自由取引が幸福を呼ぶというウソ ~行動経済学のレッスン~ (JB SAITO 英語&経済コーチ)

行動経済学には、帰属のエラー(attribution error)という言葉があります。これは自分のまわりで発生する事象を、知覚的に目立った情報や刺激を受けた印象で決めつけてしまうことを言います。
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■人間の欲求である"自由"

"自由"という言葉の響きに人は魅了され、"管理"という言葉に人は抵抗を示す―

国の歴史には、こういった人間の心理行動はつきものでした。マズローによると人間の欲求は5つの層に分けられており、その最下層(基礎部分)を占めるのが生理的欲求で、その次の層が安全欲求だと主張します。そのため、人は自らが危機に曝されないような行動を選択するわけですが、本質的に自由が奪われなくても拒否反応を示すのは、きっとマズローのいう安全の欲求からかもしれません。ただし、自由が人に必ず幸せをもたらす万能薬であるとは限りません。実は人を陥れる可能性もあるのです。

■行動経済学が示唆する人間の非合理性

行動経済学には、帰属のエラー(attribution error)という言葉があります。これは自分のまわりで発生する事象を、知覚的に目立った情報や刺激を受けた印象で決めつけてしまうことを言います。例えば、新聞の一面になるような情報は、話題性があるだけでなく人の印象にハッキリと残りやすいため、人は偏った判断をする傾向があります。では、ここで2択クイズです。死亡確率が高い原因はどちらでしょうか?

1.鳥インフルエンザ

2.喫煙

喫煙による害は昔から言われていることです。一方で鳥インフルエンザのようにWHOが世界的な感染(パンデミック)の可能性もあるとして警告していれば、人は喫煙より鳥インフルエンザに恐怖を感じることでしょう。しかし、死亡確率は喫煙のほうが圧倒的に高いのです。人は"記録"よりも"記憶"で行動する生き物だとわかります。

前述の"自由"という人々の意識は、この帰属のエラー(attribution error)効果によって、"自由"がもたらす負の部分を人の意識から消し去っているとも考えられます。

■グローバル化は誰のためか?

先日アベノミクスの"第三番目の矢"とされる「国家戦略特区」が本格的に始まったと報道がありました。この国家戦略特区をよく大学生に聞かれるのですが、「簡単に言えば『世界に対してお金を投資してくれ!』とアピールすることだ」と話しています。アピール方法は、法人税減税を含めた規制緩和など。政府の無駄な介入は自由市場原理に反するから、今後の日本経済成長規制なしの開放経済、つまりグローバル化が重要だとするのがその根本の考え方です。

ただ、一方的に自由な市場取引が正しいとすることは行き過ぎた考え方で危険です。事実、20世紀後半アメリカのグラス・スティーガル法(Glass-Steagall Act)の一部廃止が金融業界における究極の規制緩和だったわけですが、そこが起点でリーマンショックが起こったといってもいいぐらいものでした。また、金融機関に勤める富裕層との格差でアメリカでは"ウォールストリートを占拠せよ"という運動がおこりました。1%の富裕層とそれ以外の99%。それは規制緩和によるアメリカの格差社会を鮮明に映し出したものと言えるでしょう。

ジニ係数という言われる国民の不平等の割合を見ても、アメリカは2000年代前半からG7の中で突出して高い数値になっています。

このグローバル化による自由主義の罠は、金融業界だけでなく、その他の業界でも起きています。日本の賃金率の低下はその典型的な例ではないでしょうか?グローバル化が徐々に浸透してきたのは、90年代前半から。90年代前半にバブルが崩壊し、先進国間で物価の調整(収斂)が発生しました。日本は世界レベルでも物価の高い国だったために、徐々に国内の物価レベルの低下が始まります。さらに2000年代に入ると中国がWTOに加盟したため、先進国と途上国間での価格調整が発生しました。単純作業は低賃金の中国へ移行することで、国内の中間層の職を直撃したのでした。結果的に、日本国内の物価はさらに低いレベルへと押し下げられたことによって、日本はデフレにあえぐ20年になったわけです。

■実は賃金の急下落から守られている、その理由

先進国のバスの運転手と発展途上国のバスの運転手の給与が、最大で50倍も違うそうです。バスの運転手の技術が、先進国と途上国でそこまで価値の違うものとは考えにくいですよね。当然、この差は先進国の政府が(移民政策などで)介入しているから、先進国サイドの労働者賃金が守られていることになります。

2002年に沖縄振興法改正と同時期に、沖縄では3つの経済特区(①物流特区(国際物流拠点産業集積地域)②金融特区(金融業務特別地区)③情報特区(情報通信産業特別地区))が作られたのにもかかわらず骨抜きにされたのも、決してネガティブ要因だけではないと思います。(当時は小泉内閣だったので、本気であれば骨抜きにすることはしなかったはずです。)

トーマス・フリードマンは自身の著書「フラット化する世界」で、グローバル化という自由主義によって世界経済が成長するありさまを伝えています。自由から解放されたときのエネルギーの強さは、読んでいて思わずのめりこむほどの興奮を覚えるくらいです。

"自由"という言葉の響きに人は魅了され、"規制"という言葉に人は抵抗を示す。

一方で自由主義経済は、前述のとおり国の中間層にあたる人々の給与を下げ、最悪その人たちの職を奪うことになる可能性があるもろ刃の剣であることも忘れてはいけません。

行動経済学については以下の記事も参考にして下さい。

■最後に

昨年政府は国家戦略特区のイメージを首相官邸ページで公表しました(「国家戦略特別区域法案」の閣議決定について 2013/11/5)。将来の目指すべき日本の姿です。

ただし、夢物語には必ず裏があることに注意が必要です。それは、グローバル化(自国経済の開放)が進んで日本が得をすれば他国の損にもなりえるため、得させてもらうお返しとして日本の損を差し出すルールがグローバル政治経済には存在するということです。(取りっぱなしは占領と一緒ですよね?) その日本の損で(医療など)国民生活の根幹を揺るがすような事態だけは避けてほしいと思います。

自由への期待は蜜であり、過大な期待は毒なのです。

JB SAITO 経済&英語コーチ