PRESENTED BY NHK「日本賞」

コロナ禍、日本のメディアは子どもに恐怖ばかりを伝えていなかったか?世界では…

不安を感じる彼らに、本当に寄り添えていただろうか? 日本では 一斉休校の要請や、オンライン教育の導入などで、子どもを取り巻く状況は大きく揺れた。各国のテレビ番組から学ぶことがあるかもしれない。
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親も学校も精一杯な中、子どもたちに何を伝えるべきか?

2020年に入り、世界は新型コロナウイルスという共通の敵に向き合うことになった。春には、先進国が次々と緊急事態宣言を発令。医療体制の整備に並び、子どもたちへの健全な教育環境の提供が、各国の急務でもあった。

10月1日、毎年行われている、世界中の優れた教育コンテンツを表彰する「日本賞」のノミネート作品が発表された。今年の応募作品は新型コロナをテーマにした作品も多く寄せられ、それぞれの作品には、各国が子どもたちに、「新型コロナの影響をどう伝えたか」が色濃く反映されている。その中から、今回は、アメリカ、ドイツ、イタリア、アルゼンチンの4カ国の作品を紹介したい。

日本のメディアでは、感染者数の報道などが加熱する側面が一部批判されたりもしていた。親や学校も変化に適応するのに精一杯な中、肝心の子どもたちの心のケアは見過ごされてしまいがちだ。

各国の番組から感じるものは、「恐怖」や「絶望」ではなく、「一人じゃない」「美しい未来が待っている」と語りかける未来への可能性と希望ばかり。教育に正解はないけれど、きっと日本の教育現場にとっても大きなヒントになるはずだ。

オンライン教育の格差はあった、それでも…

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Sesame Street: Elmo's Playdate #CaringForEachOther(Sesame Workshop)
Japan Prize 2020

緊急事態宣言発令下で放送された、アメリカの老舗教育テレビ番組『Sesame Street』の特別版。急激な環境の変化によって戸惑う子どもたちに向け、おうち時間の楽しみ方をエルモと仲間たちが披露する。

俳優アン・ハサウェイも、エルモの友人としてサプライズ登場し、彼女なりの自宅での過ごし方を紹介。この番組は、日本でもNHKで5月17日に放送され、SNSで話題となった。

オンラインツールに慣れていないエルモの友人・グローバーが、スマートフォンの扱いに苦戦しながらもビデオ通話を楽しんだり、クッキーモンスターが画面を通じて、クッキー作りに挑戦したり、セサミストリートでこれまで決して見られなかったシーンがたっぷり。どんな非常事態が起きても、私たちは、柔軟に対応していけるし、これからもそうだと、子どもたちを勇気づけるメッセージが込められている。

実際に、アメリカでは、コロナ禍における教育格差が大きな問題になった。自宅にPCがない家庭では、オンライン授業や一般企業が提供するオンラインツールを気軽には受けられない。

しかし、アメリカのほとんどの家庭に普及するものがある。テレビだ。『Elmo’s Playdate』は、テレビ画面を通じて、あらゆる子どもに安心と勇気を与えた。

コロナ禍が落ち着けば、美しい自然が帰ってくる?

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Knietzsche und das Coronavirus(vision X Film- und Fernsehproduktion GmbH)
Japan Prize 2020

ドイツからの作品は、「Knietzsche und das Coronavirus」という約3分のショート番組。「ウイルスに正しく対処することで、明るい未来を迎えられる」と、子どもたちに寄り添う姿勢を見せる。

「なぜ家にいなければならないの?」「なぜ手洗い・うがいをするの?」など、急にルールが増えて疑問を抱える子どもたちの素朴な疑問に真摯に回答。ウイルスの感染経路を丁寧に説明し、手洗い・うがい、ソーシャルディスタンスの確保の重要性を説く。

さらに、ラストシーンでは、「新型コロナがすっかり落ち着いた時。人間が外で活動しなかったことによる、思いがけない効果を体感することになるよ。美しい自然とかね」と、未来への希望を訴えかける。これは日本ではあまり語られなかった視点だ。

過度に煽らず、情報を正しく伝えることで、子どもたちが納得してこの生活を送れるように。そして、恐怖ではなく希望を感じられるように。そんな制作チームの思いが伝わってくる。

事実上の医療崩壊を経験したイタリア、カメラが映すのは。

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Breathless(Radiotelevisione Italiana)
Japan Prize 2020

イタリアから届いたのは、新型コロナによる甚大な被害を、赤裸々に描くドキュメンタリー『Breathless』だ。混沌とする医療現場にカメラが立ち入り、戦う医師、看護師、患者の姿を映し出す。

過酷な労働環境で働き続ける、看護師たちの言葉がすべてを物語る。

「患者を診ていて何よりもつらいのが、家族に直接お別れを言えないこと。普通は、抱き合ってさよならをいうけれど、この環境下だとそれさえ許されない」

「私にも息子がいるけれど、ここにも10代の青年がいるの。彼も患者だけれど、大好きな母親に会うことさえ許されない。酷な病気だと思う」

実際に、その10代患者が手術前にテレビ電話を通じて母親に電話をする姿も作品に登場し、コロナ禍での医療現場のリアルが映し出された。

多くの患者と家族が病気と戦い、医療現場スタッフが命がけで働きつづけた、過酷な日々。この事実を決して忘れてはならない。その気迫が番組の節々から発される。そして、何度も登場し、ウイルスの残酷さを語る看護師、そんな彼女が、ラストシーンで笑みを見せる。このシーンこそ、この作品のすべてではなかろうか。

「この辛い経験を忘れず、次に進もう」。実際に、この状況を乗り切った彼女の表情に、強く心打たれる。

子ども達には、悲しみ、苦しみ、残酷さだけでなく、自分たちの生活を守ために戦う人たちがいることが伝わるだろう。そして、団結して前に進もうとする、人間の力強いパワーを感じるはずだ。

「新型コロナ」という言葉を使わずに伝える?

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WINDOWS TO THE WORLD(Pakapaka)
Japan Prize 2020

アルゼンチンのショート作品、「Windows to the World」のユニークな点は、 “子どもたちの目線から描く”こと、そして、“新型コロナに一切触れない”ことだ。

「窓の外に何が見える?」のテーマに対し、子どもたちが、自らの声でその回答を工作作品で披露。ある子どもは、「大きな瞳をもった太陽が見える」と作品へのこだわりを語り、ある子どもは「お月様と、その周りには煌めく星が見える」と自身の作品を自慢げに紹介する。

新型コロナに関する言及は一切ないものの、「窓の外にあるものを想像する」というテーマが、それを物語る。家から出られず、窓の外を眺めてばかりな子どもたちを想像し、同じ立場から盛り上げる。「一人じゃないよ」、そんな温かくも可能性に満ちたメッセージが作品を通じて伝わってくる。

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「日本賞」は、1965年にNHKが設立して以来、メディアの力を信じ、教育の可能性を広げる優れた作品に、賞を贈り続けてきた。実は、『Sesame Street』はその誕生当初、1971年にグランプリを受賞した歴史もある。

今年の日本賞は、新型コロナの影響を受け、55年の歴史で初めてのオンライン開催となる。最終審査に進んだ作品をオンラインで視聴できるシステムも試験的に公開し、授賞式やセッションなどの関連イベントも実施するなど、新しいチャレンジをスタートする。

このような困難な状況下であるからこそ、教育の力、子どもたちの力を信じる──世界中の制作者の願いが込められた作品群は、11月5日に授賞式が執り行われる。

給食の時間にはおしゃべり厳禁、運動会をはじめとした行事も縮小・中止されるなど、今なお続くニューノーマルな環境に戸惑い、気づかないうちに疲弊する子どもたちも少なくない。今からでも遅くない。世界の番組から学び取ったメッセージを、そばにいる子どもたちに伝えてみてはどうか。 

(執筆:伊藤ハルカ 編集:清藤千秋) 

▼11/1〜11/5に日本賞で開催されたセッション、授賞式の様子はこちらから