医療事故調査制度混乱の原因は日医とセンターにあり- これでは管理者が混乱する -

センターは予算獲得のために余分な負担を現場にかけていないでしょうか?

ポイント

✔️医療事故調査制度開始から1年経過した。

✔️報告数が当初の予想よりかなり少ない、というのはミスリードである。

✔️この制度は、これからの医療安全推進のための制度である。

✔️遺族の納得のための制度ではない。

✔️紛争化したら、この制度から外れる。

✔️報告よりも現場の医療安全の改善が肝要である。

✔️報告の基準を統一化しようとしているのは法の趣旨に反する。

医療事故調査制度開始から1年が経ち、日本医療安全調査機構が運営する医療事故調査・支援センター(以下、センター)への報告は388件でした(1)。これに対し、当初の予想が1300~2000件だった事から、報告数が少ないという報道が相次ぎ、センターや日本医師会も迷ったら報告するように勧めています(2)。センター関連の研修会で、遺族の納得のために医療過誤を報告するように勧めたり、報告対象外の不作為まで報告するよう推奨しているものさえあります(3)。報道も報告(「届け出」と間違えているメディアが多い)が少ないのは医療機関の管理者の判断に任されているからで、これでは患者のためにならないという論調がほとんどです(4)(5)。

事実は違います。

まず、予想報告数は、古い定義の「広義の医療事故」から推定したもので(6)、今回の定義(提供した医療に起因した予期せぬ死亡)で正しく推計すると、ほぼ現状の報告数となります(7)(8)。

また、今回の制度はすべての医療機関を対象に、今後の医療安全を推進するために作られた制度で、現在の患者・遺族への説明責任を果たすための制度ではありません。説明責任は、通常の医療の中で果たすべきもので、この制度と絡めて推進しようとすると齟齬が出ます。

本制度の研修会では、センターも日医も「幅広く報告すること」を中心に研修を進めています。日医は本制度のための保険も創設しています。実はこれが管理者の混乱の元になっています。厚労省で出した省令や通知、法の精神が研修や保険のスキームに正しく反映されていないのです。

例えば、週刊誌AERAの9月26日号では、

医療事故調査制度スタートから1年 「患者のため」は道半ば

制度を活用するかは医療機関の判断次第という仕組みが、今も遺族を苦しめる、

という見出しで(ここを見ただけで記者がわかっていないということがわかります)以下のような実例を2例挙げています。

事例1. 71歳頭部外傷後、中心静脈カテーテル挿入時に動脈を損傷、出血し死亡。医療機関側は医療事故調査制度を使い、第三者を入れて真実を明らかにしたいと、この制度を使って報告した。その後の説明に遺族は納得出来ずセンターに再調査を依頼。これで決着がつかなければ裁判しかない。

事例2. 68歳抗がん剤の投与3日目に強い吐き気、食事がとれずに1ヶ月目に死亡。病院は予期せぬ死として院内調査。その報告書がさらに遺族を傷つけた。「最初は口頭で説明する、と書類を出そうともしなかった。最終的に書類を出したが、A42枚で担当者名すら書いていなかった」

というものです。

1例目はカテーテル挿入時の合併症としてよく知られているものです。2例目は抗がん剤の副作用と思われます。このような事例は、今まで日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業や、薬の副作用情報を集めているPMDAの医薬品・医療機器等安全性情報報告制度で、すでに報告分析されているものです。ですから大抵の医療機関の管理者にとっては「予期出来た」事になります。

こうした事例数例をセンターで再度分析しても、医療資源の無駄使いにしかならないと思いますが、今度の制度で報告したいのであれば、それは制度上、管理者の判断になりますので止める事は出来ません。問題は、この制度を使って報告すると管理者決めた背景に、患者・遺族への説明責任のために言い出した可能性があるという事です。しかも、医療事故調査制度にのせて院内調査を行えば、調査費用は日医の保険でカバーされ、解剖費用も出るために、本来の趣旨から外れて「報告」を促しやすいスキームなのです(9)。

この制度は目の前の患者のためではなく、未来の患者のための制度です。

当然、当事者の秘匿性、非懲罰性が原則になりますので、その制度上で患者に説明責任は果たせませんし、報告書は誰が誰だかわからないように書かれておりますから、遺族が「納得」するわけがないのです。

この制度の趣旨からして当然の事です。説明責任を果たしてくれるものと思っている遺族にそのような報告書を渡しても逆に不信感を持たれてしまうでしょう。

紛争化しそう、もしくは紛争化してしまったら、本来の目的を逸脱していますので、この制度での調査は一旦停止しなければなりません(10)。また現在の患者ための相談窓口としては、すでに全国に380か所も医療安全支援センターが設けられています(11)。この点も、故意なのか不勉強なのか、研修会やメディアは全く触れることなく、すべて今回の制度内で扱おうとしています。

本制度最大のポイントは、この制度の開始により、すべての医療機関は医療安全を推進するために行動しなくてはいけなくなったという事です。

医療事故情報収集等事業で今までに広義の医療事故として2万5千件近くの報告があり、すでに考えられるほとんどの事例は出尽くしています(12)。ですから「過去に報告されている予期出来た事例」として報告しなかったとしても、システムの問題なのか、質の問題なのか、起きた事の検証はしていかなければいけないということです。

そして、今までの知見を活かしてそれぞれの医療機関の実情に合わせて管理者の判断で「現場を改善させる事」が最も大切であり、それがこの制度の大きな目的なのです。そのために報告対象はきわめて絞られているのです。「報告すること」を制度の中心に据えるのは誤りです。

この一番大事な点をはっきりさせずに、いたずらに報告数を増やし、管理者の判断力を不要とするような、報告基準の統一化を打ち出しているセンターや日医のやり方は、ますます管理者を混乱させ、大切な医療リソースを無駄にし、現場の負担を増やします。

AERAの記事の中で、名古屋大学長尾能雅副病院長、木村壮介常務理事ともに予期せぬ死の判断基準を標準化する必要がある、としていますが2人ともセンターの人間です。この1年でセンターからの報告はまだ10件しかありませんが、来年度の予算として9.8億円が付きました。

センターは予算獲得のために余分な負担を現場にかけていないでしょうか?

日経メディカルのインタビューでCOMLの山口育子氏は、団体によって奨励する手法が180度違う、これでは医療者が混乱する。一部の団体は「報告対象を最小限にすべき」「報告書を遺族に渡すべきではない」といったことを主張しており、遺族の不信感を生む (3)、と言っていますが、日医やセンターの主張する手法こそ、現在の混乱の元凶になっています。むしろ、暗に名指しで非難された日本医療法人協会の主張が今回の制度を正しく理解し、最も医療現場に即したものと言えるでしょう。

参考資料

(1)医療事故調査制度の現況報告

(2)医療事故 届け出促進へ 関係機関が統一基準 制度低迷打開  http://mainichi.jp/articles/20161012/ddm/001/040/209000c

(3)於曽能正博:あなたの一生を棒に振らないために、あなた自身も勤務先の"評価"を.MRIC 2016年9月27日 http://medg.jp/mt/?p=7023

(4)院内調査報告書は遺族に渡した方がよい COML 山口育子氏

(5)遺族交えた事故調査を 「患者の視点で医療安全を考える連絡協議会」

(7)「"事故調"、一粒で二度おいしい」と指摘

(8)満岡渉:医療事故調査制度の報告数は少ないのか.日本医事新報2016年5月21日号 http://www.mitsuoka-naika.com/pdf-img/2016-05-21.pdf

(9)「遺族がクレーム」で医療事故調査制度を使うな

(10)「裁判になれば、事故調制度は停止を」医学部長会議が申し入れ

(11)医療安全支援センター総合支援事業 http://www.anzen-shien.jp/aboutus/index.html

(12) 小松秀樹:規範的医療事故報告制度と認知的医療事故報告制度. MRIC 2015年2月24日

(2016年10月21日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)