【衆院選】消費増税分の使途変更への疑問

細かく見ていくと多くの疑問が浮かんでくる。

25日、 安倍首相が記者会見を行い、28日召集の臨時国会冒頭の衆院解散を正式に表明した。

会見では、大きな争点は北朝鮮問題への対策と少子化対策・人づくり革命として消費増税分の使途変更、「国難突破解散」だと述べた。

もう1つの最大の柱は人づくり革命です。

子供たちには無限の可能性が眠っています。どんなに貧しい家庭に育っても、意欲さえあれば専修学校、大学に進学できる社会へと改革する。

所得が低い家庭の子供たち、真に必要な子供たちに限って高等教育の無償化を必ず実現する決意です。

授業料の減免措置の拡充と併せ、必要な生活費を全て賄えるよう、今月から始まった給付型奨学金の支給額を大幅に増やします。

幾つになっても、誰にでも学び直しと新しいチャレンジの機会を確保する。人生100年時代を見据え、その鍵であるリカレント教育を抜本的に拡充します。こうしたニーズに応えられるよう、大学改革も強力に進めていかなければなりません。

幼児教育の無償化も一気に進めます。2020年度までに3~5歳まで、全ての子供たちの幼稚園や保育園の費用を無償化します。0~2歳児も、所得の低い世帯では全面的に無償化します。

待機児童解消を目指す安倍内閣の決意は揺らぎません。本年6月に策定した子育て安心プランを前倒しし、2020年度までに32万人分の受皿整備を進めます。

引用元:首相官邸

今月12日にOECDが発表したように、日本の教育への公的支出はOECD諸国の中で最低水準にあり、目先の財政再建よりも国の中長期的な維持・発展に重要な教育予算を増やすことは歓迎したい。

しかし、細かく見ていくと多くの疑問が浮かんでくる。

なぜ今すぐ教育予算を増やさないのか?

まず、最大の疑問はなぜ2年後の消費増税まで待つ必要があるのか、である。

国難と呼ぶほどの課題であれば、国債を発行してでもすぐに予算を充てるべきではないだろうか。

安倍首相は、「つけを未来の世代に回すようなことがあってはならない」 、「その安定財源として、再来年10月に予定される消費税率10%への引上げによる財源を活用しなければならないと、私は判断いたしました」と述べているが、それでは8%に上げたことで既に得ている恒久財源8兆円のうち借金返済に回っている4割分を財源にすればいいのではないだろうか。

どうしてもプライマリーバランスを重視したい、ということであれば、他の予算を削って/比較的余裕のある人々の負担を増やしてでもすぐに予算を確保すべきである。

具体的な方法はたくさんある。

年金課税の強化やクローバック制度により高所得者への年金支給における税財源分の減額、アベノミクスの最大の恩恵者である金融所得者への課税強化(増税もしくは総合課税化)、所得税の累進性強化などである。

しかし、それらの施策を行う様子は見えない。

結局そこから推測されるのは、若者よりも高齢者、低所得者よりも高所得者(大企業)、という優先順位は変わらない、ということである。そしてさらに突っ込めば、民進党の代表に前原誠司衆議院議員が選ばれ、増税を前提に使途変更を訴えている様子を見て、争点潰しができると判断した、ということであろう(結果的に最大の争点は北朝鮮対策となる)。

そして本当に2年後に消費増税を行うのか、という疑問も残る。

実際、安倍首相は「リーマン・ショック級の大きな影響、経済的な緊縮状況が起これば、判断しなければならない」と増税先送りの余地も残しているが、仮に消費増税を行わなければ教育予算は増やさないのだろうか 。

2年以内にリーマン・ショック級の大きな影響が起こる可能性は低いと思われるが(ただし消費増税により再びデフレに陥る可能性は十分ある)、北朝鮮情勢次第では増税延期の可能性もあるだろう。

さらに、自民党の税制調査会が行った26日の幹部会では、「消費税の使い道は衆院選後に議論する」と確認したらしいが、そんな状態で選挙をやる意味が本当にあるのだろうか。

なぜ高所得者に恩恵の大きい幼児教育の無償化なのか?

また、これは民進党も含めてであるが、なぜ使途変更先が幼児教育の無償化なのか、である。

「幼児教育の投資効果は高い」、というのは一般的によく言われる。しかし、この根拠になっている「ペリー就学前プログラム」は、50年前の米国で行われた実験であり、現在もだが、米国の養育環境は悪く、教育機会に恵まれない就学前の子供に質の高い教育を施した時の収益率が高かった、というものである。

だが、日本は4歳で幼児教育施設(保育所と幼稚園)に通っている比率は95%(OECD2014)と、米国の68%(同2014)を大きく上回り、それほど高い効果は期待できない。

さらに、生活保護世帯や非課税世帯の低所得世帯は既に無料もしくは低額(年額36,000円)であり、大きな恩恵を受けるのは高所得世帯である。

つまり、逆分配政策だ。現在は、幼児教育向けの私的サービスも充実してきており、幼児教育無償化の大きな恩恵を受ける高所得世帯はその分を私的サービスの充実に使い、格差拡大を招く恐れもある。

消費増税分の使途を借金返済から教育予算に変更するだけで選挙するほど、プライマリーバランスを重視しているにも関わらず、逆分配政策をしている余裕はどこにあるのだろうか。

一方、現在不足しているのは3歳以下の保育サービスであり、待機児童が代表するように、重要なのは保育所施設の増設、質の向上、保育士の待遇改善である。

まだ具体的な使途が示されておらず、その優先順位もわからないが、需要が急増する可能性の高い保育の無償化よりも先に供給側の整備を急ぐべきである。

大学の授業料無償化も同様である。いずれ無償化の方向に進むべきだとは思うが、まずは供給側の整備、大学の教育・研究環境の向上、具体的には教員・事務職員の数増加による授業の質向上、若手研究者の待遇改善、学術的教育と職業訓練をセットにしたデュアルシステムの拡充などである。

さらに、専門教育を受けた専門家を十分に活用できるように、労働者ごとに労働条件・内容等を決めるジョブ型正社員の普及を一刻も早く進めるべきであろう。大学院卒の少なさや博士課程を持つ人材の低待遇が象徴するように、現状の日本型雇用では専門家を活用できず、有能な人材の海外流出を止めることはできない。

本当に少子化対策が本丸なのであれば、3歳以下の保育環境の整備に加え、出産の検診費用の完全無償化など、より直接的な手当ての方が効果が高いと思うが、どこまで精細に検討したのだろうか。

逆進性の高い消費増税

そして、今回与党(自民・公明)と民進党は消費増税を前提にしているが、子供のいない(結婚できない)低所得者層への負担軽減をどれだけ考えているのだろうか。

2014年4月の8%への増税による経済全体への悪影響は改めて確認するまでもないが、消費増税は、低所得者の負担が大きく、逆進性の高いものである。

消費増税実施前にみずほ総合研究所がまとめた結果によると、年収400万円以下の負担率は1,000万円以上の2倍以上になる。

300万円以上400万円未満の年間収入では、税率8%への増税による負担増は70,845円、10%だと118,075円となる。これを収入に対する負担率で見ると、税率8%で5.4%、税率10%で6.8%になる。300万円未満の負担率は税率8%で6.1%、税率10%で7.6%にまで達する。

一方、1,000万円以上の負担率は税率8%で2.7%、税率10%は3.3%と逆進性の高いものになっている。

10月頃に発表される2017年版の厚生労働白書では「低所得の割合が、世帯主が40歳代の世帯では増え、高齢者世帯では減っている」という調査結果が出ているそうだが、現在40歳代の就職氷河期世代はまさに現役世代への投資が先送りされてきた最大の被害者であり、このままでは低年金で生活保護を受けざるを得なくなる可能性は高い。

「低所得者」というと、年金生活者支援給付金をはじめ高齢者にばかり目が向きがちであるが、税金や社会保険料負担の大きい現役世代の低所得者のことはどこまで考えているのだろうか。

近々各党の公約が発表され、政策論議が行われると思うが、「教育への公的支出拡大」、「借金返済より社会保障の拡充」といったスローガンだけではなく、より具体的に、消費増税の使途変更により各世帯の生活水準がどのくらい向上するのか、経済格差は是正されるのか、など数値を用いた議論が行われることを期待したい。

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