日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」 (7)

バラエティーに富んだ分野から国連を自分事と考えて行動している方々をご紹介します。
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2016年、日本は国連加盟60周年を迎えます。

国連と日本のあゆみにおいて、それぞれの立場から国連の理念につながる活動や努力を積み重ねている方々が大勢います。重要な節目となる今年、国連広報センターでは、バラエティーに富んだ分野から国連を自分事と考えて行動している方々をご紹介します。

オランダのハーグにある国際刑事裁判所(International Criminal Court, ICC)は、国際社会で最も重大な犯罪「ジェノサイド」「戦争犯罪」「人道に対する犯罪」などを犯した個人を裁くため、1998年に初めて常設で置かれた国際法廷で、日本は最大の分担金を拠出しています。

人材面でも、最高検察庁検事の野口元郎(のぐち もとお)さんが2016年4月にICCの被害者信託基金(Trust Fund for Victims, TFV)理事長として再選され、国際刑事法廷としては初となる基金を通じた賠償と被害者支援を進めるなど活躍しています。法律家として様々な国際組織に関わってきた野口さんからお話をうかがいました。(聞き手: 国連広報センター 根本かおる)

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野口元郎(ノグチ モトオ)

東京都出身。東大卒。検事任官、法務省法務総合研究所教官。アジア開発銀行(ADB)法務部で国際機関内弁護士、国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)教官、法務総合研究所国際協力部長などを務める。日本の国際刑事裁判所(ICC)加盟、カンボジア特別法廷(ECCC)設立関連業務に従事。ECCC最高裁判所国際判事。スリランカでは失踪者調査委員会の国際諮問委員を務め、現在も2国間支援の一環として助言などを行っている。2012年ICC被害者信託基金理事会の理事に選ばれ、2013年より理事長

日本の国連加盟60周年記念シリーズ「国連を自分事に」(7)

野口元郎さん

~ 世界初の被害者信託基金を理事長として率いて ~

根本:野口さんは、カンボジア特別法廷最高裁判所国際判事、そしてICC被害者信託基金理事長と、国連につながるお仕事を長く務めていらっしゃいます。国際的な司法の場に携わるやりがい、醍醐味としてどんなことを感じていらっしゃいますか?

野口:ICCは国連そのものではありませんが、国連との関係は非常に強く、ICC設立条約のローマ会議は国連事務総長が招集しました。法の支配は安倍政権でもプライオリティの高い分野ですが、戦後70年あまり、一貫して平和に対する貢献を貫いてきた日本人の実務家としてこの分野に従事するのは意味のあることだと思います。

エキスパートとして貢献するわけで、自分の国籍は直接問題になりませんが、カンボジアの場合、日本が特別法廷の設置運営に至るまで全面的にサポートして資金的にも最大の拠出国だったこともあり、日本から判事を是非出してもらいたいという状況でした。

国際刑事裁判所(ICC)は国際社会で最も重大な犯罪を犯した個人を訴追、処罰するため、ローマ規程に基づいて2002年に初めて常設で置かれた国際刑事法廷で124か国が加盟しています(2016年6月現在)。アメリカがローマ規程を批准しておらず加盟していない中、日本は最大の分担金拠出国で、全体の17%にあたる年間約30億円を負担しています。

ICCの被害者信託基金(TFV)は、管轄権の範囲内にある犯罪の被害者とその家族に①有罪判決に基づいた被害者賠償、②物理的・精神的リハビリ、物資供与などを行っており、日本を含む各国や団体、個人から任意拠出された資金が使われています。TFVは②の支援として、ウガンダやコンゴ民主共和国で性的暴力の被害者や元児童兵などを対象にプロジェクトを実施し、2014年10月から2015年6月までの期間に約6万人、家族やコミュニティーを含めると約12万7000人が支援を受けました。①の有罪判決に基づいた被害者賠償については、これからの課題になっています。

国際派への転身

根本:国際的な道を目指そうと思われたのは、いつごろですか。

野口:実を言うと、あまりそういうことは考えていませんでした。若い頃、検事の仕事にそういうオプションはあまりなかったんです。留学したいという気持ちは割と早くからありました。1年アメリカに留学しましたが、その他に役所の仕事を続けながらできる国際関係の仕事は限られていました。

それも一生に一回そういうポストについて、3年ぐらいやって、後はまた役所での本来の仕事に戻るというパターンしか想定できませんでした。私の場合、丸20年続けて国際関係に従事しているわけで、結果的にそうなったという面が強いですが。最初に法務省で法整備支援の仕事をしたのに始まり、アジア開発銀行(ADB)、それからカンボジア特別法廷最高裁判所国際判事、いまのTFVの仕事、スリランカの仕事も少ししていますが、一つひとつはその前の仕事の経験がベースになっています。

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インタビュー中の野口さん ©UNIC Tokyo

根本:最初はこういうポストに日本人として是非やってみないか、と役所の方から提案されたのか、それとも野口さんが見つけられてトライしてみたいなということだったのか、どちらだったんですか?

野口:後者ですね。私は当時法務省で法整備支援に従事していましたが、その関係でADBに出張したのが縁で、国際機関のローヤーという仕事を知りました。法務省からの出向は前例がありませんでしたが、英語力も含め、ここで自分の法律家としての能力を試したいという気持ちから応募しました。法務省には出向の意義を説明して何とか認めてもらいました。

今振り返れば、ADBで上司も同僚も部下も外国人、言葉は英語だけという職場環境で4年間働いたことが、その後別の国際機関で幹部クラスのポストに就くための基礎になっています。日本人には国際機関でも十分にやっていける優秀で勤勉な人が多いのですが、最初に入るときの敷居がなかなか高いので、ダメもとのつもりでどんどんチャレンジするのがいいでしょう。

ICC被害者信託基金理事長としての仕事

根本:現在は、ICC被害者信託基金の理事長として人々をまとめる立場でいらっしゃいますね。

野口:TFV理事長は、リーガルなポストではなく、どちらかというと外交的なポストと言えます。理事長は5人の理事の代表に過ぎず、上下関係はありません。被害者への支援をなるべく速やかに意味のある形で提供する、その目標に向け組織を最も効率よくパワフルなものにしようと知恵を出し合います。いずれにしろ中央集権的というより、分権的な小さな組織であり、様々な利害関係者の間で最も有効な方法を考えながらポジティブにやっていくことを心がけています。

根本:実際、現場で被害に遭った方々に会われて対話するような機会はありましたか。

野口:理事長になってから1年の間にコンゴ民主共和国とウガンダの現場視察に行きました。たどりつくだけでも一日がかりのかなりの奥地で、想像を絶する劣悪な環境でした。そういうところに縛り付けられて動けない、場合によっては家族にも見放されているような人たちに、生きる希望を何がしかでも与えられればと考えています。

非常に地道な地元NGOの働きがなければ、到底できる仕事ではないですね。我々が支援するのは、中央政府や地方政府の支援が及んでいない、ほかのドナーによる支援と重複しないものに限られており、なおさら困難が伴います。NGOの助けを借りながら地元コミュニティーを巻き込んで、被害者の属する社会にも問題意識を持ってもらい、再発防止にも貢献するような形で支援できればと思っています。

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2013年9月、ウガンダ北部とコンゴ民主共和国で行われているTFVの被害者支援プログラムの現場を訪問 (前列左端が筆者) ©ICC

「賠償」というと、損害賠償としてのお金を配るようなイメージで捉えられがちですが、そうではありません。被害者に尊厳を取り戻してもらうため家族に認めてもらい、村のメンバーに戻って、というところから始めて、最低限の生活の糧を得るための基礎を与える。女性なら裁縫道具や小さな料理屋、男性ならオートバイの修理工としての技術を提供するなど、スモールビジネスの元手の提供や職業訓練など、生活を支えていけるような基盤を援助します。

彼女ら・彼らは、もともとひどい被害に遭っている上、家族や社会の受け入れ方や扱い方で二重の苦難にあえいでいる人が多いのです。そういう面で、男性社会を含むコミュニティーの側に、例えば強姦被害者や児童兵への認識を変えてもらうという啓蒙や意識改革も必要です。

根本:被害者信託基金(TFV)が、平和構築の意味合いを持つようなプロジェクトを行うのはどんな理由があるのでしょうか。

野口:確かにそこは線引きが難しいところで、一般の人道支援組織とどこが違うのか、常に出てくる問題です。ICC設立条約であるローマ規程の枠組みの中でやっていますから、人道に対する罪といった裁判所の管轄犯罪の被害者でなければ、我々のプロジェクトの受益者になれない、というのが一応の線引きです。

刑罰で罰するという「応報刑」の司法の機能に加えて、司法の過程を通じて損害を回復し、加害者と被害者との間の関係を修復する、比較的最近の考え方が国際刑事裁判に反映されつつあり、TFVは初めての本格的な試みです。

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©TFV

ローマ規程が採択された1998年のローマ会議では、検察官の管轄権の行使といったような、主権と絡むところに議論の時間の大半が取られ、被害者参加や損害賠償の仕組みについては本格的議論をする時間がないまま、NGOが中心となって提案した内容でパッと決まってしまった。ですから、国際刑事裁判としては前例がない状態で、実際にどのような仕組みで機能するのかについてあまり議論されないまま今に至っているところがあります。法律的に適切で実務的にも運用可能な制度をこれから作っていかなければなりません。

世界初の試みへの、日本政府からの積極的な支援

根本:日本政府は女性の輝く社会、裏を返せば紛争下における暴力の問題に熱心に取り組む姿勢を示していますが、野口さんがいらっしゃる信託基金に対しても日本政府からの積極的支援があるのでしょうか。

野口:TFVに対しては、2013年に私が理事長になった後、初めて1億円近い任意拠出をしていただきました。2014年6月にロンドンで開かれたG7の枠組みでのPSVI(Preventing Sexual Violence Initiative)サミット[1]も政府は全面的にサポートしており、TFVやUN Womenへの拠出なども行っています。

[1]紛争下で「武器」として使われるレイプや性的暴力について話し合った 「紛争下における性的暴力の終焉に向けたグローバル・サミット」では、加害者不処罰を終わらせ、国際的な取り組みを強化することが確認された。

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UNHCR特使であるアンジェリーナ・ジョリーさんが2016年4月TFVを訪れ、戦争犯罪の被害者支援や尊厳回復の重要性を訴えた。ジョリーさんは2014年のPSVIサミットを当時の英国外相と共同主宰するなど、紛争下の女性に対する暴力をなくすために積極的に活動している ©ICC

根本:旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)には被害者を救うような信託基金はあったのですか。

野口:なかったです。被害者が刑事裁判に参加し、損害賠償を請求できる仕組みを本格的に取り入れたのは、カンボジアの特別法廷とICCが初めてです。カンボジアの場合、信託基金がなく、被告人に資力がない限り損害賠償できなかったんですね。私が従事した1件目の判決でも損害賠償命令を出しましたが、被告人が無資力という認定で意味のある解決が提供できなかった。

そういう意味でICCのTFVは、初めてそのための制度的保障を設けた例です。そもそも私がTFVの理事に日本から初めて立ったのも、それを実現したいという目標があったからです。制度の大枠はローマ規程や下部規則に書いてあるのですが、実際に動かすためのプラクティカルな仕組みがまだありませんでした。

それをウガンダやコンゴでやってきた支援プログラムの経験を活かして、損害賠償としてのプログラムのための新しい仕組みを作っていかねばならない。これが結構大変で、私も2期目に入ったところですけれども、あと2年半の間にどこまでやれるものかとちょっと焦っているところです。

法律家が国際的なキャリアを目指すために

根本:最近は日弁連も法曹関係者に、国連機関でのキャリアについてガイダンスすることも多くなってきましたね。

野口:なかなか思ったほど日本人スタッフの数が増えないですね。総論で日本人職員を増やそうという部分で反対する人は誰もいない。しかし、実際に空席情報を見て応募して数人のショートリストに残れるかというレベルの問題になると、個別の応募者の競争力が問題になる。まだまだ競争力が足りないし、それを組織的にサポートする仕組みもない。

日本人も、数十年前は世界に出ていって追いつけ追い越せという燃えるようなパワーがあったのに、今は、日本でのポジション確保が優先課題になって動きが取れない人が多いように思いますね。例えば、弁護士は自由業のように見えても、事務所内の競争があって、5年目10年目みたいな勝負所で別のことをしていると、パートナーに残れないとかね。端で見るほど自由が利くわけではないようです。

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インタビュー中の根本所長 ©UNIC Tokyo

根本:検事はどうですか。

野口:検事は仕事の幅の広い職業です。国際機関の場合、応募して何年も待たされます。これはクライアントを抱えてとてもできることではない。むしろ公務員の方が、応募しやすいかもしれないですね。

ただ日本の役所は、個人が自由に応募することは原則として認めてないというか、私は将来国際機関に行きたいので個人的に応募します、というのは役所が歓迎するようなことではないということは未だにありますよ。でもあまり役所に遠慮していると、いつまでたっても何も進まない。私も最初にADBにに行ったころは、出向として認めてもらえなければ役所を辞めてでも行くくらいのつもりでおりましたので。

根本:希望は出せるんですよね。

野口:希望は出せますけどね、希望が通る保証はない。昔から与えられた仕事を全力でやることが宮仕えであると言われているんです。欧米の発想では、そんなことをしている暇はないわけで、自分がやりたいことができる職場に行けば良いわけです。元々政府職員だった人でも、国連やADBに移っている人は結構います。日本人で活躍している人も多いのですが、まだまだ多数ではない。それこそ根本所長みたいなキャリアの方にアピールしていただいて欲しいですね。

根本:手を変え品を変えやっていきますので、ご協力いただければと思います。

野口:就職前の人、つまり大学生や大学院生に対して発信するのは相当有効だと思います。私も東大でここ7、8年ゼミをやっているのですが、長くやっていると、忘れたころになって、当時の学生が弁護士になって、フィールドに出ている、という人もちらほら出ています。教育の持つ中長期的な効果は大したものがあります。地道に情報発信していると、こちらの知らないところで、何らかのヒントを得て、道を開いている人もいますから。

根本:私も出張先の南スーダンでNGOの日本人職員の方に「私はあなたの講演を聞いて難民に興味を持って、こちらの方向に進みました」と言われ、驚きました。責任重大です。在京の国連の事務所として、これからも情報発信を積極的に行っていきます。国連の強みは、世界の最先端を行く人たちにご登場いただけたり、そのような方々と触れ合える場を作ったりすることができるところですので、そんな機会を提供していきたいと思います。