日本発祥のジュエリーアートが海外市場に羽ばたく日はいつ?

刀の鐔(つば)や柄(つか)、鞘(さや)。金属の色を作り出し、形作り、彫りをいれるという金工の技をご存知だろうか。
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「日本発祥のジュエリーアート」と聞いて、あなたは何を連想するだろうか? 

刀の鐔(つば)や柄(つか)、鞘(さや)。金属の色を作り出し、形作り、彫りをいれるという金工の技をご存知だろうか。

時に権力の象徴として、時に命を守るための祈りとして、龍、千鳥に波、唐草、流水文、宝づくし......刀剣、あるいは簪(かんざし)などにはさまざまな装飾が施されてきた。繊細でかつ深い意味を持つ文様が生まれ、高度な技術が生まれてきた。

動・植物や季節の風景が「打ち出し」や「和彫り」といわれる技術によって立体感、陰影のある彫刻となり、物語をともなった意匠となって日本刀や簪(かんざし)、根付などの美しさを引き出す役割を果たしてきたのだ。

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Hitohira一葩とHisho飛翔 (撮影・永井守)

徳川の時代になり平和が訪れると、刀は武具から美術品へとその意味合いを変化させていく。各大名はパトロンとなりお抱えの金工を育て、技を競わせ美しい刀剣や金工の美術装飾品を作らせた。

こうして世界に類を見ない超絶技巧の技が生まれてきた。

明治9年、廃刀令が出され職を失った刀剣の金工たちと簪(かんざし)、髪留め、帯留め、煙草入れを作っていた飾り職人たちは、本格的にアクセサリーやジュエリー製作の道へ向かう。金工の技は身近な装身具の中で生き続けた。

しかし太平洋戦争時、奢侈禁止令が出され、金属や宝石の供出などによって大半は姿を消していく。

一時的に他の仕事に移っていた職人たちだが、戦後の景気回復、その後の経済成長でジュエリーの需要は高まる。そこで育った多くの日本のジュエリー職人の根底にも超絶技巧の技と精神が生き続けている。

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鏨(たがね)を小槌(つち)でたたいて金属を彫っていく金工たち。鏨とは鋼鉄(はがね)でできた金工用の道具で叩いて金属を形作ったり、彫りを入れるためのもの。 (撮影・永井守)

伝統の技を引き継ぐだけではそれは伝統工芸品であり、人々が求めているデザイン性のあるジュエリーはできない。日本の真摯な職人の仕事をバックボーンに、世界に通じる尖がったジュエリーを発信していけないか。そう考えたシンコーストゥディオの米井亜紀子さんは2012年11月、一人でジュエリー・アーティスト・ジャパン(以下JAJ)を立ち上げた。

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JAJ代表・シンコーストゥディオの米井亜紀子さん (撮影 Yumi Yamashita)

「最初は私自身、ジュエリーと言えば西洋から入ってきたものしか知りませんでした。しかし、金工師に出会い、緻密でクオリティの高い仕事を直接見た時、衝撃を受けたんです。世界のジュエリーブランドにも決してひけをとらない高い価値がある、と。今の新しいクリエーターの感覚を生かし精緻な職人の技や精神を活かしたもの造りができないかと可能性を探り始めました。それには若手の感性と育成が必要だと気付いたのです」(JAJ代表・シンコーストゥディオ代表も務める米井亜紀子さん)

では、日本独自のジュエリーアートが、収益の得られる産業として育ち、さらに世界市場へ打って出るにはどうしたらよいのだろうか?

課題は山積している。答を探ろうと、JAJでは人材交流や若手の育成、勉強会を重ねてきた。

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JAJの活動の様子(提供 JAJ)

そして2016年4月12日、JAJは株式会社海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)社長・太田伸之氏を招いて講演会を開いた。

クールジャパン機構はご存じのように、アニメ・マンガや和食、伝統工芸品など日本文化の海外発信を担う官民ファンドだ。幅広い日本文化の海外進出をサポートし投資してきた機構のトップから、日本のジュエリーアートはいかなる知恵を引き出すことができるだろうか。

「私たちはこれまで和食やアニメ関係など15件に投資してきましたが、残念ながら純粋なファッション関係への投資はまだゼロなんです」と太田社長は率直に語り始めた。

「でも可能性は十分にある。日本文化の独自性を活かしたジュエリーが、世界で稼げる産業になるためにいったい何が必要でしょうか? 私はまず、『マーチャンダイジング』だと思います」

「マーチャンダイジング」とはいったい、何を意味するのか?

「簡単に言えば、こんなものができるから誰かに売ろう、という後づけの発想ではなく、いったい誰にむかって売るのか。そのために何を作るのか。プロとして市場を読みクリエーターの力をどうビジネスにしていくかの緻密な計画をたてることが非常に重要だと思います」

とても基本的なことに聞こえる。だが太田氏によれば、日本を代表する大企業でさえ、いまだマーチャンダイジングについて取り組みが不十分なことが多い、という。例えば高級車を「富裕層に売ろう」と考えたとしても、「どんなタイプの富裕層に売るのか」までは詰め切れていないことも多いのだ、と。環境技術に関心があるお金持ちなのか、それとも派手な装いが欲しいのか。タイプはそれぞれだ。

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JAJの講演会で語るクールジャパン機構社長・太田伸之氏  (撮影 Yumi Yamashita)

「インバウンド消費が急成長している中、一般的に、訪日客は日本文化に興味がある、と語られていますが本当でしょうか。文化に関心が高いのは欧米系の人々、食と買い物に関心が高いのがアジア系と言われている。ただ漠然と『外国人観光客』をターゲットにするのではなく、相手の傾向性を知った上で『誰にどんなものを売るのか』を詰めていく必要があるのです」

太田氏は強調した。

「つまり、作り手側が作りたい『作品』ではなくて、求められている『商品』を、求めている人にむけて作ること。そこから収益を得る循環が生まれる。綿密な計画の中にこそ勝機がある」

大儲けは目的ではない。きちんと収益が上がる事業をすることで持続性が生まれる。そこが大事です、と太田氏は続けた。

「販売方法についても再考する必要がある。卸売という形態はクリエイターサイドが儲からないからです。自分たちが売るところまで関わる『小売りビジネス』を模索すべき。今はネット販売も可能な時代、小さなビジネスが世界へアプローチすることができるようになりました。しっかりと小売りにこだわり収益を確保してほしい」

キーワードはリアル

ただし、ITに依存しすぎてはいけない。モノ作りのマーケティングは「リアル」がキーワードだという。

「ITが発達し膨大なデータが得られる時代。だからこそ、消費者のリアルが見えなくなることも多い。売り場は情報の宝庫です。常に自分の足で現場を見て回り、データに依存せず情報を集めることで具体的な消費動向が見えてくる。もう一つは、ディレクター、デザイナー、制作現場、技術者たちが直接、顔をつき合わせ話をしながらモノ作りを進めていくこと。とにかくリアルがポイント。そこから時代を読む力を育てていって欲しい」

もう一つ強調したのは、世界のビジネスの潮流を知ること。その仕組みは刻々と変わっている、と太田氏は指摘し、一例として「ファッション業界」を挙げた。

「世界で勝負する欧米ブランドには11月に来春物、5月に秋物を立ち上げて長期間売るビジネスモデルが定着しています。こうした『プレシーズン』商品がなんとビジネスの70%を占めている現実がある。しかし、日本のアパレルの多くはそうした変化に対応できず古い慣習のまま商売を続けている。もし海外市場を目指すのであれば、世界の変化を認識し、ガラパゴス化しないよう方法を問い直すことが必要です」

シュリンクする日本市場、拡大する海外市場

今後の日本は、少子高齢化で人口が減り市場はシュリンクしていく。その中で独自のジュエリーをビジネスとして成長させるためにはやはり海外市場、あるいは日本へやってくる外国人へとアプローチするしかない、と太田氏。

「外国にはない技術と感性をもって外国人たちの暮らしの中できちんと使ってもらえるものを作ること。さらに、影響力のある人や発信力のある人に使ってもらう。そうしたキーマンからの情報発信によって、広く存在を知らせていく工夫をすることが大切です」

ジュエリーアーティストやクラフトマン、ディレクターたちへの太田氏の助言は、ビジネスの「原点」に立ち「マーチャンダイジングしていく」大切さを説いていた。

講演会の後、主催したJAJの米井さんは言った。

「モノを買うのは、心が感動したいからだと思う。私たちがすべきことは、シンプルな原点に立ち戻って、本当に使う人が欲しているもの、あるいは消費者がまだ気付いていない新しい価値を提案することだと、あらためて感じました」

日本発祥のジュエリーアートは、世界へ向けて羽ばたきを始めた。