「毎日頑張っているのに認めてもらえない」「家族や恋人との関係がギクシャクしている」……。人生の様々な悩みを、お茶をしながら気軽に僧侶に打ち明けられる場所が東京・代官山にある。
喫茶店「寺カフェ代官山」に、これまでやってきた人々はざっと、1500人ほどにのぼる。
“現代の駆け込み寺”と言える寺カフェはなぜ頼られるのか。私自身、人生の「処方箋」を求めて、僧侶の三浦性曉さんのもとを訪ねた。
■お坊さんが街へ出て「開かれた相談の場」をつくってみた。
――「寺カフェ代官山」をオープンしたきっかけはなんですか。
もともとお寺というのは、地域の相談所のような役割を担っていたんですね。町の人たちが、ちょっとした悩みを聞いてもらうため、ふらりと訪れるような場所でした。
現代ではその役割がいつの間にか忘れられ、お寺は特別な時にしか行かない場所に変わってしまいました。
でも、「そんな時代でも、工夫次第で私たちにできることがあるのでは」そう思って、都内でお坊さんと話せるイベントを開いてみたんです。
そしたら、なんと1万7000人もの来場者があって。昔のお寺のように、人々が気軽に足を運べる「開かれた相談の場」が、実は現代でも必要とされていると実感したんです。
そこで、カフェというかたちで街へ出てみることにしました。
「寺カフェ代官山」では、カフェ利用はもちろん、店内にいるお坊さんに「お悩み相談」もしていただけます。これまで1500人ほどが私たちと話をしにきてくれました。いまも来店者、相談者は増え続けています。
■いつでも誰かとつながっている時代。それでも、私たちが人に相談しづらい理由
――寺カフェ代官山にやってくる人は、どんな悩みを抱えているのですか。
私自身は、これまで700人ほどの相談に応じてきましたが、相談者の年代は20-40代、性別は女性が多いです。内容は人間関係がほとんどですね。
よくあるのが「頑張っているのに仕事を評価してもらえない」「気をつかっているのに周りから浮いてしまう」といった相談です。
ほかには恋愛や結婚、家族の介護問題もあります。何かのきっかけで人生を振り返った時、「自分は親や社会の期待に応えるためだけに生きてきた気がする」と悩む人もいるようです。
――いま、なぜこれほどまでに相談者が集まるのでしょうか。
友達にも家族にも、日々の悩みって、相談しづらいんだと思います。明るい話はできるけど、ちょっと重たい話は「まだ言ってるの?」「まだ悩んでるの?」と返されるのが怖くて、なかなか口に出せない。頼るのは恥ずかしいこと、いけないことだと思い込んでいる人が多いです。
日本人は昔から、空気を読んで、本音と建前を使い分けてきました。さらに、地域コミュニティも、特に都会では薄くなってきています。
会社も以前のように家族的ではなくなっていますし、社会も多様化して、近くにいる人の考えていることさえ、わかりづらい時代です。
昔以上に、本音でぶつかりあってスッキリする、なんてことが難しくなってきているのではないでしょうか。
――スマートフォンもこれだけ普及して、SNSでいつでもコミュニケーションを取れる時代。人に頼りづらいというのは、不思議です。
SNSをやっていても、リアルなところで人と深く交流できているかはわかりません。SNSは「いいね!」の数とか、他人にどう見られているかが大きな基準になっています。
ファッションでもお出かけ先でも、本当は自分が好きか、楽しいかが大切なはずなのに、人と比べたり、誰かの目を通して行動したりしがちです。
その影響もあってか、自分に自信がなく、自己肯定感が低い人が増えている気がします。それでは、さらにモヤモヤとした思いを抱え込んでしまいます。
相談にいらした方にもよくお話しするのですが、自分に自信がない人は、苦手なことではなく、得意なことを伸ばす、長所を生かすことを考えてみてほしいです。
たくさん活躍しているスポーツ選手だって、自分の一番得意なことを伸ばしたからこそ、いまの実績があるんですよ。
自分の得意なこと、長所ってなかなか自分では見つけられなかったりしますが、そんな時こそ、勇気を出して、人に聞いてみてください。
周りの人は、あなたの短所だけじゃなくて、長所も案外しっかり見ていてくれているものですよ。
――私は、いま実家で一人暮らししている親が心配で、悩んでいます。定年退職まではバリバリ仕事をしていたので、近所付き合いもさほどなく、日中も一人で過ごしがちのようです。私もなかなか会いに行けなくて、どうしたらいいのか……。
ご心配はわかりますが、まずは、あなた自身を大切にしてください。自分の仕事や生活など、ここで守るべきものがあるでしょう。人はすべてを担うことはできないんですよ。
だから、近所の方々に様子を見たり、声がけしてもらったりするよう頼んでみてはどうでしょう。まず、あなた自身がもっと人に頼ってみてもいいんです。
親御さんが「自分は一人で生きられる」と強がってしまっているなら、少しずつ家族以外の人とも交流してもらいましょう。周りの人に頼ることへの抵抗が、減ってくるかもしれません。
■頼りベタ化する日本人。だからこそ、一歩踏み出してみよう。
――ありがとうございます。みんなの日々の小さな悩みを解決するヒントも、人に頼ることにありますか。
まずは、なんでも自己完結しようとするクセを治すことです。
特に男性は苦手な人が多いのですが、人は一人では生きられないということを、認めてみましょう。
赤ちゃんを見ても、私たち大人の日々の生活や仕事を見ても、一人でなんでもできる人なんていないんですよ。誰もが支え、支えられている。
そして、悩みは誰にでもあると知ること。実は、私たちお坊さんにだって悩みはあるんです。だからこそ、人に相談して、頼ってもいいんです。
人は、話を聞いてもらうだけでも、驚くくらい気持ちが楽になるものですよ。それに、話すことで、頭の整理もできます。自分の状況や考えをまとめるだけでなく、問題の原因を見つけることにもつながります。
悩みには、正解があるわけじゃない。でも、私たちは、同じ人間として話をお聞きすることで、その人自身が答えを出して、人生を楽しくしていく手助けをしたいと思っています。
具合が悪くなったら病院に行って、病気を治してもらう。それを「頼るのは悪い」と思う人はあまりいません。
小さな悩みでも同じことです。友達でも家族でも、私たちの寺カフェ代官山のような場所でも、どこでもいいから、まずは一歩踏み出して、人に頼ってみてください。そうすれば、きっと今よりスッキリして、もっと人生が楽しくなりますよ。
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■頼りベタな私たちの「処方箋」は身近なところにあった。
三浦さんのお話を通じて、現代人は「頼りベタ」化していると実感した。働きかたの変化、社会の多様化やSNS時代ならではのコミュニケーション……要因は様々だけど、相談できない、頼れないと無意識に思い込んでしまっている人が多いようだ。
でも、私たちは「頼りベタ」な反面、誰かに頼られると嬉しいもの。みんなが悩みを抱えているけど、悩みを相談できる人も、実はたくさんいるはずだ。
周りを見渡せば、人だけではなく、モノ、サービスなど、自分の悩みを解決できるヒントが多くある。世の中にある便利なことを知ったり、利用したりすることで、新しい楽しみが発見できるかもしれない。
(写真:川しまゆうこ 取材協力:寺カフェ代官山)