テロに巻き込まれた25歳の日本人女性。それでも世界とつながっていたい

スペインで8月、バンの暴走などで十数人が犠牲になった。
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Ryan Takeshita

世界のニュースは暗い話題が多い。北朝鮮のミサイル、シリアの難民問題、何カ月に1回は起きているように思えるテロ。ちゃんと受け止めないといけないと思うが、むずかしい。どう考えたら良いかわからない。

スペイン・バルセロナで8月17日、人混みにバンが突っ込むテロが起きた。十数人が死亡し、100人以上がケガをした惨事の場に、会社員の丸山咲(まるやま・さき)さん(25)は居合わせた。

先輩といっしょに行った海外旅行中の出来事。今でもテロのことを考える。丸山さんは国際政治のプロでもない、ふつうの女性。彼女に聞いた。それでも、好きな旅を続けるのでしょうか。

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Ryan Takeshita

■買い物をしていると、乾いた音が3度鳴った

丸山さんは旅行好きで、大学生のときにスターバックスなどのバイトで貯めたお金を全部使って世界20カ国以上をまわった。社会人になって、なかなか時間ができなかったが、8月は時間を作ることができ、会社の先輩女性といっしょに、1週間のスペイン旅行に出かけた。

ビーチリゾートやバルセロナ観光。

帰国をつぎの日に控えた17日の夕方、ランブラス通り沿いのボケリヤ市場で買い物をしていると、金属ラックが倒れたような音が響いた。

同時に、迫り来る足音と押し寄せる人の波。市場は満員電車のごとくごった返した。

「パン」という乾いた音が3回。初めて聞いたのに、銃声だと分かった。

「さきちゃん!」。呼ばれて振り返った時には、先輩の姿はなかった。探しに戻ろうとしても、恐怖で足がすくみ、何が起きたのかも分からないまま、人の流れに任せて必死に逃げた。

「喧嘩でもあったのか」。1人でホテルに戻った彼女は、始めはそう思っていた。テレビで繰り返し流れるバンが暴走する映像と、「テロアタック」というテロップを見て何が起きたのかを悟った。

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テロが起きて立ち入り禁止となった市場、この数メートル先にバンが突っ込んだ
Saki Maruyama

はぐれた先輩は、近くのお店に逃げ込んでいた。シャッターを閉め、電気を消して身を潜めている間に規制線が張られ、しばらく出られなくなってしまったことを、Facebookに届いたメッセージで知った。

同時に、日本からも心配の声の知らせが届く。テロの情報がスマホやネットで瞬時に伝わり、遠くにいる友だちとも、近くの先輩とも、すぐ連絡が取れる。

先輩と再会できたのは午後11時半ごろ。心の底からほっとした。「本当に泣きそうでした。嬉しかったですね、抱き合って『本当に良かったね』って言いました」

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丸山さんの先輩が逃げ込んだお店
Saki Maruyama

■日常を取り戻そうと、みんな「普通」に過ごした

次の日、テロの現場となったランブラス通りを訪れた。

そこには、街灯を取り囲む無数の花束、ぬいぐるみ、サッカーボール、そして火が灯ったキャンドル。

「置かれているキャンドルに全てに火が灯って、すごく変な言い方で言うと、キレイ。美しいに近いような感じでした」

テロに屈しないために、日常と同じように過ごすスペイン人。

その気持ちに応えようと普通の旅行っぽいことをした。オリーブオイル、キャンドルをお土産に買って、レストランでサングリアを飲む。フルーツの香りがやさしかった。

テロを受けて、イスラム系の人や移民に対するデモが起き、警察隊との激しい衝突もあった。一方で、レインボーの旗を掲げて暴力をやめて仲良くしよう、と町の人に呼び掛けるグループが印象的だった。

「それを目の前で見たときに、『私はこっちがいい』と思いました。恨むことはあるかもしれないけど、それでもなんとか共存を模索する方が素敵で、自分はそうありたいと思いました」

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レインボーの旗を掲げて暴力をやめて仲良くしようと呼び掛ける団体
Saki Maruyama

■「テロが起きてしまう社会」を考える

少し不思議なことに、「もしかしたら私も、(テロリストに)なる可能性があるのかもしれない」とあの日から思っている。

仕事がなかったり、生活が良くならなかったりすることから「閉塞感」が生まれ、社会への不満に変わり、「イスラム国」や白人至上主義などの過激思想にひかれていく。ネットを使って同じような考えを持っている人と仲良くなる。

「生まれ(た環境)が違ったら(テロリストになっていたのかも)と考えたりもします。生まれ変わらなくても、例えばもっと深く歴史を知って、今の現代を憂うようになったら...。したくはないと思いますけど、暴力という手段に出る可能性もあるのかもしれないとは思いました」

社会から孤立し、自分の居場所や役割を求めて過激思想に染まっていく若者たち。感受性の強い彼らは、カリスマ的な人物に感化され、テロリストになるという指摘もある。

バルセロナで起きたテロの犯行グループを率いていたのは、イスラム指導者で、メンバーの多くは主に若いモロッコ人だったとされている。当局は、国際的なテロ組織とのつながりや資金源の解明を急いでいる。

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Ryan Takeshita

■自分の役割が欲しい

「本当のところは分からず、あくまで勝手な想像ですけど、テロの実行犯は、自分の役割が欲しかったんだろうとすごく思いました。『お前はテロを起こして世の中を変える力があるんだ』みたいなことを言われた時に、すごく純粋に気持ちが高ぶったんだろうなと」

例えば私たちも、誰かから「頼りにしてるよ!」と声をかけられ、目の前に仕事があると、時間がどんどん過ぎていく。達成感や高揚感、満足感が得られる。

逆に、給料が上がらなかったり、役職が同じままだったり、会議でちゃんと話すことができなかったり、あるいは先輩や上司から褒められたりしなければ、自分の居場所が失われていく気分になる。

「『役割』が大事なんです。(テロリストが)爆弾を作るのも、バンを運転するのも、標的を決めるのも、役割が欲しい、そういう感覚に近かったのかなとは思ったりします」

「(世界が)ボーダレスに確かになってるんですけど、そうすると逆に『自分が何者か』というのを定義したいと思うかもしれません」。もちろん許せない気持ちはあるが、丸山さんは、理不尽な事件を何とか自分で咀嚼しようとしてきた。

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Ryan Takeshita

■それでも前を向く「バルセロナにもう1回行きたい」

テロの直後、無事を知らせるFacebookの投稿を見て心配してくれた友人や、メディアの取材には、「怖かった」「テロはひどい」と答えた。

だが、しばらく時間がたってみて、本人の捉え方はいま、それとは少し違うようだ。今回の旅を振り返った時に、真っ先に思い浮かんだのは、テロに遭った恐怖でも悲しい記憶でもなかった。

「やっぱりテロは一番大きい出来事だったけど、サグラダ・ファミリアの前でずっと寝てた日とか、ゲイビーチに行って『あ、こういう世界もあるのか』と知って」

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サグラダ・ファミリア
Saki Maruyama

幸運にもけがもなく、テロの惨劇をたまたま見た"観光客の気軽な感想"なのだろうか。もう少し、テロに巻き込まれた被害者として、"深刻で難しい顔"をし続けたほうが良いのだろうか。

世界は"怖い場所"になっているのだろうか。

「すごく怖かったし、正直今も寝れないこともあります。ただ、テロ翌日のバルセロナの街を見て、自分も気持ちを強く持とうと思いました。これは悲しい出来事だったんだと思い込むこともできるけど、それでも日常を取り戻そうとか、自分の持ち場で自分のできることをやろうという方がかっこいいなと思ったんです。だからそうしたいというのはあります」

これまでも中東や南米など世界中を旅してきた。今回のような危険な目にあっても、「これからも旅を続けたい」という思いは変わっていない。

「美味しいものを食べて、自分の好きな時間に好きな本を読んで。事件のことというより、またスペインに行きたいな、旅をしたいなと思いました」

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Ryan Takeshita