているような状況だったので、ニュースを見ている人々に誤解を与えてしまったと思っています。
■ジェフ・ミルズさんのプロフィール
1963年、デトロイト生まれ。電子音楽「デトロイト・テクノ」のパイオニアとして知られるDJ・プロデューサー。現在はフランス・パリを拠点に活動している。Axis Records主宰。 新作の「Planets」は、太陽系の惑星をテーマにクラシック・オーケストラのために書き下ろした意欲作で、2017年2月22日にCDをリリースする。同作の日本公演では、東京フィルハーモーニー交響楽団と共演を果たす。2月22日に大阪・フェスティバルホール。25日はBunkamura オーチャードホールで予定している。
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