風薫る五月の銘は「嵐山」。
平安貴族の別荘地として栄えた古(いにしえ)より、京都を代表する景勝地として知られる嵐山は、紅葉の名所でもあります。 ただ京の都人は、紅葉した楓以上に瑞々しい"青もみじ"を愛でる気がします。
この御菓子も、桂川に掛かる渡月橋を思わせる焼き目をつけた煎餅の上に、初夏の陽射しに輝く青楓が散らされ、周りには嵐山の新緑を彷彿とさせる若草色のあられ菓子が詰められています。
嵐山の早緑を映して流れる、桂川のせせらぎが聞こえて来そうな景色です。
六月の銘は「苔寺」。
苔寺は、言うまでもなくその苔の美しさで知られる西芳寺の別名ですが、確かに梅雨時、京都を訪れると手入れの行き届いた庭苔の神々しさに息を飲むことがあります。
とは言え、六月の風物詩を描くのに、紫陽花や花菖蒲といった花々や、蛇の目など雨水に関することには一切触れず、ただ苔だけにフォーカスしたその潔さ、深さ。
色彩を極限まで抑え、雨水をたっぷりと含み極上の翠の絨毯となった苔を模した一枚の落雁の上に、松葉三対を散らすのみという、その胸をすくような風流に、京の美学の奥深さを教えられます。
七月の銘は「祇園祭」。
祇園祭は、7月1日から1ヶ月間に亘り催行される八坂神社の御祭礼で、京の夏の代名詞とも言える壮麗な祭事です。
クライマックスである"山鉾巡行"には、意匠を凝らした30基を超える山や鉾が街を練り歩き、京の都に本格的な夏の到来を知らせます。 御菓子もその華やぎを映し、真四角の種合わせには、鉾に揺れる無数の提灯が刷り込まれ、風神と雷神を表す真赤な団扇二柄が添えられています。
コンチキチンと響くお囃子と、山鉾見物で賑わう人々のさんざめきが聞こえてきそうな一品です。
八月の銘は「大文字」。
8月16日に行われる「五山の送り火」、いわゆる「大文字焼き」は、祇園祭とともに京都の夏を象徴する風物詩です。
五山の山並みを模した翠の琥珀には、燃えさかる緋色の大文字が描かれ、その裾野には流水を象った有平糖。 さらにその合間には、川底の小石を模したあられ菓子が涼し気に詰められています。
爪の先ほどの小石一つにも白砂糖が丁寧にコーティングされ、また所々に胡麻がまぶされているなど、色調も風合いも本物そっくり。
しかも、芳ばしさとほの甘さのバランスが絶妙で、一粒口に運ぶと止められない美味しさです。
九月の銘は「高台寺」。 豊臣秀吉の正室ねねが、秀吉の菩提を弔うため東山に建立した高台寺は、桜や紅葉でも有名ですが、萩の名所として知られています。
萩の花を模した薄紅のあられ菓子は、表面にまぶされたケシの実のような粒つぶによって、花の質感を見事に表現しています。
実は、よく目を凝らすとその粒の色や大きさは単一ではなく、ピンクだけでも濃さの違う3種が配合され、それに白、さらにケシの実そのものの色と、何種類ものドットがブレンドされることで、自然な風合いや色調が作り上げられています。
そして、萩と言えば月。 サッと金茶を刷いただけで、東山に上る黄金色の満月の光を表したこの干菓子、口に含むとほんのりとニッキが薫り雅(みやび)です。
十月の銘は「時代祭」。
時代祭は平安神宮の大祭で、京都に都が置かれていた8つの時代の装束姿で、牛馬を含む約2000名の人々が大行列を組み、京の街を練り歩きます。
京都三大祭りの一つで、それは絢爛豪華なお祭りですが、そこを敢えて紫鼠と白というモノトーン二色の落雁で表現。
平安神宮の御神紋を象った薄黄色の和三盆が、帯留めのように上品な華やぎを添えて、全体をクッと締めるその洗練、心憎い限りです。
落雁が表しているのは、御祭神である桓武天皇の御代に思いを馳せての源氏香なのか、はたまた行列が掲げる旗なのか、あれこれイマジネーションを膨らませる豊かな時間が流れます。
十一月の銘は「高雄」。 神護寺や高山寺など名刹を抱く京都・高雄は、日本有数の紅葉の名所。
ということで、真っ赤に色づいた楓葉が折り重なるように八枚。
その下には、かわらけ投げで名高い神護寺のミニかわらけが、やはり八枚。
かわらけは素焼きの小皿で、この皿を神護寺の奥の院から錦雲峡に向かって投げると厄除けになると信じられています。
いよいよ最後の月、十二月の銘は「金閣寺」。
上品な薄緑の種合わせには、雪化粧した金閣寺が描かれ、同系色の緑と白のコンビネーションの雲平※で雪の降り積もった松を、白の雲平で凍れる流水を表現。
純白の霰菓子には、敢えて黒胡麻を多く混ぜることで薄っすらと地表に積もった雪を感じさせるなど、高貴で風雅な京の雪景色を堪能させてくれます。
雪景色なのに確かな春の足取りを感じられる、明るく清々とした一年の締めくくりで、とても晴れやかな気持ちに包まれます。
御菓子司 亀末廣謹製『京の十二月』、如何でしたでしょうか?
拙いご紹介でしたが、一段と冷え込む今日この頃、ほんの少しでもほっこりしていただければ幸いです。
※雲平
みじん粉(もち米を蒸して煎るなどして粉にしたもの)、あるいは寒梅粉(白焼き煎餅を粉にしたもの)をまぜ、ぬるま湯を少量落としてまとめ、着色をして、種々の形にかたどったもの。